アニマルパワー 前編
「なんて可愛いのかしら」
赤木鳩美は愛くるしい猫に思わず笑みを浮かべた。
「ああ、本当に可愛いな」
黒井鋼治は猫だけでなく鳩美も可愛らしいと思った。
二人が来ているのは都内で新しくオープンした猫カフェだ。交際を始めてから最初のデートにぜひとも行きたいと鳩美が強く希望した。
来てよかったと鋼治は心から思った。鳩美のあんなにも嬉しそうな笑顔を見ると、こちらも健やかな気分になる。
「ほらほら、猫じゃらしですよ」
「ニャーン」
鳩美が猫とじゃれあってのを見ていると、鋼治は来てよかったと心から思った。彼女のあんなにも嬉しそうな笑顔を見ると、こちらも健やかな気分になる。
「鳩美は本当に猫が好きなんだな」
「ええ。実家にいた時に飼っていました。この子がそうですよ」
鳩美はスマートフォンに保存していた白と茶の猫の写真を鋼治に見せる。
「可愛いな。名前は?」
「ミタラシです」
確かにみたらし団子を連想させる毛の配色だった。
「東京に来る時に連れてきたかったのですけど……」
「夢見荘はペット禁止だもんな」
「はい。だから仕方ないと諦めたつもりだったのですが、やはり猫が不足すると生活が物足りなく感じてしまいまして。なので近くに猫カフェが出来てよかった」
鳩美が喜ぶならそれが望ましい。鋼治もこうして猫と触れ合うのは悪くないと思っていた。
それから思う存分、猫とのふれあいを楽しんだ後、二人は帰路についた。
「鋼治さん、今日はプラネットソーサラーオンラインのアップデートがありましたね」
帰り道の途中、鳩美が聞いてきた。プラネットソーサラーオンラインは鋼治と鳩美が一緒にプレイしているサイバースペース型オンラインゲームだ。
「公式サイトには特殊なクエストが実装されるとあったな」
「今までとは違う雰囲気のストーリーらしいですから楽しみです」
「ああ。アップデートに伴うメンテナンスが終わったら早速ログインしよう」
公式サイトには新クエストのあらすじが掲載されていたが鋼治と鳩美は見ていない。二人共、こういうのはなるべく前情報なしで楽しみたいからだ。
「そうだ、今日の夕飯は私が作りますよ。デートに連れて行ってくれたお礼です」
「本当か? 楽しみだな」
表情に出ている以上に鋼治は楽しみだった。鳩美の手料理! こんなにもワクワクする食事は初めてだ。
「スーパーに寄っていきましょう。何か食べたいものはありますか?」
「そうだなあ」
今何を食べたいのか。鋼治は自らにに問いかける。
具体的な料理名はすぐに出てこない。ならば食材から考えてみることにした。
肉か魚か。肉が食べたい気分だ。肉ならば牛、豚、鳥のどれにしようか。
何を食べるかなど、今までぼんやりとしか考えてこなかった鋼治は、今までの人生で最大限真剣に食について考え始めた。
●
プラネットソーサラーオンラインのアップデートは無事完了し、鳩美はピジョンブラッドとなって、鋼治ことスティールフィストとともにログインした。
「クエストの開始地点はどこだっけ?」
ピジョンブラッドはスティールフィストに尋ねる。
「エーケンにある銀行だな」
「じゃあ早速行きましょう」
現実世界では鋼治に対してでも敬語で話していた鳩美だが、ピジョンブラッドとしてスティールフィストに接しているにっている時はフランクに接している。
なんというか、鳩美もピジョンブラッドも物理的には同じ人なのだが、しかし全くの同一というわけではなく、このように振る舞い方が現実とサイバースペースで違うほうが返って自然体と感じている。
「うわ、いっぱい人がいるね」
「今回のクエストは、敵のレベルがプレイヤーに合わせてくるから初心者でも挑戦できるからな」
スティールフィストの言葉通り、序盤の市販品からレアアイテムまで様々な装備を身に着けたプレイヤーたちがいる。
彼らはクエストを受けるために続々と銀行内へ入っていく。ピジョンブラッドたちもそれに続いた。
『パーティー専用領域に移行します』
メニューデバイスから通知音声が流れる。
窓から銀行の外を見ると、あれほどいたプレイヤーたちが一瞬で姿を消している。クエストが始まり、ピジョンブラッドとスティールフィストのパーティーのために生成されたゲーム領域に移行したのだ。
銀行内を見渡すと、利用客NPCがちらほらといる。混雑していないので穏やかな空気だ。
しかしそれを打ち破るかのように複数の何者かが乗り込んできた。
バンダナやバラクラバ帽で素顔を隠した男たちだ。
銀行強盗は明白!
「全員動くな! おかしなマネしたらコイツをぶっ放すぞ!」
強盗の一人が持つソレから一つの音が発せられた、「ニャーン」と
「え」
「え」
ピジョンブラッドとスティールフィストが間の抜けた声を同時に上げる。
なぜなら強盗がもっているソレは銃などではなく、どう見ても三毛猫だったのだ。
不具合で銃のグラフィックが猫に置き換わったのかとピジョンブラッドは考えたが、すぐに違うと分かった。
「ニャーン!」
猫の口から魔力弾が連射され、壁に弾痕を穿つ!
強盗が持つ猫はただの猫ではない。何らかの手段で銃にされたのだ!
NPCの客たちが悲鳴を上げてその場にうずくまる。
「な、なんなの!?」
「わからん! だがバグとかじゃなくてこれが正式な仕様なのは確かだ」
「そんな……開発者の人達は働きすぎて正気を失ってしまったのね……」
コンピューターゲームの開発は激務と聞く。過酷な労働の果てに精神が摩耗してしまったゲームの開発者たちに、ピジョンブラッドは深く同情した。
「せめてこのクエストを作った人達のために、ちゃんをプレイしないと」
プレイヤーとして彼らに出来ることはなにか? それは真剣にゲームを楽しむことである。
猫銃を持つ強盗団という珍妙な光景の前に、ピジョンブラッドの精神は完全にシリアスとなった。
ブルーセーバーを起動し、ピジョンブラッドは強盗の一人に正面から斬りかかろうとする。
これが通常の相手ならば、速やかに倒せていただろう。しかし今回は違った。
「うっ!」
強盗が猫を向ける。猫を心から愛しているピジョンブラットは、それが殺傷力を持つ危険な武器であることを知ってもなお、刃を振り下ろせなかった。
「ニャーン!」
猫から魔力弾が連射される。猫はマシンガンと化していた!
「わっ!」
ピジョンブラットは腕で
魔力弾が命中する。幸いにも威力は大したことはなく、致命的弱点さえ攻撃されなければ問題ないだろう。
ピジョンブラットは飛び上がり天井を蹴って強盗の背後に回ってブルーセーバーを振るう。正面からでなければ猫を傷つける心配はない。
「こんなに可愛い猫を武器にするなんて!」
このクエストに感情移入しはじめたピジョンブラットは義憤が燃える。
スティールフィストも戦っているが強盗はまだいる。
キジトラの猫銃を持った強盗がピジョンブラットに狙いをつけた。
「ニャーン!」
キジトラの口からは魔力の散弾が放たれる。猫ショットガンだ!
ピジョンブラットはパワードスーツのスラスターで素早く回避し、横から強盗の脇腹にマジックセーバーを突き刺した。
スティールフィストが倒したのも含めて強盗は全滅した。残っているのは彼らが銃としてつかった猫たちだ。
「猫を傷つけないように戦ってくれたのね」
「さすがに攻撃するのは気がひけるからな」
スティールフィストが猫を大事にしてくれたのをピジョンブラットは嬉しく思った。
「でも、この子たちをどうすればいいのかしら?」
こうしてみると普通の猫にしか見えない。だが、強盗たちがこの子らを銃として使ったのは事実。
「たぶん、この猫たちの秘密を探るのがクエストの目的なんだろうが……」
「いったい、誰がこんな酷いことをしたのかしら?」
ピジョンブラットは猫の一匹を抱きかかえようとするが、猫は銀行の外へと逃げ出してしまう。
「あっ!」
他の猫も含め銀行の外へと逃げ出す。
「猫ちゃん、まって!」
「追いかけよう!」
二人は猫を追いかける。
猫たちは狭い路地裏へと向かった。そして素早く体の小さい猫はあっという間にどこかへと姿を消してしまう。
「猫ちゃん……」
猫を見失い、ピジョンブラットはがっくりと肩を落とす。
その時、メニューデバイスから着信音がなった。ギルドメンバーの誰かが電話をかけてきたのかと思いきや、画面に表示される相手は非通知となっていた。
「これって……」
スティールフィストが答える。
「ゲームの仕様上、非通知設定はそもそも存在しない。多分クエスト進行に関わるNPCからの通信なんだと思う」
ピジョンブラットは着信に応答する。
『応答してくれて感謝する。私は西山ローランド。君たちが先程戦っていた強盗団の猫銃について情報を持っているものだ』
落ち着きのある男の声が聞こえてきた。
『あの猫たちは邪悪な科学者によって、魔法の銃に改造されている。その科学者の悪行を止めるため、君たちの力を借りたい。今から指定する場所に来てほしい』
ローランドと名乗った男はそこで通話を切った。
メニューデバイスを確認すると、クエストの次の目標が『ローランドに会う』となっていた。
「クエストが進行したみたいね」
「さっそく指定された場所に行ってみよう」
パーティー専用領域に移行して、他のプレイヤーの姿が消えたセーフシティ内を二人は進む。
指定された場所はエーケンの防壁近くにある空き家だった。ボロボロで、解体しようにも費用が無くて放置されているような雰囲気だ。
ピジョンブラットとスティールフィストは警戒しながら空き家に入る。
リビングに入ると変化が起きた。床が変形して地下への隠し階段が現れたのだ。
「この先にローランドが?」
「だろうな」
長い隠し階段を下りると扉があった。扉はピジョンブラットが前に立つと自動で開く。
その先にあるものは森だった。広大な地下室に地上と変わらぬ自然環境が完璧に作られていた。
「私はここだ、魔法使い。奥まで来てくれ」
通信で聞いた声が森に響く。
声が聞こえた方向へ向かうと、そこには森の中でもひときわ大きな木の下にいくつもの機材が置かれた研究スペースらしき場所だった。
そしてそこには白衣に袖を通した一頭のゴリラがいた。
「来てくれてありがとう。私が西山ローランドだ」
ゴリラが名乗る。
「驚くのも無理はない。私はご覧のとおりの姿だが、人と変わらぬ知能と心を持つ。私はある魔法実験によって生み出された高知能ゴリラなのだ」
ゴリラの瞳には確かな知性の光が宿っていた。
「私は第3地球のどのセーフシティの法律に照らし合わせても人権が認められていない。そのためこうして隠れ住み、そちらとの連絡も極秘に行ったのだ。理解してくれるかね?」
「え、あ、はい」
猫銃の次は高知能ゴリラ。その状況にピジョンブラットは思考が止まっており、無意識に返事をしてしまう。
「さっそくだが本題に入ろう。君たちが遭遇した強盗団の猫銃は雨森ボルネオという科学者が生み出したものだ。やつを野放しにしていれば、数え切れない猫が犠牲になるだけでなく、猫銃によって数多くの犯罪とテロが発生するだろう」
ローランドは頭を下げてピジョンブラットに協力を請うた。
「ボルネオを倒すために、どうか私に力を貸してくれ」
「え、ええ」
ピジョンブラットはただ返事をするだけだった。
ローランドの振る舞いは礼を尽くされているが、しかし見た目が完全にゴリラなので有る種のシュールさがあった。
「それと、これを渡しておこう。ボルネオとの戦いに役立つはずだ」
ローランドは傍らにある箱から1本の金色に輝くバナナを取り出す。
「私の研究成果だ。このバナナを食べると一時的に魔力の質が上がる」
ローランドはバナナを差し出す。
「効果だけでなく味も最高だ。甘みが皮まで染み渡っているから剥かずにそのまま食べられる!」
ローランドは自信満々の表情を浮かべた。
「……」
「……」
ピジョンブラットとスティールフィストは無言で見つめ合う。
(どう反応すればいいの?)
(俺にもわからん)
言葉をかわさずともお互いの考えていることがわかった。ピジョンブラットはスティールフィストと心が通じ合うのを実感するが、もっとロマンチックな形であってほしかった。
「バナナはピジョンブラットが持ってくれ。機人族の俺は食品系アイテムを使えない」
「口、無いものね」
ピジョンブラットはローランドからバナナを受け取ってインベントリに収めた。
「ボルネオのアジトはすでに判明して、そこへのポータルも設置済みだ。さあ、行こう!」
ボータルが起動しローランドが出発を促す。
「流石にこれ以上変なのは出ないわよね」
おそらく、次は悪の科学者ボルネオとの戦いだ。再び猫銃も出てくるだろうが、それだけだ。
そう考えながらピジョンブラットはポータルに足を踏み入れた。
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