第3話 プレイヤーギルド
ピジョンブラッドがログアウトした後、スティールフィストはギルドハウスへと向かっていた。
ギルドとはゲーム内におけるプレイヤー間のコミュニティであり、ギルドハウスはその活動拠点だ。
ギルドハウスへ行くにはポータルを利用する。
スティールフィストが行き先をギルドハウスに指定すると、次の瞬間には目的地の目の前にいた。
ギルドは設立時に百坪の敷地を与えられ、そこでハウスをある程度自由に建築できる。スティールフィストが所属するギルドのクロスポイントはギルドマスターの趣味で洋館の作りをしていた。
スティールフィストは洋館に足を踏み入れると地下室へと向かった。
地下室には様々な工作機械が壁にそってずらりと並んでおり、工房として使われていることがわかる。
「おーい、ステンレス。いるか?」
「いるわよー! いま手が離せないから勝手に入っちゃって」
呼びかけると奥から少女の声が返ってきた。
工房の中に入ると、声の主である十代後半とみられる黒髪の少女がいた。耳の形を見れば、彼女の種族が定命族であるとわかる。無骨なゴーグルをネックレスのように首から下げているの印象的だ。
彼女こそ、この工房の主であるステンレスだ。
ステンレスは2メートルほどある四角い柱のような機械に対して作業をしている。
その機械はアイテム製造機だ。生産系の技能を持つプレイヤーが素材アイテムを投入するとアイテムを作れる。
ステンレスはアイテム製造機に銃のパーツを投入し、操作パネルを使ってアイテムの製造を実行した。製造機は唸り声のような音を立てながら光を放つ。
数秒後、アイテム製造機の発光が収まるとステンレスは蓋を開ける。すると中に入れられた部品が組み立てられて、一丁の機関銃が完成していた
「精が出るな、ステンレス」
「お帰り。私が作ったグローブはどう?」
「ああ、すごく良いよ」
スティールフィストは両手にはめた黒い手袋をステンレスに見せる。手の甲の部分には金糸で魔法陣が刺繍されていた。一見すると普通のグローブだが、これもゲームで使う武器の一つだ。魔力を消費して殴ったときの威力が上昇する。
「いつも本当に助かっているよ。クラフターのステンレスがいるおかげで、素材があれば強い装備が手に入るのだからな」
「そう言ってもらえると、作りがいがあるわ」
ステンレスは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
このゲームでは装備品をプレイヤーが自作することも可能となっている。ステンレスは装備品を自作できる魔法や技能を優先的に取得するクラフターというプレイスタイルをとっていた。
スティールフィストとステンレスが話していると、工房に新しい訪問者がやってきた。
「ちょっと邪魔するよ」
訪問者は不老族の女だった。彼女は金髪をなびかせながら工房に入ってくる。
野戦服の上から防弾チョッキを着込んでいる姿は魔法使いというよりも兵士や傭兵といった装いだ。
「いらっしゃい、ハイカラさん」
「頼まれていた武器はもう出来ているかい?」
ハイカラと呼ばれた女は二十代の半ばに見えるが、その声は老婆のものだ。
サイバースペース内では現実の自分とは全く異なる姿を取ることができるが、声は変えられないようになっている。スティールフィストは、以前に本人からハイカラの実年齢は70代と聞いている。
「ええ、ちょうど完成したところ」
ステンレスは出来たばかりの機関銃をハイカラに渡す。
「名付けてファイアリンドウ軽機関銃! 口径はリクエスト通り、7.62mmにしてるよ」
「うんうん、いい感じ。さすがステンレスオリジナルの武器だ。ありがとうね」
条件を満たすとプレイヤーは自分オリジナルの武器を作ることが出来る。もちろんゲームバランスを崩さないよう、性能を好き勝手に設定できるわけではないが、それでも自分だけの武器を作れるのは多くのプレイヤーにとって魅力的だ。プラネットソーサラーオンラインの人気を支える要素の一つでもある。
ハイカラは新しい銃を構える。このゲームはSFとしての世界観も持つので、魔法以外に銃火器も使える。
ハイカラは兵士型と呼ばれるプレイスタイルで、魔力発生量ギリギリまで魔法の防具を装備し、攻撃はMPを消費しない銃火器を使っていく。
「ちょうどいい、実はハイカラさんに相談があって」
スティールフィストは話を切り出す。
「相談?」
「実は今日、サイバースペースもオンラインゲームも今日始めたばかりの女性プレイヤーと知り合ったんです」
「おやま、本当かい?」
ハイカラは少し驚く。この手のゲームは女性プレイヤーが極めて少ないからだ。
「サイバースペース規制法のせいで現実の性別と違うキャラは作れません。女っぽい男キャラなら作れないこともないが、声はどう聞いても女性だったから間違いないです」
サイバースペース規制法は日本でサイバースペース技術は普及し始めた頃に制定された法律だ。その中で、サイバースペースで現実の肉体と異なる性別になるのは精神に重大な影響を与えるとして禁止されている。
とはいえ科学的根拠は一切なく、ろくにサイバースペースを知ろうともしない政治家が作った法律なので、近年では改正の動きが出ている。
「それで、何かのトラブルに巻き込まれる前に、うちのギルドに誘ったほうがいいと思って」
「あー、確かにそのほうがいいかも」
横で聞いていたステンレスがスティールフィストの提案に同意する。
「女の子ってだけで変な奴が寄ってくるだろうし。だったら、私達で気をつけなきゃいけないことを教えたほうが良いわね」
「アタシも悪い虫のあしらい方ならいくらでも教えてあげるよ。伊達に女を70年以上もやってないからね」
ギルドの女性陣二人から賛同を得られ、スティールフィストは安堵する。
「よかった。なら、今度彼女にあった時さっそくギルドに誘ってみます」
「権兵衛にはアタシから話を通しておくよ。女房から言えば、あの人も反対しないだろう」
ハイカラとギルドマスターは現実世界では夫婦であると聞いている。二人して同じゲームを楽しむのだから、夫婦仲は非常に良好だ。
「助かります。ギルドマスターはいつぐらいにログインを?」
「ちょっと仕事が立て込んでるね。今度の日曜ならこれそうだよ」
「なら、その時にピジョンブラッドを誘ってみます」
その後、スティールフィストは夕食を取るために一時ログアウトする。
意識がサイバースペースから現実へ移り、スティールフィストは本来の自分である黒井鋼治へと戻る。
窓の外を見れば日没のときだった。腹もだいぶ減っている。鋼治は近くにある牛丼屋で夕食を済ませようと考えた。
戸締まりをしっかりして出かけようとした時、正面から女性がやってくるのに気がつく。
夕食の買い出しからの帰りなのだろう。食材が入ったビニール袋を持つ彼女は、隣人の赤木鳩美だ。ほとんど交流はないが、自分と同じ日に夢見荘に引っ越してきたので印象に残っている。
「こんばんは」
すれ違いざま挨拶をするが、鳩美は鋼治を見る限りビクリと体をすくませて、あらさまに怯えた様子を見せる。
「こ、こんばんは」
彼女はそそくさと逃げるように自分の部屋に入った。最初に引越しの挨拶をした時から、異様に他人に対して怯えている。若い女の一人暮らしだ、他人を警戒するのは当たり前とは思いつつも、彼女の様子は度を超えている。
しかしながら鋼治は鳩美に対して特に感情を持っていなかった。結局は隣人なのだ。トラブルさえなければ好かれようとも嫌われようとも構わない。
●
ゲームを始めてから3日目、ピジョンブラッドは再び初心者殺しの谷におとずれていた。
目的は再びコンボウオオザルと戦うためだった。
レベル差が10倍以上もある相手に挑もうと思ったのは、ある方法ならば勝ち目があると知ったからだ。
このゲームでは敵キャラクターには弱点が設定されており、そこをつけば大きなダメージを与えられる
さらには致命的弱点というものもあり、それは脳や心臓などに設定されている。そこに1ポイントでもダメージが入れば相手を即座に倒せるのだ。
ゲームの説明書を読み返してその記述について気がついた時、ピジョンブラッドが鳩美の中で語りかけた。
負けっぱなしは嫌だと。
鳩美は内なる声に従うことにした。大げさかもしれないが、これは自分が変わるための予兆であるかのように感じたからだ。
どんなことでもいい。まずは何かに挑戦する。それが自分を変える一歩になるのではないかと鳩美は考えた。たかがゲームの中でやる挑戦だが、鷹人の「たかがゲームだからよい」という言葉を思い出す。失敗しても誰にも迷惑がかからないから、やってみようという気持ちが出てくる。
コンボウオオザルを見つけ出すのに苦労はしなかった。前とまったく同じ場所に、何事もなかったようにその巨体はいた。この手のゲームでは敵の出現場所は決まっていて、倒しても一定時間たてば復活するようになっている。
ピジョンブラッドはマジックセーバーを起動して構える。
狙うのは頭だ。そこにセーバーを突き刺せば一撃で倒せる。
問題はどうやって攻撃するかだ。コンボウオオザルは8メートルの巨体を持つ上に、なにより素早い。
ピジョンブラッドは一か八かの賭けに出てコンボウオオザルとの戦いに臨んではいない。十分な準備をした上でここにいる。
コンボウオオザルがこちらに気づき睨みつけてくる。しかし以前と違ってピジョンブラッドに怯えはない。
コンボウオオザルが突進しながらこん棒代わりの樹木を叩きつけようとしてくる。
ピジョンブラッドは叩きつけられる直前に飛び上がって攻撃を回避する。
間髪をいれず、コンボウオオザルが次の攻撃を繰り出す。ピジョンブラッドは未だ空中にいる。
空中では身動きは取れない。だが、ピジョンブラッドは違った。
パワードスーツのスラスターから白い噴射光が放たれ、横方向への推進力を生みだす!
直後に、ピジョンブラッドがいた場所をこん棒が通りすぎた。
「よし!」
くるりと体を回転させながらピジョンブラッドは着地する。練習したかいがあった。
この三日間、ただひたすらにパワードスーツのスラスターを使いこなす練習を繰り返していた。
最初に使った時は盛大に失敗していたが、元々体を動かすのは苦手ではなかったので、何度か繰り返すとコツを掴めた。
最初に遭遇したときは大きすぎるレベル差に圧倒されてしまったが、こうして再戦してみると、コンボウオオザルの攻撃はこん棒を振り下ろすのみであまりに単調だ。ピジョンブラッドにしてみれば、いくら巨体に似合わない素早さでも、常に同じ攻撃をしてくるのならば回避は簡単だった。
ピジョンブラッドはスラスターの推進力を最大にし、地面すれすれに飛ぶ。
コンボウオオザルは反撃のためにこん棒を振り上げるが、その時にはもうピジョンブラッドは股下をくぐり抜けて背後に回っていた。
地面を蹴り、真上へ跳び上がったピジョンブラッドは無防備なコンボウオオザルの後頭部にレーザー刃を突き立てた。
びくりとコンボウオオザルは痙攣すると前のめりになって倒れ、その巨体はあっという間に黒い砂になって消滅した。
腰にあるメニューデバイスがレベルアップを知らせる音を鳴らす。
デバイスに自分のステータスを確認したピジョンブラッドは現在の自分のレベルに驚いた。
「わ! レベルが20になっている」
経験値は倒した敵が強いほど多く取得できるということは知っていたが、コンボウオオザルを倒すことでここまで一気にレベルが上昇するとは思っても見なかった。
スラスターも十分に使いこなせるようになったと分かったので、一度セーフシティまで戻ろうとした時、メニューデバイスから着信音が鳴る。
メニューデバイスはゲーム内においてフレンド間で連絡を取り合う電話としての役割を持つのだ。
フレンド登録してあるのはスティールフィストだけなので、相手は間違いなく彼だ。ピジョンブラッドはデバイスを電話のように耳に当てて着信に応答する。
「もしもし」
「スティールフィストだ。一つ話があるんだが、今は大丈夫か?」
念のため周囲を見渡す。フィールド上の敵は倒しても一定時間立つと復活するが、まだコンボウオオザルは再出現していない。
「ええ、大丈夫よ。それで話って?」
「実はな、お前を俺が所属しているギルドに誘いたいと思っているんだ」
ギルドについては説明書に記載されていたので知っている。プレイヤー同士の交流を促すためのコミュニティ機能だ。
「俺のギルドは小さいけど、メンバーはみんないい人だし、女性プレイヤーもいる。もし良かったら入ってみないか」
「それなら、私からもぜひ入らせてもらいたいわ」
ピジョンブラッドは即答した。これから多くの人達と交流しなければならないのだ。その機会がやってきたのならば乗らない手はない。
「ずいぶんすぐ決めるんだな」
少しはピジョンブラッドが思案すると思っていたのか、スティールフィストは意外そうな声を出す。
「出会ったばかりだけど、スティールフィストは信用できる人だから。あなたがいい人っていうのなら、そのギルドの人達も信用できると思う」
言った直後、まさか自分の口から他人を信用するという言葉が、しかも社交辞令ではなく心から出てきたことにピジョンブラッドは驚いた。
現実に戻ればいつもの鳩美に戻ってしまうとはいえ、これは大きな変化だった。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。そうと決まればエーケンに来てくれ。みんなに紹介したい。ポータルステーションの前で待っている」
「分かったわ」
ピジョンブラッドは通話を終える。
エーケンへ戻るため、デバイスから帰還アイテムのインスタントポータルを取り出す。予めアイテム屋から購入したものだ。
ピジョンブラッドはインスタントポータルを起動する。このアイテムは行き先の指定ができず、現在地から最も近いセーフシティのポータルステーションへと移動させる。
エーケンのポータルステーションに戻り、外に出ると入口の近くでスティールフィストの姿を見つけた。
「おーい、スティールフィスト」
彼は手を振り返してくれた。
「おまたせ」
「早速ギルドに案内する。けど、その前にパーティーを組もう。そうしないとメンバーじゃないやつはギルドハウスに入れないからな」
スティールフィストがメニューデバイスを操作してパーティーの招待をする。
ピジョンブラッドは自分のメニューデバイスを操作し、彼が送ってきた招待を受諾してパーティーを組む。
すると視界の隅にスティールフィストのレベルとHP・MPが表示された。
パーティーを組めば、メンバー間でお互いのステータス情報は共有される。今はスティールフィストの視界にも、同じようにピジョンブラッドの情報が表示されているはずだ。
「レベル20? 始めたばかりなのにすごいな」
「うん。さっきコンボウオオザルを倒したらいっぱい経験値が入ったのよ。攻撃は単調だったからスラスターを使えば簡単に避けられたし、致命的弱点を攻撃すればレベルが低くても倒せたわ」
「もうスラスターを使いこなしたのか?」
「うん。あなたと出会った日から今まで練習していたの」
スティールフィストはピジョンブラッドを見つめる。彼は機人族なので生身のように表情の変化はないが、なんとなく驚いているように感じ取れる。
「ギルドハウスに行こう。ついてきてくれ」
スティールフィストに案内されたピジョンブラッドは、セーフシティにあるポータルを経由して彼のギルドハウスへと足を踏み入れた。
そのギルドハウスは洋館の作りをしていて、その一階にある大食堂にギルドメンバー達が集まっていた。
メンバーは3人いた。男性が一人、女性が二人だ。
男性は70代くらいの老人で種族は定命族だ。胸元まで伸ばしたヒゲに身の丈ほどある杖を持つ姿はいかにも魔法使いらしい。
女性二人の内、片方は金髪の不老族で兵士のような格好をしており、もう片方は黒髪の定命族で、首にかけたゴーグルが印象に残る。
「やあ、よく来てくれたね」
上座に座っていた老人が立ち上がる。
「ワシがこのギルド、クロスポイントのマスターをしている
「アタシはハイカラ。歓迎するよ」
「ステンレスよ、よろしくね」
クロスポイントのメンバーたちはにこやかな笑顔を浮かべてピジョンブラッドを向かい入れる。
「ピジョンブラッドよ。みんなよろしく」
三人に笑顔を返す。
「それじゃ早速登録しようか」
権兵衛がメニューデバイスを操作し、ピジョンブラッドをクロスポイントのメンバーとして登録する。
「始めたばかりと聞いていたが、随分レベルが高いね」
権兵衛もピジョンブラッドのレベルを見て意外そうなだ。
「彼女、コンボウオオザル相手に格上殺しをやってのけたんですよ」
スティールフィストの説明にメンバーたちが一様に驚く。
「ねえスティールフィスト、格上殺しって? みんなびっくりしているけどそんなにすごいことなの?」
「一人で自分よりもレベルが10以上高い敵を倒すことをプレイヤーの間ではそう言っている。致命的弱点ってルールが有るとはいえ、そう簡単にできるものじゃない」
「そうだったんだ」
ピジョンブラッドは自分がやってのけたことは簡単ではないとようやく自覚する。
「権兵衛さん、彼女はすごい。パワードスーツのスラスターをすぐに使いこなしたし、なにより動作補正系技能ではない、本物の剣術を身に着けている」
スティールフィストが自分を絶賛するのを見て、ピジョンブラッドは照れてしまったが同時に嬉しかった。
お前などこの世からいなくなってしまえという殺意ではなく、生きていることを肯定されているのが嬉しかったのだ。
スティールフィストの言葉を否定するものは誰もいない。彼だけではなくギルドの皆が自分を認めてくれる。それだけでこの世界にやってきてよかったと心から思えた。
「さて、新しいメンバーが入ったので、ワシからみんなに聞いてほしいことがある」
メンバーたちの視線が権兵衛に集まる。
「ワシは今年の夏に開かれるレイドクエスト攻略大会にみんなで出場したいと思う。どうかな?」
「私は賛成!」
真っ先に挙手したのはステンレスだった
「せっかくのイベントなんだから参加しないと損よ」
「アタシも賛成だよ。そろそろ新しい刺激がほしかったからね」
ハイカラも反対意見はなかった。
「二人はどうかな?」
権兵衛がピジョンブラッドとスティールフィストに問いかける。
「もちろん」
スティールフィストが力強くうなずく。
「私もぜひとも参加したいわ。でも、大会って何をするの?」
ゲームを始めたばかりのピジョンブラッドに大会の内容はわからないが、それにはスティールフィストが答えてくれた。
「大会は運営側が用意した高難易度クエストに挑戦してそこでの成績を競う。それで、参加するには5人以上のパーティーを組む必要があるんだ」
ピジョンブラッドが参加したことでクロスポイントは総勢5人となり、大会の参加資格を満たしている。
「高難易度……やっぱり出てくる敵も強いのかしら」
「かなり強いな。今日ピジョンブラッドが倒したコンボウオオザルが雑魚に思えるほどのやつがたくさん出てくる」
「そうなんだ……腕がなるわね」
それを聞いた時、ピジョンブラッドの心にあったのは萎縮ではなく闘志だった。自分がどこまで成長できるのか、自分の腕がどこまで通用するのか。それを試したくてたまらなかった。それの心はあの事件が起きる以前の赤木鳩美に確かに宿っていたもので、今はピジョンブラッドの中で蘇っていた。
「だったらまず、レベルを上げないといけないわね」
一気に上昇したとはいえピジョンブラッドのレベルはまだ20。スティールフィストたちは全員がレベル70以上だ。まずは彼らに追いつかないといけない。
「いや、先に重要クエストをクリアした方がいいだろう」
しかし、スティールフィストが示したのは違った。
「それをクリアするとプレイヤーの行動範囲が広くなって別の地域に行ける。レベルを上げるにせよ、大会用の装備を調達するにせよ、エーケン周辺だけじゃ厳しいからな」
どれほど現実に忠実であろうとも、ここはあくまでゲームの世界だ。そのため、最初の町であるエーケン周辺の敵はコンボウオオザルのような例外を除けばレベルは低いし、手に入るアイテムも大した物はない。
プレイヤーのレベルは高ければ高いほど、次のレベルに必要な経験値は大きくなるため、大量の経験値を得るためにはより強い敵が現れる地域へ行かなければならない。
アイテムについても同じだ。強い敵が現れる地域ならば、それに見合ったアイテムが手に入るのがロールプレイングゲームというものだ。
「最初の重要クエストはレベル15から挑戦可能だから、ピジョンブラッドは条件を満たしているな。メニューデバイスのクエスト一覧にもう登録されているはずだ」
「あ、本当だ」
確かめてみると、たしかにクエスト一覧に重要クエストという項目があり、詳細欄には市長の執務室へ向かうよう指示が記載されている。
「それならすぐにでも挑戦してくるわ」
「重要クエストには俺も一緒にいくよ」
「え、いいの?」
ピジョンブラッドよりもずっと前からこのゲームをプレイしている彼ならば、最初の重要クエストはとっくにクリア済みのはずだ。
「ああ。ピジョンブラッドはパーティーでの戦闘は未経験だろう? ついでに練習しておこう」
「私のために悪いわね」
「なに、気にするな。お前が上達すれば、他のみんなも助かるんだから、持ちつ持たれつだよ」
二人はギルドハウスから出かけていく。他のメンバーも夏大会に向け、各々の準備のために出発していった。
「そういえば、これからやる重要クエストは普通のとはどう違うの?」
街に出たあと、ピジョンブラッドはスティールフィストに尋ねる。
「重要クエストにはストーリーがあるんだ。ピジョンブラッドはこのゲームの世界観はもう分かっているか?」
「ええ。説明書に書いてあったわ。魔法と科学の両立で地球を複製できるほど文明が発達した人類は全盛時代を迎えていたけど、大昔に宇宙からMエネミーがやってきて文明が崩壊してしまった上に、結界で第三地球が封印されて他の地球と交流が取れなくなってしまったのよね」
「ああそうだ。重要クエストでは、プレイヤーは全盛時代の技術を発掘したり、強力なMエネミーを倒したりとか、あるいは第三地球の封印を解く手がかりを探したり、そういったストーリーの主人公になるんだ」
「楽しそうね」
「楽しいぞ。現実じゃまず体験できないことを体験できるってのはすごく楽しい」
そんな話をしているうちに市庁舎に到着した。
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