第8話 友情

 どのダンジョンにも最奥にはボスが待ち構えており、それを倒せば貴重なアイテムが手に入る。それこそがダンジョン攻略の醍醐味だ。

 そして、しばらくしてその時はやってきた。


「いたぞ、ボスだ」


 グラントが指差す先、通路を出た大広間にそれがいた。

 その姿はいかにも道中のロボットたちの親玉といった風であった。背丈は3メートルほどまで大型化され、下半身は脚が増えて6本。上半身の武器腕もレーザー式のガトリング砲になっている。

 ピジョンブラッドがそれを注視すると、視界にはキラーガードマン・レベル67と映る。

 まだ襲いかかってくる様子はないが、大広間に入るとおそらく襲いかかってくるだろう。

 白桃が再び呪文込みの守りの魔法を使った上で、パーティーは大広間に足を踏み入れる。

 そのとたんキラーガードマンが両腕のガトリング砲を向けてくる。


「僕の後ろに!!」


 グラントが叫び、ピジョンブラッドと白桃が彼の背中に隠れた直後、キラーガードマンはガトリングの砲身を高速回転させ、横殴りの雨のような光線を連続発射する!


「うっ!」


 光線の一発がグラントの脚に当たってHPを削った。彼が持つ盾のサイズでは全身を防御しきれないためだ。


「回復するわ!」


 白桃がすかさず回復の魔法を使った。

 敵の攻撃は決して油断できない威力を持っているが、グラントが一瞬で倒されず、なおかつ白桃が無事である限りは決して負けない。


「グラントさん、そのまま受け止めていて!」


 グラントの背中に声を投げかけながら、ピジョンブラッドは腰にある球状の物体を手に取った。それは電磁波の魔法によって機械を昏倒させるEPM手榴弾である。


「えいっ!」


 ピジョンブラッドはピンを抜いてグラントの後ろから手榴弾を投擲する。

 どす黒い剣の効果でグラントを攻撃するのに夢中になっているキラーガードマンは手榴弾を撃ち落とそうともせず、電気の爆発の直撃を受けた。

 攻撃を受けたキラーガードマンの動きが止まる。EPM手榴弾は機械に対して極めて有効なアイテムだが、しかし敵のレベルが上がるほど動きを止める時間は短くなる。レベル60以上では1秒間だ。

 たったの1秒。しかしピジョンブラッドにとってはそれでも十分だ。

 ピジョンブラッドがグラントの背後から飛び出し、スラスターの最大推力でキラーガードマンに突進する。

 復帰したキラーガードマンがガトリング砲を向けるのと、ピジョンブラッドが6本脚の股下をスライディングでくぐり抜けるのはほぼ同時だった。

 背後に回ったピジョンブラッドの目には、白い魔力の光をはなつ水晶球が見えている。それはこの世界の動力源として広く使われている魔力エンジンで、キラーガードマンの致命的弱点だ。

 魔力エンジンにマジックセーバーの刃が突き刺さる!

 心臓を貫かれたキラーガードマンは電子音の悲鳴をあげると、直後にがくりとうなだれ、そして二度と動かなくなった。


「やったわね、ピジョンブラッド!」

「ええ!」


 ピジョンブラッドは白桃とハイタッチをする。

 その時、思い出した。以前は津音子と一緒に何かをして、それが首尾よく成功したとき、今のようにハイタッチして喜びを分かち合っていたと。

 単にゲームが上手く行った以上の喜びが鳩美から湧き上がってくる。あの事件のせいでこぼれ落ちてしまった輝かしいものが、少しだけ戻ってきてくれた。

 ピーという音がなって、キラーガードマンの背後にあった扉のランプが赤から緑に変わる。ボスを倒したことで解錠されたのだ。

 3人が扉をくぐると、そこには大型のコンピュータが鎮座していた。


「ここのアイテムボックスはファイルサーバーなのね」


 ピジョンブラッドがつぶやく。

 このゲームでのいわゆる宝箱は二種類ある。一つは道中にあったような通常のアイテムボックス。もう一つがファイルサーバーだ。ここからは装備品の設計図か、あるいは特定のNPCに高額で売却できる全盛時代の情報を引き出すことが可能だ。

 ピジョンブラッドが近づくと、操作パネルに『データをダウンロードしますか? はい/いいえ』という文言が表示されたので、すかさず「はい」を指でタッチする。

 すぐに3人のメニューデバイスから、ダウンロードの完了を通知する音がなった。


「あ、結構いい値段で売れるデータが来た。これで欲しかったやつ買えるかも」

「僕も白桃と同じやつが出てきた。レアアイテムはなかったけど、かなり旨味のあるね」


 グラントと白桃は換金かのうなデータをファイルサーバーから得たようだ。希少なアイテムの獲得がこの手のゲームの醍醐味とはいえ、それとは別に実入りがあるというのは喜ばしいものだ。金という概念がある限り、いつだってそれが必要となる。

 一方で、ピジョンブラッドの方はというと


「私のは……R.I.O.T.ラボラトリー座標データ?」


 メニューデバイスに「新規クエストを受諾しました」と表示される。何事かと思って確認すると、受諾中のクエスト一覧に『R.I.O.T.ラボラトリーの伝説』というクエストが追加されていた。

 どうやらたった今手に入れたデータをきっかけに、新しいクエストが始まったようだ。

 クエスト説明文にはこう書かれていた

 

『手に入れたデータはR.I.O.T.ラボラトリーがどこにあるのかを示しているようだが、暗号化されているため詳細な内容はわからない。専門家に調査を依頼すればなにかわかるかもしれない』


「白桃やグラントさんはこのクエストのことわかる?」


 自分よりもプレイ歴の長い二人なら、なにか知っているかと思ったピジョンブラッドだが、良い回答は返ってこなかった。


「クエスト名は聞いたことあるけど、具体的な攻略法はしらないな」

「私も。ただ、すごい難しいって聞いたことある。クリアできた人がほとんどいないとか」


 娯楽としてのゲームは「誰でもクリアできる」というのが基本だ。しかし、それでは満足できないプレイヤーのために、クリアした事自体が名誉となるような超高難易度クエストが、プラネットソーサラーオンラインには用意されている。


「そうなんだ……私のギルドに詳しい人がいるかも」

「え、あなたギルドに所属しているの?」

「うん。ゲームを始めた最初の日に親切な人と知り合ってね。その人に誘われたの」


 それを聞いた白桃は、なにやら考え込んでいるような表情をする。


「実は私達、そろそろどこかのギルドに入ろうかと考えているの。ピジョンブラッドのギルドに入れてもらえるかな?」

「たぶん、大丈夫だと思う。実は夏の大会に向けて盾役と回復役を探しているの。ギルドマスターに聞いてみるね」

「お願いするわ」

「僕からも頼むよ」


 ピジョンブラッドはメニューデバイスの電話機能でギルドマスターの権兵衛に連絡を取る。幸いにも彼はすぐに応答してくれた。


『もしもし、どうしたんだい』

「権兵衛さん、実はクロスポイントに入りたいという人がいまして、プレイスタイルは主力盾とヒーラーの人なんですけど」

『本当かい!? だったら大歓迎だよ。会って話がしたいからギルドホームに来てもらえるかな?』


 白桃とグラントに確認すると、二人は快諾してくれた。


「大丈夫です。今から二人を連れてそちらへ向かいますね」

『ああ。待ってるよ』



 白桃とグラントをギルドハウスにつれてくると、すでにメンバーの全員が揃っていた。

 ピジョンブラッドは自分がこのギルドに参加したときのことを思い出す。あの時もこのような雰囲気だった。

「紹介するね。白桃とグラントさん。二人共、私の現実世界での知り合い。最近になって、実はプラネットソーサラーオンラインをプレイしているって分かったの」

「白桃よ。よろしくね」

「グラントです。よろしくおねがいします」


 白桃は気さくに。グラントは社会人らしく丁寧に挨拶した。


「白桃はヒーラーで、グラントさんは主力盾よ。さっき、一緒にダンジョンに入ったときは、とても頼りになったわ」


 今度は自分が新しい友人になるであろう人たちを紹介する。白桃とグラントが皆に受け入れられるだろうかという不安を感じた時、ふとスティールフィストのことを思った。彼もピジョンブラッドを紹介した時このような気持ちだったのだろうかと。


「ワシがギルドマスターの名無権兵衛だ。二人共よろしく頼むよ」

「アタシはハイカラ。よろしくね」

「ステンレスよ。クラフターやってるから、素材を持ってきてくれれば装備を作るわ」

「スティールフィストだ。これから頼りにさせてもらうよ」


 メンバーたちがそれぞれ自己紹介する。

 ピジョンブラッドの不安は杞憂だ。白桃とグラントは社交的だし、クロスポイントの仲間たちも排他的ではない。その上で、ギルドに欠けていた回復役と防御役が参加するというのであれば、必然、良い結果となる。


「さて、新しいメンバーがはいったことだし、みんなでどこかに行きたいところだけど、ちょっと時間が厳しいかな」


 今は夜の10時を少し過ぎたころ。ネットゲームを遊ぶのであれば、まだまだ宵の口ではあるものの、明日は平日。気安く夜更かしできるような日ではない。実生活の方を優先するというのが、クロスポイントにおける数少ないルールの一つだ。

 なので皆でどこかへ行くのは次に全員が集まったらということになった。


「ねえ、ログアウトする前にちょっといいかしら」


 ピジョンブラッドはスティールフィストを呼び止める。


「どうした?」

「さっき、白桃とグラントさんと一緒にランダムダンジョンに潜った時、アイテムを手に入れたら、何かのクエストが始まったの。『R.I.O.T.ラボラトリーの伝説』ってクエストなんだけど」

「ああ、それか。結構有名なクエストだな。俺は挑戦したことがないから詳しくは知らないが、相当難しいらしい」

「白桃も同じことを言っていたけど、どれくらいなの?」

一人ソロで挑戦しないといけないし、宇宙が舞台だから真空地帯や無重力地帯でも戦わないといけないらしい」

「無重力か……たしかに難しそうね」


 いくら動作補助技能のおかげで、素人が玄人同然に戦えるといっても、上下の感覚がわからなくなってしまう無重力で強敵を倒せというのは無理というものだ。


「まあな。特にこのクエストは開発者からプレイヤーへ向けた挑戦状みたいなものだから、誰もがクリアできるようにはなっていないんだよ」

「でも、出来るものならやってみろって言われるとちょっぴり燃えちゃうな」


 なんの苦労もなく目的を達成できるのは痛快だが、困難を乗り越えたからこそ得られる満足感というのもある。どちらを良しとするのは人それぞれだが、ピジョンブラッドは後者を好む。

 パワードスーツのスラスターを使いこなそうと思った時や、コンボウオオザルを倒そうと思ったときと同じ感情が湧き上がってくるのをピジョンブラッドは自覚する。


「なら、このまま挑戦するのか? クリアすればかなりのレアアイテムを入手できるらしい」

「もちろん!」


 ピジョンブラッドは笑顔で答えた。


「一緒にクエストには挑戦できないが、手伝えることがあったら手伝うぞ」

「ありがとう。でも、今回は全部自分ひとりでやってみようと思う。そろそろあなたに頼りっぱなしになるのは卒業しないとね」

「そうか……クリア報告楽しみにしてるよ」

「ええ!」

 


 ゲームからログアウトした後、津音子は鳩美に電話をかけた。相手もログアウトしていたのですんなりとつながった。


「もしもし」

「今日はありがとうね。ギルドに誘ってもらえて」

「いえいえ。私達も夏の大会に向けて回復と防御が出来る人が入ってほしかったからお互い様です」

「それにしても驚いたわ。あんた、ゲームじゃ現実とは随分違っていたもの」

「役割を演じるゲームですからね。現実とは違う自分になりたかったのです。それに……」

「それに?」

「サイバースペースなら私が恐れるような事は決して起きませんから」

「……そうね」


 あのときよりは遥かに良くなっているが、あの事件が鳩美につけた傷は未だに癒えることがないほどに深い。

 事件の直後、津音子は友達としてすぐに鳩美の見舞いに行った。傷は命にかかわるほどではないにせよ、実際の傷以上に心が傷ついているであろう彼女が心配だったのだ。

 鳩美がいる病院の個室に入る直前、津音子は親友が深い悲しみに囚われているはずだと思った。そして、自分がついているからと彼女を安心させようと思っていた。

 扉をあけた直後、津音子は自分が楽観的な考えをしていたのだと思い知った。

 津音子の姿を見た鳩美の目は、友達に向けるようなものではなく、まるで突然恐ろしい猛獣が現れたかのようだった。見舞いに来てくれた津音子に失礼がないよう、平静を保とうとしていたが、真っ青になった顔と震える手を見れば、今にも逃げ出してしまいたいくらいに怯えているのは明白だった。

 あの男が心変わりして鳩美を殺そうとしたのが原因だ。本来ならば鳩美を裏切るはずのない人、いや、裏切ってはならない人が裏切ったのだ。そんな相手から殺されそうになったのだ。すべての人が恐ろしいと思うのも無理はない。

 正直に行って、本屋で鳩美の姿を見かけた時、声をかけるべきか迷った。また彼女を怖がらせてしまうのではないかと恐れたからだ。なによりも親友が自分を見て怯えてしまうということが悲しかった。


 それでもあえて以前のような振る舞いで声をかけたのは、鳩美との友情が終わっていないと信じたかったからだ。それに、途切れかけた縁をここでつなぎ直そうとしなければ、永遠に離れ離れになってしまうかもしれないと思った。

 接し方を誤れば、今度こそ縁が切れてしまうというのはもちろんわかっていた。しかし何もしなくとも縁は切れてしまうのだ。だったら行動したほうが良い。津音子にとって最も避けるべき失敗は「何もしない」ことである。

 そして今、全くの元通りではないが、再び親友として話せるようになった。今までの中で、ここまで「行動してよかった」と思えることは他にない。

 このまま行けば、昔のようになれるかもしれないという希望があった。彼女はギルドに入っていた。サイバースペースならば決して殺されないと保証されているのもあるが、それでも新しい人間関係を作れるようになるまでには復調している。どれほど時間がかかるかわからないが、確実に鳩美の心は良くなっている。


「それじゃあ、私はそろそろ寝るわね。ソロクエスト、頑張ってね」

「はい。おやすみなさい、津音子さん」

「ええ、おやすみ。鳩美」


 もう一度、以前のような時間を鳩美と一緒に過ごせるようになった。津音子は次に彼女と一緒にパーティーを組むときが楽しみだった。

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