忍者と騎士 後編

 中庭では日本刀を持った老執事が立ちはだかる。


「ここはお館様の私邸! 使用人頭として一歩も通す開けには行かない!」


 執事は一瞬で間合いを詰めると居合を繰り出した!


「危なっ!」


 グラントが盾で受ける。防御に成功したのは『自動防御』の動作補正系技能のおかげだ。グラント本来の技量であるならば、防御が間に合わなかった。それだけの速度が執事の一閃にあった。

 執事が嵐のような猛攻を繰り出す。

 本来、一対一の状況なら『自動防御』を取得して盾を装備しているのならノーダメージでいられるが、執事の速度は『自動防御』の対応力を上回っていた。

 グラントにダメージが入る! 手足を狙った攻撃を防御しきれない。


 HPを失ったグラントは一瞬だけ後ろに逃げてしまいそうになるが、かろうじてその場に踏みとどまる。自分が移動すれば、執事もそうする。DNが攻撃しやすいよう、敵をこの場に足止めしなければならない。

 執事が下段の攻撃を繰り出す。『自動防御』がそれに反応して防御するが、執事はすかさず上段を狙った攻撃を繰り出した。

 『自動防御」はその攻撃に対処できない。執事の刃がグラントの脳天に叩き込まれようとしたその時、ようやくDNが背中にあるイモータルパラサイトを倒してくれた。

 

「ようやく私も開放されるか。魔法使い様、どうかお館様に慈悲ある介錯を……」


 イモータルパラサイトを倒され、死ぬ直前に自我を取り戻した執事がグラントとDNに懇願し、そのまま土へ還る。

 私邸に乗り込んだグラントとDNは道中のイモータルパラサイトを倒しつつ、ついに最奥部に到達した。

 グラントとDNの目の前には立派な両開きの扉があった。


「ここから先がボス戦だな」

「ああ、気を引き締めていくぞ」


 DNはマントをかぶって姿を消す。

 

「いつでもいいぜ」


 姿なきDNの声にグラントは頷き、扉を開ける。

 そこは、おそらく聖騎士と謳われたヴィラールの祖先を称える場なのだろう。古めかしい肖像画や先祖が使っていただろう品々を飾ってある。

 玄関ホールと違ってきらびやかさはまったくないが、しかし先祖に対する敬意を感じられる場所だった。

 そこにこの邸宅の主がいた。グラントとDNの視界には、堕落した騎士レオナルドと表示されている。

 同じ騎士姿でも、未来風なデザインの鎧を着るグラントに対し、ヴィラールは誰もが思い浮かべる西洋の騎士といった鎧を身に着けていた。

 彼の手にはヴィラール家の家紋が記された盾と、おぞましい気配を発する真っ黒い剣があった。

 

「我が家を荒らす賊め。ついにここまで着たか。先祖より受け継いだこの聖剣に掛けて、私は決して負けん」


 そう言ってレオナルドは黒い剣を向ける。それは聖剣と呼ぶにはあまりに不吉だ。

 

「私は不死身の力を手に入れた。忌まわしきMエネミーの力だろうと、それを正しく使えば良い。私は聖剣とMエネミーの力で、第3地球を救う勇者となる!」


 本人の言葉とは裏腹に、その目は明らかに正気を失っており、お世辞にも力を正しく使っているとは思えない。

 レオナルドは使用人たちとともに周辺地域を警護する自警団をやっていたのだが、より強い力を手にするために、それがMエネミーであることを承知で不死の力を与えるイモータルパラサイトに手を出したという。

 レオナルドは自我を狂わせられない対策があったようだが、それは功を発揮しなかった。結果、狂わされたレオナルドたちはそれが人類のためであると思い込みながら、周辺のセーフシティを襲うようになってしまったのだ。

 

「アクティブ!」


 DNの声が響く。魔法によって彼の分身が現れた。透明化に加えて囮の分身。これでDNが攻撃される危険はないだろう。

 

「まずは貴様だ!」


 レオナルドが襲いかかる。狙いはグラントではなく、なんとDNだった。

 黒い剣が何もない場所を薙ぎ払う。

 

「うお!」


 DNの声が聞こえた。グラントの視界に映っているDNのHPは減っていないので、回避には成功しているようだ。


「くそ! やっぱりボスは甘くないか」


 ボスは強敵であるからこそボスなのだ。絶対に攻撃されない状況から致命的弱点を突いて勝つ。そんな楽は許されない。名無しの透明マントも分身も通用しない。レオナルドはDNの本体の場所を正確に見抜いていた。

 それは他のボスでもよくあることなので、グラントもDNも半ば予測していたことだ。

 

「こっちだ! こっちにこい!」


 グラントは声を張り上げる。『挑発』の技能を持つ彼は、大声を出すことで敵のヘイトを自分に向けられる

 しかしそれでもなお、DNを執拗に狙う。

 

「ヘイトの条件が普通とは違うのか?」


 ニンジャ盾は分身を囮にして味方を守りつつ、自分は敵に察知されないよう攻撃する、アタッカー寄りの盾役だ。そのため、DNは『隠密行動』の技能を取得して、ヘイトが向かないようにしている。

 しかも、たった今グラントは自分にヘイトを向ける『挑発』を使ったのだ。普通ならば、レオナルドはグラントを攻撃するはずである。

 プラネットソーサラーオンラインに登場するボス敵は簡単に倒されないよう、特殊な攻撃や行動をとることがある。DNばかり攻撃が向いているのはそのためだろう。

 とにかく今はDNを守らねばならない。グラントはレオナルドの攻撃に割り込み、盾で受ける。

 

「助かる」


 このすきにDNは後ろに下がって、レオナルドとの距離を取る。


「僕が相手だ!」


 大声を上げて再び『挑発』を発動させつつ、グラントは攻撃する。

 それでもなお、レオナルドはグラントよりもDNを優先して狙う。

 攻撃を与え、『挑発』を二度も使ったのに状況は変わらない。レオナルドが独自に設定された条件で狙うプレイヤーを決めているのは明白だ。

 いったいどのような条件なのだろうか。グラントは考えるが、そのせいで敵に動くチャンスを与えてしまった。

 レオナルドがDNに急接近し、黒い剣を叩きつけようとする。

 DNは『自動回避』の動作補正系技能を持っていたのでその攻撃は回避できたが、その次は駄目だった。

 レオナルドが家紋の入った盾でDNを殴りつける。

 

「ぐわっ!」


 グラントの視界に映るDNのHPがごっそりと減る。さらには敵の『シールドバッシュ』によって、スタン状態となって床を転がる。

 

「しまった!」

 

 DNが叫ぶ。

 レオナルドがとどめを刺すべきDNに近づく。

 

「まずい……」

 グラントが全速力でDNのもとに駆けつけようとしても間に合わないだろう。グラントの防具は高い防御力をもつ反面、身体能力の値にペナルティが発生しているので素早く動けない。

 ただでさえ打たれ弱いDNだ、次の攻撃を受ければ戦闘不能は免れないだろう。

 打たれ弱い? グラントはレオナルドがどのプレイヤーを狙うのか、その条件がわかった気がした。

 グラントは大急ぎでメニュデバイスを操作し、いま装備している鎧を解除する。

 グラントが何の防御効果もないただの平服だけの状態となったとたん、レオナルドが視線を向けてきた。

 

「次は貴様だ!」


 DNを倒す格好のチャンスを捨ててまでレオナルドはグラントを攻撃し始める。

 

「防御力が低いやつから狙う思考だったか!」


 不老族であるグラントの本来の防御力はかなり低い。防具のない今はDNよりも打たれ弱い状態になっているので、レオナルドが狙いを変えたのだ。

 グラントはレオナルドの攻撃を盾で防御する。防具を装備していない今の状態で攻撃を受け損なえば即死級のダメージを受ける。大ダメージによる即死を防ぐ『スーパーガッツ』の技能を持っているが、連続して攻撃を受ければ無意味だ。

 幸いにも重い防具を脱いだおかげで身体能力値のペナルティは消えている。体が素早く動き、どうにか『自動防御』の技能が対応してくれている。

 レオナルドの肩越しに、スタンから復帰したDNの姿が見える。

 いいぞ、とグラントは思った。このまま敵を引きつけ、背後からDNがレオナルドを倒せば勝利だ。

 DNが忍者刀をふるおうとしたその時だ、突然レオナルドが横に跳んで距離を取る。

 

「ボスがそう簡単に後ろを取らせないか」

 

 DNは忍者刀を構え直す。

 レオナルドは様子見に入ったようで、すぐに再接近する様子はない。

 

「DN、もう一度だ。今度こそボスの動きを僕が止める」

「わかった」


 DNは「わかった」と言った、「出来るのか?」ではなく。それだけ彼に信頼されているのだと、グラントは身が引き締まる思いだった。

 再びレオナルドが襲いかかる。狙いはもちろんグラントだ。

 グラントは目を凝らして相手の動きを見る。防御は『自動防御』頼みだが、しかしこれからしようとする事は自分自身の技量にかかっている。下手なタイミングで動けが確実に失敗する。

 レオナルドの連続攻撃に耐えながら機を待つ。

 それはすぐにやってきた。レオナルドが剣を大きく振り上げる。

 今だ!

 グラントは剣と盾を手放して、レオナルドを前から羽交い締めにする。

 

「DN!」

「任せろ!」


 背後からの攻撃を察知したレオナルドが動こうとするが、グラントはしっかりと踏ん張って敵を拘束する。

 DNが忍者刀を一閃!

 レオナルドの背中に取り付いたイモータルパラサイトは切り裂かれ、おぞましい悲鳴を上げる。

 

「ああ、そんな。私は何ということを……先祖よ、申し訳ありません。無辜の民を守るどころか、その命を踏みにじるとは……私は家名を汚してしまった……」


 死の直前で正気を取り戻したレオナルドは涙を流しながら土に帰った。

 その場には黒い剣と盾が残される。

 剣と盾はレオナルドを倒すことで手に入る確定ドロップアイテムだ。それぞれのアイテム説明欄にはこう記されている。

 

『どす黒い剣:まだ魔法が科学的に証明されていなかった時代に作られた魔法剣。魔を払う力を持つと伝えられているが、今はMエネミーの魔力に汚染されている。何らかの方法で除染できれば本来の力を発揮するだろう。この武器を装備するプレイヤーは敵の攻撃対象となりやすい』


『ヴィラール家の盾:レオナルド・ヴィラールが作った盾。ミスリル・オリハルコン合金製』


「やったなグラント」

「ああ、DNのおかげだ」


 目当てだったどす黒い剣はもちろんのこと、ヴィラール家の盾もグラントが今使っているのよりも高性能だった。これでようやく自分も主流盾のスタートラインに建てたと、グラントは安堵する。


「そういえばグラントはその剣の浄化クエストを受けるのか?」


 アイテム説明欄にある通り、ある方法でどす黒い剣を浄化すると清らかな剣に変化する。素の性能は大幅強化され状態異常にかからないというメリットが発生する。


「いや、敵を引きつける能力が消えるからこのまま使い続けるよ。浄化クエストがずっと未完了のままなのはおさまりが悪いけど」


 グラントはどす黒い剣を浄化するつもりはなかった。実際、主流盾にとって浄化クエストはクリアしないが定石となっており、ゲームを開発した側としては想定外の結果だった。

 それから二人はヴィラール邸を後にし、セーフシティ・ウルターに戻った。

 

「明日は仕事があるから、僕はもう落ちるよ。今度は白桃と一緒に三人でどこかにいこう」

「おいおい、良いのかよ。そもそもこのゲームは遠くにいるあの子との時間を作るためにやってるんだろう。俺なんか入れず、二人だけの時間を大事にしろよ」

「でも」


 DNはグラントの言葉を遮るように言う。


「白桃だってお前と二人きりのほうが良いに決まってるさ。ま、今日みたいにお前一人の時にでも声をかけてくれ」

「まあ、君がそう言うのだったら……」


 グラントとしては子供時代のようにまた三人一緒に楽しみたかったが、友の気遣いを無下にする訳にも行かない。

 少しの心残りを抱えつつグラントはログアウトし、DNと別れた。

 


 グラントがログアウトするのを見て、DNは自分の心に寂しさがあるのを自覚する。

 ソロ専門のDNだが、現実世界ではちゃんとした人間関係を作っている。ただし、そのどれもが村八分にされる危険リスクを回避するための負担コストでしか無い。


「友達っていえるのはグラントだけだな……」


 見栄を捨てた上で本音をさらけ出すとしたら、グラントと一緒にプラネットソーサラーオンラインを楽しみたいという気持ちがある。

 子供の頃は太郎グラントと一緒に遊んだものだ。その時の思い出は今でもなお輝かしいものとしてDNの記憶の中にある。

 あれは子供時代という限られた時の中だったらこそ、良いと言えるものなのだ。

 大人になってしまった以上、あの輝きは二度と手に入らない。あるいはもう一度手にしようと願った瞬間、その輝きは消え去ってしまうかもしれない。

 望めばグラントも白桃もDNを受け入れてくれ、子供時代のように今でも楽しく過ごせるかもしれないが、それで駄目なのだ。

 恋人との時間を作るためにとグラントにこのゲームを勧めたのがDNというのもあるが、それ以上にグラントの隣はもはや自分の居場所ではない。そこは白桃津音子がいるべき場所なのだ。

 太郎が津音子とが愛し合う仲となった以上、自分はもはや異物でしか無い。

 彼は親友だ。生涯の友と言っていい。その幸福を思うのであれば、愛する人との大切な時間を壊すわけには行かない。大人となった以上、友情とは寂しいからという子供じみた欲求を満たすために使ってはならない。


「ああ、でも」


 できれば今日のように、グラントと一緒に楽しいひと時を過ごせる日が、また来てほしいと願ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る