第6話 初めての苦戦

 敵の数は十数体ほど。

 ピジョンブラッドが彼らを注視すると、視界にチャンピオン:レベル75と表示される。

 チャンピオンはピジョンブラッドが最初に戦ったソードマンを強化したMエネミーだ。持っている剣が大型の両手剣になっており、それに伴って体格も大きくなっている。


「俺は右側を行く、ピジョンブラッドは左側を頼む」

「任せて!」


 最も防御力が高いスティールフィストとピジョンブラッドが前衛をつとめ、後ろの仲間たちに敵の攻撃が及ばないようにする。

 その間にパーティーの後衛、その一人である権兵衛は杖を構える。

 それはゲーム内ではロングロッドと呼ばれるタイプの武器だ。引き金を引くと武器に設定した魔法を使える。設定可能な魔法は最大4つで、プレイヤーはスイッチを操作して魔法を切り替える。

 プラネットソーサラーオンラインの世界では、魔法を即座に使用するために道具を使って呪文を省略しているという設定だが、かといって呪文を唱えることが全くの無意味というわけでもない。


「呪文込みで行く!」


 あえて呪文を唱えることで得られるメリットが有るのだ。そうすることで通常よりも魔法の効果が上昇する。


「炎よ、太陽よ、万物に宿る数多の熱よ。我の元に集え! ほむらおおとりよ、暗闇に立ち向かう力を示せ!」


 呪文詠唱が完了したと同時に、巨大な火の鳥がロングロッドから発射された。

 高熱属性魔法で最も強力な炎の魔法:おおとりの型だ。

 火の鳥はチャンピオンの一体に命中すると大爆発を引き起こして周囲の敵もまとめて飲み込んだ。

 権兵衛は純粋型と呼ばれる最も魔法使いらしいプレイスタイルを得意とする。高威力、広範囲の攻撃魔法によってこと集団相手ならばクロスポイントで一番の攻撃力を誇る。

 続けて敵の第二波がやってきた。


「みんな、15秒頼む!」


 とはいえ弱点もある。一撃で多くの敵を倒せる反面、連射がきかないのだ。今はなった炎の魔法:おおとりの型で権兵衛は最大MPの9割を消費している。権兵衛は純粋型の中でも特に攻撃的なプレイスタイルであり、使っている武器はMP消費量が2倍にする代わりに威力も2倍にする効果を持つ。

 権兵衛が再び攻撃できるようになるまでは、他のメンバーたちがチャンピオンを倒さなければならない。

 眼の前のチャンピオンがピジョンブラッドを攻撃するために剣を振り上げる。体力、攻撃力共にソードマンよりも強くなっているが、武器が大きくなったせいで太刀筋は大雑把になっている。剣術経験者からすればむしろ対処しやすい。

 マジックセーバーで敵の剣を弾き、返す光刃で斬る! もはや完全に素人と玄人の戦いだ。

 視界の端ではスティールフィストがチャンピオンの膝めがけてローキックを放っていた。鋭い打撃を受けた怪人の体が風車のように回転して頭から転倒する。


「ハッ!」


 気合とともにスティールフィストが文字通りの鉄拳を振り下ろすと、チャンピオンはぴくりとも動かなくなる。

 攻撃が命中さえしなければ大した敵ではない。


「奥の方! ボムランサーいるよ!」


 ステンレスが鋭い声を上げる。

 敵集団の奥側に、赤い槍を持った怪人の姿が見える。この敵が投げる槍は極めて強力な爆弾であり、放置すればパーティーは甚大な被害を受ける。チャンピオンなどとは比べ物にならないほど危険な敵で、最優先で倒すのが定石とされている。


「私に任せな」


 ハイカラの持つファイアリンドウ軽機関銃が火を吹き、ボムランサーの一体が倒れた。

 銃器をメイン武器とする兵士型のハイカラは、複数の敵を一網打尽にできるほどの火力はないが、そのかわり軽機関銃による手数と射程が彼女の強みだ。

 爆弾槍を投擲しようとするボムランサーは次々とハイカラに撃たれて倒れていく。

 しかし、次々と現れるボムランサーは、ハイカラ一人ではさばききれない数だ。


「ステンレス!」

「任せて!」


 ハイカラの呼びかけにステンレスが答える。

 ステンレスの左手にはカードリーダー付きの手甲がはめられており、彼女は腰のカードホルダーから一枚のカードを取り出し、手甲にそれを読み込ませる。


『プロテクション』


 手甲が電子音声でカードの名前を読み上げると、パーティ全員にダメージ20%カットの効果が付与される。

 これは魔法カードと呼ばれるアイテムで、ゲーム上での世界観設定では普段使われているのとは別系統の魔法とされている。

 ステンレスがカードを使った直後、ボムランサーの一体が槍を放つ。

 投擲された槍に貫かれたメンバーはいなかったが、その赤い槍は地面に突き刺さると同時に激しく爆風を解き放った。

 爆風がクロスポイントのメンバーたちを包み込むが、ステンレスが使ったカードの効果でダメージが軽減される。

 ピジョンブラッドは視界の端に表示されている各メンバーのHPを見る。軽減されたとはいえ軽視できないダメージを受けている、特に権兵衛は半分以下だ。

 強力な範囲攻撃を持つ権兵衛が倒れるのはまずい。

 続けてステンレスは二枚目のカードを使う。


『エクスペンド』


 そのカードの効果は、味方一人のみを対象とした効果を一度だけパーティー全員にも及ぼすものだ。

 ステンレスが回復アイテムを自分に使うと、『エクスペンド』の効果で全員が回復する。

 これが魔法カードの強みだ。通常の魔法にはない効果をもつものが多く、なおかつ使用者のステータスに関係なく均一の効果を発揮できるので、ステンレスのような戦闘力に乏しいクラフターが戦うのに重宝している。


「待たせた! 二発目行くぞ!」


 MPが回復した権兵衛は再び炎の魔法:おおとりの型を呪文込みで発射する。炎の鳥は再び敵集団を飲み込み、そして全滅させた。


「……新しい敵は出てこないようね」


 ピジョンブラッドはマジックセーバーを構えたまま、新しい敵の波に備えるが、チャンピオンもボムランサーも姿を表すことはなかった。


「いやー、初っ端から激しい展開だね」


 ハイカラが銃の弾倉を交換しながら言う。言葉とは裏腹に嬉しそうなのは、攻略しがいのある難易度に気分が高揚しているからだろう。


「ステンレス、魔法カードのリキャストタイムは大丈夫かい?」

「大丈夫です、権兵衛さん。次の戦いまでには終わりそうです。それに、さっき使ったカードはどっちも4枚フルに持ってきてるいからまだ余裕はあります」


 ステンレスは答える。

 魔法カードは使う上でいくつかルールが有る。一つは、すべてのカードはリキャストタイムが設定されており、一定時間経過しないと再使用できない。この時間はカードの効果が強力なほど長くなる。

 もう一つは、同じカードの持ち込みは4枚までというルールだ。


「『エクスペンド』と回復アイテムの組み合わせは、回復特化型ヒーラーがいない僕たちにとっての唯一の全体回復手段だ。リキャストタイムと残り枚数はいつも注意しておこう」


 こと攻撃面においては無類の強さを発揮するクロスポイントではあるが、ヒーラーのプレイヤーがいないという大きな弱点を持つ。一応ステンレスがその代役を務めているが、専門家と比べたら一歩劣ってしまう。


「それじゃみんな、先に進もうか。スティールフィストは先頭、ピジョンブラッドは最後尾を頼む」


 権兵衛はパーティーの中で一番防御力の高い二人を隊列の前と後ろに指名した。

 ピジョンブラッドは気持ちを引き締めた。最後尾ということは、敵が後ろから襲撃した時にすぐさま対応しなければならない。

 少し緊張するが、ピジョンブラッドに恐れはない。以前ならば、もし失敗して仲間から敵意を向けられたらどうしようかと怯えていただろうが、今は逆に、皆から頼られていると思うと、やる気が湧き出してくるほどだ。

 しばらくしてクロスポイントはパイプを発見した。水源地からクークへ水を送り出すための水道管だ。


「このパイプを伝って西へ向かえば水源地にたどり着くね」


 権兵衛が地図を見ながら向かうべき方角を確認した。


「みんな、敵が来るよ! 足音が聞こえる」


 ハイカラが皆に注意をうながす。彼女は知覚精度のステータスがメンバーの中で最も高く、こうして敵の接近をある程度察知できる。

 現れた敵の一体をピジョンブラッドは注視する、視界にはショットガン・ナイト:レベル75と表示された。その名の通り騎士風の鎧姿で、盾と散弾銃を持っている。

 先頭のショットガン・ナイトが盾を構えながら散弾銃の引き金を引く。その銃口からは小さな光の散弾が発射された。

 魔力弾を放つ魔法の散弾銃だ!

 ピジョンブラッドとスティールフィストが自分の体を盾にして後衛をかばう。まだ距離があったおかけで射程の短い散弾銃のダメージは大したものではない。


『バレットプルーフ』


 ステンレスが魔法カードを使う。先程のプロテクションとの違い、銃の攻撃しか効果を発揮しないが、そのかわりダメージをより多く軽減してくれる。

 しかし、真に注意すべきなのは敵の武器ではなく防具にあった。

 ピジョンブラッドはパワードメイド服のスラスターで一気に接敵し、突進の勢いを使った刺突を繰り出すが、ショットガン・ナイトはそれを盾で受け止めた。

 敵の盾は光の刃を受け止めても傷一つ突いていない。盾の防御力がマジックセーバーの攻撃力を大きく上回っているためダメージがほとんど与えられていないのだ。

 考えなしの攻撃では倒せない。ひと工夫必要だ。

 ピジョンブラッドはショットガン・ナイトの脳天めがけて腕を振り下ろす。当然、敵は盾を掲げて防御するが、盾を叩いたのは光刃ではなく、ピジョンブラッドの手刀であった。

 マジックセーバーは盾を掲げたことでがら空きとなった胴体に突き刺さる! 防御すべき攻撃を見誤ったショットガン・ナイトはどっと背中から倒れた。

 次の相手に向かって間合いを詰めつつ、ピジョンブラッドは仲間たちの様子を見る。


 スティールフィストは攻撃を受ける直前、散弾銃を持つ腕を掴んで投げ飛ばしていた。受け身を取れなかったショットガン・ナイトは頭から地面に叩きつけられ、致命的なダメージを受けて倒された。

 ハイカラは盾からはみ出している手や足を狙って撃つ。ダメージを受けたショットガン・ナイトはよろめき、その瞬間に第二射で頭を撃ち抜かれる。

 権兵衛は上空へ向けて炎の魔法:火球の型を放った。山なりに飛んでいった火の玉は敵の頭上を超えて背後に落着し、爆発。無防備な背中から爆風を浴びたショットガン・ナイトはその身を焼き尽くされた。

 高度なAIによって多少の判断力を持つものの、ショットガン・ナイトはゲームの敵キャラクターに過ぎない。すこし知恵を巡らせば対処法はいくらでもある。


 さきほどのボムランサーがいない分、対処はむしろ楽だとピジョンブラッドがそう思った矢先である。どこからともなく、光弾が音もなく飛来して襲いかかってきたのだ!

 ヘリを攻撃してきたあの光弾だ。

 狙われたのは一番前に出ていたピジョンブラッド。避けられないこともない。パワードスーツのスラスターは使わなくてよいだろう。

 体ひとつ分、横のステップしたその時である。光弾は突如軌道を変えてピジョンブラッドに襲いかかってきたのだ!


「きゃ!」


 驚きつつもピジョンブラッドはマジックセーバーで光弾を弾き飛ばす。


「みんな気をつけて! この光弾、追いかけてくる!」


 仲間に注意を促している間に二発目が飛来してきた。ショットガン・ナイトも攻撃してくる。

 ショットガン・ナイトを相手にしつつ、光弾を叩き落とす。これが可能なのはピジョンブラッドだけだった。

 光弾の標的がスティールフィストに切り替わる。彼は動作補正系技能の『自動回避』を取得しているので、システムが自動的に誘導弾を回避させようとするが、誘導弾の機敏さはそれを上回って命中した。


「駄目だ! 技能じゃ避けきれない!」


 幸いにも威力はそれほど大きいわけでもなく、直撃を受けてもスティールフィストのHPはたいして減っていなかった。

 とはいえ、回避困難な攻撃は十分すぎるほどの脅威だ。


「ピジョンブラッド! あの誘導弾からみんなを守ってくれ! 回避が技能だよりのワシたちじゃ避けきれない」

「了解!」


 リーダーである権兵衛の指示に従い、ピジョンブラッドは飛来する誘導弾を叩き落とすことに専念する。彼女の腕前なら、動作補正系技能では対処できない攻撃でも迎撃することは可能だった。

 以降は、散発的に現れるショットガン・ナイトと遠距離からの誘導弾をしのぎながらクロスポイントはボスが待ち構えている水源地を目指していった。


「よくきたな、魔法使いども!」


 水源地に建設された取水施設の屋根に、このクエストにおけるヴィラン種がいた。純白の鎧に身を包んだ女騎士といった風体であった。


「こいつで仕留められると思ったが、なかなかやるな」


 女騎士は手に持っていた巨大な銃、というよりも手持ち式の大砲を掲げる。おそらくあれで例の光弾を撃っていたのだろう。


「さすがにこんな長もの、ここまで接近されたら邪魔だな」


 女騎士はぞんざいに大砲を投げ捨てるとショットガン・ナイトが使っていたのと同じ散弾銃を手にとった。


「我が名はヘレナ! ヘレナ・ヴィラン・シールド! 巨大な悪心に使えし悪徳の騎士! ゆくぞ!」


 戦闘開始と同時に、権兵衛が予め呪文詠唱しておいた炎の魔法:おおとりの型を放つ。

 命中と同時に生まれる爆炎。しかし、ヘレナは全くの無傷だった。どうやら高熱の攻撃は通用しないようだ。

 クロスポイントのメンバーたちは身構える。特にステンレスは『バレットプルーフ』のカードで銃撃に備えていた。

 ヘレナが屋根を蹴る。尋常ならざる脚力で彼女は砲弾のように突進してきた。

 最初に狙われたのはピジョンブラッドだった。至近距離まで間合いを詰めたヘレナは散弾銃の銃口を突きつける。

 ピジョンブラッドは敵の散弾銃に裏拳を叩き込んだ。直後に光の散弾が顔のすぐ横をかすめる。


「もらった!」


 ヘレナの背後からスティールフィストが電光雷鳴拳を叩きける!

 空気が爆発したかような轟音。スティールフィストの最も強力な攻撃が命中したのだ。ヘレナに相当なダメージを与えたはずだろう。


「だめだ! 全然HPが減ってない!」


 ハイカラが叫ぶ。知覚精度のステータスが極めて高い彼女は、メンバーの中で唯一敵の残りHPが見える。

 ヘレナは即座に振り向いて散弾銃をスティールフィストに向けて発射した。

 スティールフィストは両腕を交差して頭を守りつつ、後ろへジャンプして距離を開ける。魔力散弾の直撃を受けたものの頭は守れたし、『バレットプルーフ』でダメージも軽減されている。

 ヘレナはスティールフィストを追撃しようとする。

 ピジョンブラッドはヘレナの正面へすばやく回り込んで足止めする。

 マジックセーバーで斬りつけるが、ヘレナは防御する様子すらなく平然と刃をその身で受け止めた。ダメージを受けた様子もない。


「看破の魔法で調べる!」


 ハイカラは「アクティブ」と発声し、自分の指輪に宿っている魔法を発動させて、敵の能力値を調べる。


「そいつ防御力がゲームで設定できる最大値になってる!」


 尋常ではない防御力。これをどう対処して有効ダメージを与えるかがヘレナの攻略法であるのは間違いない。


「私に任せて!」


 一気に距離を詰めるヘレナの機動力は油断ならぬものではあるが、一方で至近距離における動きはそれ程素早いというほどではなかった。銃さばきも達人というほどではない。

 ピジョンブラッドは刺突を繰り出す。狙うは喉元。いかに最大の防御力を持っていたとしても、鎧の隙間から刃を差し込めばダメージを与えられるはずだ。

 しかしその予想は大きく外れる。ヘレナの喉にマジックセーバーの切っ先は一ミリも突き刺さらなかったのだ!


「そんな!」


 ピジョンブラッドは思わず声を上げる。これまでダメージが通りにくい敵を何度か相手にしてきた。そういった敵は関節などの防御力が低く設定されている箇所を狙って攻撃してきた。

 しかし、ヘレナには防御力が低い部位が一切存在しない! これまでの有効な戦法が全く通用しないのだ。


「だったらコイツの出番だ!」


 ハイカラは武器を持ち替える。それは拳銃であるが、しかし拳銃の範疇を逸脱するほどのサイズだ。

 オーバーピストルという名の魔法弾専用銃だと、ピジョンブラッドは以前にハイカラから聞いた話を思い出す。

 きっとハイカラはを使うつもりだとピジョンブラッドは確信する。ならば前衛である自分のするべきことは一つ! ダメージがほとんどなかろうと、ヘレナに攻撃を与え続け、意識ヘイトを自分に向けさせ続ける!

 ハイカラの魔法銃から轟音とともに巨大な弾丸が飛び出す!

 弾丸が命中した瞬間、ヘレナは見えない拳で殴られたかのように吹っ飛んだ。


「よし! 3割削った!」


 ハイカラが与えたダメージを皆に伝える。1発の攻撃としては驚異的な威力だ。


「強度反転弾を持ってきてよかった」


 彼女が撃った弾丸は、その名の通り物体の強度を反転させる魔法が付与されており、これで撃たれた物体は、頑丈であればあるほど脆くなる。ゲーム上では敵の防御力がダメージボーナスとして変換される効果を持つ弾丸であると、ピジョンブラッドはハイカラから聞かされていた。


「ぐぅ……、小癪な。こい! 我が下僕しもべたちよ」


 有効打を受けたヘレナがショットガン・ナイトを呼び出す。


「雑魚は私が受け持つ!」


 多数を一人で相手にできる権兵衛が対応に向かう。

 一方で、ハイカラは二撃目の準備に入った。オーバーピストルは中折式の拳銃で、極めて強力な魔法弾を打てる代わりに、装弾数が一発しかない。射撃するたびに空薬莢を排出して、次の弾丸を装填する必要があった。

 ハイカラは『射撃術』と『装填技術』の動作補正系技能を持っているので、直接妨害されない限りは狙いはかなり正確で、装填中に弾丸を取りこぼしてしまうこともない。しかし、技能で設定された以上の腕前は発揮できない。

 第二射には10秒以上はかかる。

 その上、大ダメージを与えたことでヘレナのヘイトはハイカラに向いている。

 ピジョンブラッドはスティールフィストと連携して、ヘレナを足止めする。

 重要なのは互いの呼吸を合わせることだ。攻撃の回数やタイミングを合わせて、ヘレナの攻撃対象がピジョンブラッドとスティールフィストへ交互に切り替わるよう、ヘイト値を調節する。


 もし現実の戦いならば、ヘレナはピジョンブラッドかスティールフィストのどちらを優先して攻撃し、数を減らすよう務めるあろう。しかし、敵キャラクターにすぎない彼女はそのような柔軟な思考はできない。

 その間にハイカラが二発目の装填を終えた。

 大砲じみた轟音が再び響く。みぞおちに二発目を受けたヘレナがふっとばされる。これでヘレナのHPは残り4割となった。

 ピジョンブラッドは装填中のハイカラを攻撃させないよう、ふっ飛ばされたヘレナに接近する。

 あと2発! 2発命中させられればこちらの勝利だ。

 ピジョンブラッドは勝機という光が見えてきた。しかし、だからこそ影が音なく近づいてくるのだ。


 油断という影が。


 ピジョンブラッドは倒れたヘレナに追い打ちを与えて立ち上がるのを妨害しようとする。

 ヘレナは倒れた姿勢のまま接近してきた散弾銃を向けてきたが、ピジョンブラッドは素早く銃身を掴んで横にそらす。その瞬間、散弾が放たれるが命中したのはショットガン・ナイトの一体だった。

 このまま押さえつけてハイカラが再装填するまでの時間を稼ぐ!

 そう思った瞬間であった。ヘレナの腕から仕込みナイフが矢のように飛び出してピジョンブラッドの胸に突き刺さったのだ。


「え!?」


 予想外のことに、状況の理解が一瞬遅れる。そして、自分のHPがゼロになったのを見た瞬間、全身から力が抜けて倒れる。戦闘不能となったのだ。この状態となったプレイヤーは、味方が復活アイテムを使うか、リタイアして最寄りのセーフシティに戻らないかぎり、声を発する以外の行動ができなくなってしまう。


「いま私が復活させる!」


 ステンレスが『エクスペンド』のカードと復活アイテムのリザレクション・ライトを取り出す。距離が離れているので、わざわざピジョンブラッドに近づくよりも、『エクスペンド』の全体化効果で復活させたほうが早い。


『エクスペンド』


 カードを発動させたステンレスは立て続けにリザレクション・ライトを自分に向かって使用する。カードによって効果がパーティー全体へ適用され、ピジョンブラッドは戦闘不能から復帰する。


「ええい、目障りだ!」


 スティールフィストと戦っていたヘレナが標的をステンレスに変えて襲いかかる。味方の回復や復活は敵キャラクターのヘイトを大きく集める行為なのだ。


「しまった!」


 スティールフィストは止めようとするが、間に合わない。

 ヘレナは散弾銃をステンレスに向かって撃った。ステンレスは回避しようとするが、最低限の身体能力の強化しか行っていないため、散弾の直撃を受けてしまう。


「あうっ!」


 ピジョンブラッドと入れ替わる形でステンレスが戦闘不能となる。


「この!」


 再装填を終えたハイカラがヘレナを銃撃する。

 強度反転弾は命中し、ヘレナのHPは残り1割!

 ハイカラは最後の装填を始める。その間、ピジョンブラッドはスティールフィストと協力して、ヘレナを抑えにかかる。

 視界の隅では、権兵衛がショットガン・ナイトをさばききれなくなっている姿があった。いつ押し切られてしまってもおかしくはない。そうなってしまったら、ハイカラを守れずにそのまま全滅するだろう。

 勝敗の天秤がグラグラと揺れるさなか、致命的な不運が襲いかかる。

 ヘレナはスティールフィストに散弾銃を向けた。彼の体は『自動回避』の効果で本人が意識することもなく回避行動を取る。散弾はスティールフィストの後方へと飛んでいくが、よりにも寄ってその先には再装填を終えて狙いをつけようとしていたハイカラがいたのだ。


「ああっ!」

「しまった! 『自動回避』が!」


 動作補正系技能のデメリットが、最悪の形で出てしまった。

 戦闘不能となったハイカラの手から切り札オーバーピストルがこぼれ落ちる。唯一敵に有効ダメージを与えられる者が倒れた。クロスポイントは敗北してこのクエストは失敗となるのか?


 いや!


「アクティブ!」


 叫んだピジョンブラッドの人差し指が指示す先にあるのはオーバーピストル! それは白い光に包まれると一直線にピジョンブラッドへ向かって飛んでいった!

 彼女は『念動の魔法』を使ったのだ。それは離れた場所にあるものを動かしたり、あるいは自分の手元に引き寄せる力を持つ魔法だ。

 オーバーピストルを掴んだピジョンブラッドはすぐさまヘレナに向ける。ヘレナもまた散弾銃を向けていた。

 銃声が一つ、鳴り響く。

 まるでその瞬間だけ時間が止まったかのようだった。どちらが先に撃ったのか。ピジョンブラッドか? それとも……


「無念だわ」


 倒れたのはヘレナであった。


「危なかった……」


 ピジョンブラッドは安堵のため息を付きながら銃を下ろす。もし外していたら敗北は免れなかっただろう。

 ヘレナを倒した後は、ハイカラとステンレスを復活させる。


「いやはや、初見のクエストとはいえかなり危なかったね」


 皆を復活させたあと、権兵衛がしみじみと言った。


「すみません、ハイカラさん。俺が避けてしまったばかりに」


 スティールフィストが頭を下げる。


「いいよいいよ、そんなに気にしなくて。あれは運がなかっただけさ。動作補正系技能はアタシらの体を動かしてくれる代わりに、こっちの都合には合わせられないからね。ゲームなんだし、気楽に行こう」

「はい……」


 表情は見えないが、スティールフィストは悔しそうにしているようにピジョンブラッドは思えた。


「ねえ権兵衛。夏の大会はもっと難しくなるだろうし、やっぱりアタシらには盾役タンク回復役ヒーラーがいたほうが良いよ。そうすれば、スティールフィストとピジョンブラッドは攻撃に専念できるし、ステンレスは回復以外のサポートとかが出来るようになる」


 ハイカラが言うのと同じことをピジョンブラッドも感じていた。今のクロスポイントは欠点を補うために長所を犠牲にしているところがある。


「そうだねえ」


 ハイカラの提案に権兵衛は腕を組んで思案する。


「参加人数には空きはあるから、新しいメンバーをスカウトするか、臨時で助っ人に来てくれる人を探したほうが良さそうだ。人探しはワシの方でやっておくけど、みんなも良さそうな人が見つかったら勧誘してみてくれ」


 権兵衛の言葉にメンバーたちはひとまず了解する。

 人の勧誘など果たして自分に出来るのか、ピジョンブラッドは少し不安だった。最近になってようやく、まともといえる程度には人付き合い出来るようになっただけだ。

 しかし、少なくともやってみようという気持ちはあった。

 まだゲームの中だけに限るものの、赤木鳩美の病的にまで他人を恐れる心は少しずつではるが確実に薄れていた。

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