愛の試練 前編

 セーフシティ・プランツェルは一言で言うなら南の島だ。

 他のセーフシティとの大きな違いは防壁にある。液体を操作する魔法によって作られた水の防壁がこの島を守っている。

 水の防壁は防衛力もさることながら、魔法の合金とコンクリートで作られた防壁よりも見栄えが良く、プランツェルは観光地として発展していた。

 白桃とグラントはプランツェルの海岸沿いにあるオープンカフェにいた。二人がいる席からは日光を受けて輝く水の防壁が見える。


「大学が始まって一ヶ月だけど、調子はどうかな?」

「順調よ。グラントさんとの時間を減らしてまで受験勉強したかいがあったわ」


 白桃とグラントはログインすると、すぐにフィールドへ出かけたりダンジョンに潜ったりはせず、少しの間お互いの近況を話し合っている。もとよりゲーム自体を楽しむよりはサイバースペースを利用して二人の時間を作るためだ。

 

「グラントさんの仕事はどう?」

「まだ手探りなところが多いけど、少しずつ軌道に乗ってきてる。上手く行けば来年の今頃には単身赴任から帰ってこれそうだ」

「まだ一年もかかるのね……」


 白桃は思わずため息を漏らしてしまう。

 人からすれば1年程度と思うかもしれないが、白桃にとっては気が遠くなるほどの年月だ。しかも、状況次第ではもっと後になるかもしれない。

 サイバースペース型オンラインゲームを利用すれば、こうして愛する人と間近で接することも出来るが、はやり現実で会いたくて仕方なかった。

 

「僕も一日も早く帰りたいけど、今の仕事が終わらないとどうしようもない。将来のためとはいえ君と離れるのは納得しきれないよ」


 グラントもつられてため息を漏らした。


「前に君が風邪を引いた時、看病に行けなかったのが辛かった」

「私も辛かったわ。ただの風邪でも気持ちが弱っていると駄目ね。グラントさんがそばにいない寂しさで治りが遅かったわ」


 気持ちの良い晴天だが、二人の周囲だけ通夜のような空気がまとわりつく。

 

「憂鬱なことなんか横に置いときましょ。今日は私とグラントさんとであのクエストに挑戦するのでしょう?」


 良くない状況と思った白桃は努めて気分を変えようとする。

 

「そうだったね。『愛の試練』は僕たちにうってつけのクエストだ。絶対クリアしよう」

「ええ!」


 二人は立ち上がり、プランツェル中心部にある山へと向かった。

 プランツェルは安全な観光地でMエネミーの危険はないとされる世界観設定で、フィールドやダンジョンのようなゲームステージというよりもプレイヤー同士が交流する場として用意された場所だが、まったくクエストがないわけではない。


「ここ最近、旅行者の行方不明が相次いでいます」


 プランツェル市長は深刻な表情でこのセーフシティで起きている事件について語りだす。

 

「被害者は決まって新婚のカップルたちです。今はまだ表沙汰にはなっておりませんが、いずれ広く知れ渡ることになるでしょう。そうなれば観光収入で成り立っているプランツェルにとって致命的です」


 観光地にとって誰も訪れなくなってしまうような悪評は致命的だろう。

 

「そうなる前に、この事件を解決してください」


 こうしてクエストが開始された。


「事件の調査といってもどうすればいいのかしら?」


 白桃は警察官でもなければ探偵でもない。まずどこから取り掛かるべきか当たりの付け方がよくわからない。

 

「メニューデバイスによると行方不明者が訪れた場所を調査せよってあるね。何箇所かある」

「ならそこに行きましょ」


 調査する場所はプランツェルの各所にある結婚式場だった。現実にある様々な宗教方式だけでなく、やプラネットソーサラーオンラインの世界独自のものもあった。


「プランツェルは結婚式の街としても有名です。式をあげた方達はそのままここでハネムーンを楽しまれていますよ」


 結婚式場にいた市民NPCが街について説明してくれた。

 

「私達の結婚式はどうしようかしら?」

「随分気が早いな。結婚は君が大学を卒業してからだろう?」

「だって私とグラントさんの結婚よ? ああしておけば良かったと後悔したくない」


 グラントとの結婚は白桃が大学を卒業してからになる。

 4年も先なのだ! こんなにも待たされる分、白桃は結婚式を完璧にしたかった。

 

「それでグラントさんはどうしたい?  定番のキリスト教式? それとも神道式かしら?」

「うーん、白桃のウェディングドレス姿も白無垢姿もどっちもみたいな」


 グラントは本気で悩んだ。

 それから、自分たちの結婚式のことはそこそこに、二人は調査をすすめる。

 

「私は山の展望台で働いております」


 それはプランツェルの通信部にある山の山頂部分にある。島の全景を見渡せる人気の観光スポットだ。


「ある日、魔法使いのカップルが訪れたのですが、二人そのまま姿を消してしまいました。ただ、行方不明の証拠となるものはなかったので、警察では二人が帰ったのを私が見落としたということになりました」


 その市民NPCの証言を手に入れるとクエストが進行し、次の目標として『山の展望台を調査する』とメニューデバイスに表示される。

 

「行方不明者はここでさらわれたのかしら?」

「とにかく言ってみよう」


 白桃とグラントは山の展望台へ向かう。街からケーブルカーが通っているので交通の便は良い。

 サイバースペース内とはいえ景色はかなりよく、観光にきた他のプレイヤーたちの姿もあった。

 

「この辺を一通り回ってみよう。そうしたらフラグたたってクエストに進展があるかもしれない」

「わかったわ」


 展望台は島の全景を眺められるよう山頂をぐるりと囲むドーナッツ型になっている。二人は一通り回ってみることにした。

 

「ねえグラントさん。私達の新婚旅行はこういう海がきれいな場所がいいわね」


 白桃はグラントと腕を組みながら言った。

 

「そうだね。ハワイかグワムにでも行こうか」

「フィリピンにもこういうところがあるみたい。地中海も良いかも」

「詳しいね」

「一度きりの旅行だもの。下調べはいくらでもしたほうが良いわ」


 結婚式の後は当然、新婚旅行だ。

 白桃の現実世界での自室にある本棚の半分が旅行ガイドブックで占められている。それらを手にとって、どんな新婚旅行をしようかと空想するのがここ最近の楽しみになっている。

 それから展望台を一周したが、結局何も起きなかった。

 

「結局何もなかったわね」


 しかし何らかのフラグがたったようで、メニュデバイスから通知音がなって次の達成目標が更新された。

 

『展望台では手がかりが得られなかった。街で改めて情報収集をしろ』


「ねえグラントさん、これってもしかして」

「多分、そうだろうね」


 白桃とグラントは察する。プレイヤーに無駄足を運ばせる意味など無い。ここに手がかりはないが、展望台に行って帰ろうとする道筋をプレイヤー取らせるのが、クエストの展開上必要なのだろう。

 二人は何があっても対応できるよう、警戒しながら帰りのケーブルカーに乗った。

 ケーブルカーは途中トンネルを通る。

 トンネルを通る数秒間、ケーブルカー内は完全な暗闇に包まれた。

 そしてトンネルを抜けた時、ケーブルカーに白桃とグラントの姿はなかった。

 


 ケーブルカーがトンネルに入ったと思った瞬間、白桃は見知らぬ場所に転送させられていた。

 

「やっぱりね」


 予想通り、帰り道に動きがあった。

 現在、白桃がいるのは4,5畳ほどの小さな部屋だ。内装は全てが真っ白で調度品が一切なく、現実感に乏しい。


「グラントさん?」


 グラントの姿はない。視界にも彼のHPは表示されていない、一時的にパーティーが解除されているようだ。

 それといつの間にか首輪がはめられている。外そうとしてみるがガッチリと固定されている。


『ようこそ新しい被験者さん』


 天井のスピーカーから女の声が聞こえてきた。

 

『ここは真実の愛を証明するための研究所です。これからあなたとそのパートナーには私が開発した魔法の儀式に参加してもらいます』


 声の主はNPCなので会話は出来ないだろうが、もし現実の存在だったとしてもコミュニケーション可能な余地を感じさせない一方的な物言いだった。


『儀式は3つの試練によって成り立ちます。あなたとそのパートナーがふたりとも試練を乗り越えれば、儀式は完了します』


 部屋の扉が開いた。

 

『まずは第1の試練です。さあ進んでください』


 声に進めと言われたが、その前に白桃はするべき事をする。

 

「人の身に宿る野生よ。前へ突き進む命の情熱よ。今こそ眠りから覚め、力を示せ!」


 白桃は身体能力値を上昇させる強靭の魔法を呪文ブースト込みで自分にかけた。これはプレイヤーの俊敏さと接近攻撃ダメージを上昇させる効果をもつ。

 おそらくこのクエストはパートナーと分断されて一人で戦わねばならない。強化魔法を十分にかけるのはヒーラーのソロでは必須だ。

 そしてもう一つの強化魔法も呪文込みで使う。


「白き衣をまといし癒し手よ。苦悩する誰かのために戦うまことの天使よ。我とその同胞に、害あるものへ立ち向かう力を授け給え」


 防御力アップの守りの魔法をこちらも呪文ブースト込みで使った。

 そして白桃は背中の短機関銃を手に取る。

 普段はメディカルロッドというソーサラーフレンド社製の回復特化型ロングロッドを使っている白桃だが、どうしても攻撃しなければならない状況に備えて短機関銃を持ち歩いている。

 左手にロングロッド、右手に短機関銃を持った白桃はいよいよ扉の先へと進む。

 構造自体は先程いた部屋よりも大きい程度の違いしか無い。だが、明らかに異質な点があった。真っ白な床や壁、天井のあちこちに赤茶色の汚れが付着している。

 部屋の中央にはライオン型のロボットがいた。電源が入っていないのか、動く様子はない。


『まずは、お二人にそのロボットと戦ってもらいます。また降参したい時は部屋の四隅にある降参エリアに入ってください。そうしたらロボットは停止しますが、代わりにパートナーの首輪に仕掛けられた爆弾が起動します』


 謎の女は朗らかに言う。

 

『死にたくなかったら、自分の手でパートナーを爆殺してくださいね♪』


 陰湿な事を明るく言う女に白桃は顔をしかめた。


「なんてこと言うのよ」


 それに降参したとしても助かるかは怪しいものだ。行方不明者は一人として戻ってきていない。大方、ライオン型ロボットからは助けるが、別の方法で殺してくるのだろう。

 

「まあ、私には関係ないことね。このクエストをクリアするつもりなんだし」


 何よりもたかがゲームであったとしても、グラントを犠牲にするつもりはない。

 

『ではロボットを動かしますよ』


 ライオン型ロボットが起動する。

 白桃はすかさず短機関銃を撃った。

 弾丸はライオン型ロボットの顔面に命中するが、全て装甲に弾かれている。

 短機関銃は威力の低い拳銃用の弾丸を連射する銃だ。もっと強力な銃でなければ敵の装甲を貫けないだろう。

 ライオン型ロボットが飛びかかってくる。

 敵の攻撃はかなり鋭いが、白桃は『自動回避』の動作補正系技能を取得しているおかげでどうにか当たらずに済んだ。

 本来は回復に専念すべきヒーラーが敵を倒すとなれば、致命的弱点を攻撃するしかない。

 白桃は敵の攻撃を避けながら、致命的弱点を探した。

 

「どこにあるの!?」


 しかし敵の全身を見た限り、致命的弱点は見つからなかった。機械系の敵は魔力エンジンが致命的弱点と設定されているが、ライオン型ロボットは装甲で覆い隠しているのか、外からでは見えない。

 

「あっ」


 回避で動き回っているうちに、降参エリアの近くにまで来てしまった。

 もしここで『自動回避』が発動してしまったら、降参エリアに入ってしまう危険がある。そうすれば、どこかで戦っているであろうグラントが爆死する。


「ええい!」


 白桃はあえて敵に向かって前進する。

 ライオン型ロボットが前足を奮って白桃を攻撃してきた。『自動回避』が彼女の体を回避させようとするが、そもそもが敵に飛び込んでいくという状況だたため、攻撃が命中してしまう。

 白桃はロングロッドの引き金を引く。武器に設定された回復の魔法が即座にHPを回復させた。


「即死しなくてよかった」


 ヒーラーなので攻撃を受けてもすぐに回復できる。しかし即死しては無意味だ。

 ライオン型ロボットが口を開く。直後魔力のビームが発射された!

 白桃は横に跳んで回避する。

 

「あれは流石に絶対に避けないと駄目ね」


 おそらくはライオン型ロボットの中で最も強力な攻撃だろう。

 

「あ、装甲が!」


 ビームを撃って発生した熱を放出するためだろうか、ライオン型ロボットの背中が開いて、魔力エンジンが露出する。

 

「今なら!」


 白桃は短機関銃で魔力エンジンを撃つ。しかしライオン型ロボットが素早く避けたために命中しなかった。

 射撃を続けるが、ライオン型ロボットは左右に素早く跳んで躱す。

 白桃は『射撃術』の動作補正系技能を持っているが、銃の玄人というわけではない。いくら反動の小さい銃を使っているとはいえ、片手撃ちではそうそう当たらないだろう。

 そのまま一発も命中すること無く、ライオン型ロボットは空冷を終えた魔力エンジンを装甲の下に隠してしまった。

 

「ああん、もう!」


 思わず悪態をつく。

 しかし攻略法はわかった。魔力ビーム発射後に出てくる魔力エンジンを破壊すればいい。

 先程の攻撃で弾丸を撃ち尽くしてしまった。

 白桃は腰に装備したリロードアームに弾倉の再装填をやらせる。高性能等級までの拳銃と短機関銃までしか対応していないが、両手がふさがっても再装填が出来るのは便利だ。

 白桃は敵の攻撃を回避し続け、再び魔力ビームを撃ってくるのを待つ。

 そしてその時が来た。

 ライオン型ロボットの口から魔力ビームが放たれる!

 

「今度こそ!」


 敵は素早いので離れていては弾が当たらない。

 だったら至近距離で撃てばいい。

 白桃はライオン型ロボットに飛びかかった。

 ライオン型ロボットが前足を振るう。鋭い爪が白桃に大ダメージを与えるが、今はそれを無視する。

 そして白桃は魔力エンジンに短機関銃の銃口を押し付け引き金を引く。

 魔法の水晶球で出来ている魔力エンジンは粉々に砕かれた。

 動力を失った敵はがくりと力尽きる。

 

『おめでとうございます。あなたが真実の愛を持つものならば、伴侶を決して見捨てないと信じていましたよ』


 部屋の壁が動き、新しい扉が現れる。

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