アニマルパワー 後編

 ポータルに入るとピジョンブラッドたちは岩山の中腹に出た。

 

「やつの研究所はあの中だ」


 ローランドが少し離れたところにある洞窟の入り口を指した。


「おそらくならず者を雇って守りを固めているはずだ。私も戦う」


 ローランドはロングロッドを持っていた。ピジョンブラッドの視界には彼のHPが表示されているので、一時的なパーティーメンバーとして参加しているのが分かる。

 

「ローランドが倒されないように注意する必要があるな」

「そうね。HPは高めだけど、もし彼を倒されたらクエスト失敗ね」


 プラネットソーサラーオンラインにおいてNPCが仲間として参加するクエストでは、そのNPCが倒されるとクエスト失敗となる。

 

「ローランドは俺が守るから。ピジョンブラッドは自由に動いてくれ」

「わかったわ」


 二人は役割を決める。ピジョンブラッドがオフェンス、スティールフィストがディフェンスだ。

 洞窟に入って少し歩くと、街の一区画が入るであろう広大な場所に出た。

 ピジョンブラッドたちは岩の隠れながら様子をうかがう。地下空間の天井に人工太陽が設置されているのでかなり明るい。

 

「一番奥に小さな森が見えるだろう? おそらくボルネオはあそこにいる」

 

 人工太陽の光を浴びて瑞々しく生い茂る木々があった。

 距離自体はさほど離れていないが、接近は困難だと分かる。

 大勢のならず者たちが地下空間内を警備しているのだ。その手に有るのは、三毛、キジトラ、黒、白などの猫たち。無論、ボルネオによって銃に改造されているのだろう。


「あんなのが出回ったら大変なことになるわね」


 ピジョンブラッドは最悪の状況を想像する。猫銃はそうとわからなければ無害な猫にしか見えない。犯罪とテロが今まで以上にたやすくなってしまうだろう。

 それだけではない。もし猫銃を排除しようという動きがあった場合、区別がつかないことで普通の猫も排除されてしまうだろう。


「正面突破するか隠密行動するかはそちらに任せる」


 ローランドはプレイヤーに選択させる。

 

「正面突破にしましょう」

「だな、俺達は隠密行動できる技能を取ってない」


 遮蔽物が多いので上手くすれば敵に見つからずすすめるだろう。しかし二人は真正面から敵と戦うプレイスタイルだ。下手にコソコソと行動しても失敗するのは目に見えている。

 

「よし。じゃあ行くわよ!」


 ピジョンブラッドはスラスターを更かして飛び出した。

 すぐにならず者たちは気が付き、攻撃を始める。

 

「ニャーン!」

「ニャーン!」

「ニャーン!」


 無数の猫の鳴き声とともに魔力弾がピジョンブラッドに襲いかかる!

 だが、広い場所での戦いならばピジョンブラッドの独壇場だ。彼女専用に作られたパワードスーツであるスタールビーはスラスターもちろん、飛行能力も持つ。これほど広ければ洞窟内であろうと性能を十分に発揮できる。


 戦場を縦横無尽に飛び回り、ピジョンブラッドはならず者たちを次々と撃破していく。

 見張り台にいるならず者がピジョンブラッドを狙う。彼は大型の猫(おそらくは山猫)を肩に担いでこちらを狙っている。

 

「ニャーン!」


 山猫の口から魔力弾が発射される!

 弾速は遅く、ピジョンブラッドは簡単に回避できた。命中しなかった弾丸は研究所の壁に当たると爆発する。

 

「猫バズーカに気をつけろ!」


 ローランドが警告する。

 

「当たったら危ないわね。気をつけないと」


 猫バズーカの威力は当たれば致命的だ。ピジョンブラッドは油断せず、戦いを続ける。

 後方からは電撃の槍や火球が飛んでくる。スティールフィストとローランドの援護攻撃だ。

 程なくしてならず者たちは全滅する。

 

「特に問題なく撃破できたわね」

「ああ、ローランドはHPが半減すると自前で回復の魔法使ってくれるから、こいつに攻撃が集中しないよう注意すれば大丈夫そうだ」

「私もそんなにダメージ受けてないからヒーラーはいなくても大丈夫そうね」


 最前線で戦って敵の攻撃が集中していたピジョンブラッドだが、多少ダメージを食らった程度だ。これならヒーラーがいなくとも回復アイテムだけでなんとかなる。


「次はボルネオね。どんな相手かしら?」

「これは初心者も挑戦するクエストだ、特別な対策は必要ないはずだと思う」

「このゲームのボスって大抵は対策が必要だけど、初心者じゃそれを用意するのは難しいものね」


 このクエストは今までとは異なるストーリーを楽しむために作られたものだ、ならばよほど無謀な行動を取らない限りはクリアできるようになっているはずだ。


「最初は面食らったけど、こんな風変わりなストーリーのクエストもたまには良いかもしれないわ」

「そうだな。このゲームはシリアスな場面ばかりだったからな」


 あまり簡単だと物足りないが、猫銃に高知能ゴリラが登場してその印象の強さで退屈ではない。

 

「でも、流石にこれ以上は変なのは出てこないわよね」

「流石にな」


 ピジョンブラッドとスティールフィストは笑い合う。

 

「よし、そろそろ行くか」

「そうね」


 ピジョンブラッドとスティールフィストはボルネオがいるであろう森に足を踏み入れる。ローランドもそれに続いた。

 

「奴らを全滅させるとはさすがだな。連中には俺の猫銃を渡していたのに」


 どこからともなく声が聞こえてくる。

 

「ボルネオ! お前を止めに来たぞ」


 ローランドが叫ぶ。

 

「ついに来たか、我が宿敵よ」


 木々がガサガサと揺れ、人影が上から飛び降りてくる。

 それは人に限りなく近かったが、人ではなかった。

 現れたのは一頭のオランウータンだった。いや、というべきか。

 

「俺もお前も、同じ実験で生み出されたいわば兄弟のようなものだ。何かが少し違えば、手を取り合っていただろうな」


 雨森ボルネオは高知能オランウータンだったのだ!

 

「だが、そうはならなかった。ボルネオ、お前は自分の才能を悪事に費やした」

「悪事? 違うぞローランド! これは権利を勝ち取るための戦いだ。ならず者共に猫獣を与え、銀行強盗をやらせたのもその活動資金のため」

「活動資金? 何のためだ」

「戦争だよ! 人は俺達の権利を認めようとしない。ならば勝ち取るまで。俺は俺の国を作る。高知能オランウータン王国を!」


 クライマックスなのだろう。二人のNPCの会話が白熱する。

 だが、プレイヤーであるピジョンブラッドとスティールフィストは、取り残されたようにそれを見ているだけだった。

 

「何よこれ……」

「なんというか、ぶっ飛んでるな……」

 

 正気を逸脱した要素に、ピジョンブラッドは自分の脳がチリチリと焼けるような感覚を抱いた。

 スティールフィストも唖然として成り行きを見ている。

 

「今からでも遅くはない。俺の元に来い、ローランド!」

「断る! お前のやり方は結局最後に破滅する」


 懐柔しようとするボルネオに対し、ローランドは毅然とした態度をとった。

 

「そうか、残念だよ」


 ボルネオは心から失望した表情をする。そこには、この世で唯一自分を理解してくれるであろう人物に拒絶された悲しみも宿っていた。

 

「ならば、俺の障害を全力で排除するまでだ!」


 ボルネオが両手を背中に回すと、次の瞬間には猫が握られていた。狙いはローランドだ!

 

「死ねー!」


 二丁猫マシンガンの銃撃が襲いかかる!

 ピジョンブラッドとスティールフィストはローランドをかばった。彼が倒されたらクエスト失敗だ。

 敵の射撃が途切れる。反撃のチャンスと思われたが、ボルネオは素早く飛び上がって樹上へ姿を消す。

 

「スティールフィスト、ローランドを守って!」

「わかった!」


 ピジョンブラッドはアイテムでHPを回復しつつ、樹上に逃げたボルネオを追う。

 先程ローランドをかばった時のダメージは、ならず者たちの攻撃よりも大きかった。ボスだけあって攻撃力が高い。


「一体どこに!?」


 枝の上に着地したピジョンブラッドは敵を探す。だが、無数の枝葉のせいで視界がかなり悪い。

 背後からガサガサと音がする。

 ピジョンブラッドが即座に反応して振り返った時、ボルネオは猫バズーカを両肩に二丁担いでいた。姿を消している間に武器を変更したのだ。

 

「ニャーン!」


 猫の鳴き声とともに炸裂魔力弾が発射される。

 ピジョンブラッドは体をそらして攻撃を避けた。

 ボルネオの姿はない。攻撃したと同時に素早く木々の中に隠れたのだ。

 

「また逃げられた!」

 

 ピジョンブラッドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「喰らえー!」


 再び姿を表すボルネオ!

 今度は二丁猫ショットガンだ。無数の魔力弾が横殴りの雨のように襲いかかる!

 致命的弱点には当たらなかったが、ほぼ直撃だった。大ダメージによる衝撃がピジョンブラッドに襲いかかり、彼女は樹上から落下してしまう。


「ああっ!」

「ピジョンブラッド!」


 スティールフィストはピジョンブラッドを受け止め、アイテムで彼女を回復させる。

 

「ありがとう。それにしても結構厄介な敵ね」

「どうにかして動きを止められないものか」


 頭上からはボルネオのあざ笑う声が聞こえる。

 

「無駄だ! 私は高知能オランウータン! 森林での戦いなら無敵だ!」


 ここがなにもないただの広間ならば戦いやすいのに、とピジョンブラッドが考えた時、ローランドが動いた。

 

「ゴリラとして自然破壊は気が引けるが、致し方あるまい!」


 ローランドはロングロッドから魔力の刃を生成すると、それを使って木々を伐採し始めた。


「ここの木は破壊可能オブジェクトだったのか!」


 スティールフィストが驚きの声を上げる。

 基本的にゲーム内では敵キャラクター以外の存在にダメージを与えることは出来ない。そうしなければ、例えば迷路のようなダンジョンでも、壁を壊してゴールに辿り着くズルが出来てしまう。

 ただし、今回のように破壊することに意味がある場合は別だ。

 

「ピジョンブラッド、まずは木を破壊しよう。そうすればボルネオは姿を隠せない!」

「なら、あれを使うわ!」


 ピジョンブラッドはローランドにもらったバナナをインベントリから取り出し、それを皮ごとむしゃむしゃと食べ始める!

 バナナを完食すると、ピジョンブラッドの全身が金色に輝き始める。

 

「これなら『オーバーセーバー』の効果も上がっているはず!」


 ピジョンブラッドはブルーセーバーを構える。すると青い刃が何十倍にも巨大化した!

 消費魔力が上昇する代わりにマジックセーバーの刀身を一時的に巨大化させる『オーバーセーバー』の技能による効果だ。

 

「でやー!!」


 ピジョンブラッドがブルーセーバーを振るうと、前方の木々が一瞬で伐採される!

 

「うわー!」


 切り倒された木とともにボルネオが落下する。

 

「よくも私の棲家を! もう手加減などせん! こい!」


 念動の魔法を使ったのだろう。ボルネオが叫ぶと、周囲から猫銃が集まってきて彼の体に吸着する。

 両肩に猫バズーカ。両手に猫ショットガン。そして腰の両脇には猫マシンガン。もはやボルネオは全身猫武器庫となった!

 

「喰らえ!!」


 猫銃全力一斉射撃!

 木々に隠れながらヒットアンドアウェーを繰り返す戦法から一転! 火力で全てを薙ぎ払う暴力の嵐が吹く!

 ピジョンブラッドはスラスターを使って回避。スティールフィストもローランドを抱えつつ、かろうじて攻撃を回避した。

 

「もらった!」


 ピジョンブラッドが動いた。バナナの効果でスラスターの推力も強化されており、一瞬で敵の背後をとる。

 いくら凄まじい火力で攻撃しようとも、ボルネオは棒立ち状態。それではピジョンブラッドの前に意味はない。

 銃にされた猫たちを傷つけないよう注意しながら、ピジョンブラッドはボルネオを背中からブルーセーバーで貫く!

 

「ぐわぁぁ! おのれ、野望半ばで倒されてしまうとは」


 ボルネオは力尽きて倒れる。念動の魔法が解除され、彼の体に吸着されていた猫たちが開放される。

 

「さようなら、私の兄弟。こんな形の別れになってしまって残念だよ」


 ローランドは悲しそうにボルネオの亡骸を見つめた。

 

「ありがとう、魔法使い。おかげでボルネオの野望を止められた」


 悪の道に走ったとはいえ、同胞が死んだのだ。ローランドの心は晴れやかでは無いだろう。

 

「私はボルネオによって武器にされてしまった猫たちを元に戻す研究を始める。私に出来るのはそれだけだ」


 こうして新たに実装されたクエストの物語は終わりを迎えた。

 ピジョンブラッドとスティールフィストはギルドホームへと戻る。

 

「あ、ピジョンブラッド!」


 ギルドホームには白桃、グラント、ステンレスがいた。

 

「今日実装されたクエスト、もう攻略した?」


 白桃がピジョンブラッドに尋ねる。

 

「ええ、さっきスティールフィストと一緒にね」

「どうだった? 私達3人、これから行こうと思うの」


 ピジョンブラッドはクエストの内容を口にしようとしたが、直前でやめた。

 

「いまクエストの内容を言ってしまうと、面白さが半減するかもしれないわ」

「そうなんだ。だったら楽しみは取っておくことにする」


 そしてピジョンブラッドとスティールフィストは、クエストに出かける三人を見送った。


「白桃達、あのクエストをどう思うかしらね」

「さてな。いずれにせよ衝撃を受けるのは間違いないだろう」


 白桃たちがあのクエストに対し何を感じるのか。後でその感想を聞くのをピジョンブラッドすこし楽しみだった。

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