第9話

「分離」






 京子は手紙を書き終えて封を閉じると、ふぅと一息ついた。






 伊集院の部下に預けると、作業の準備を始めた。

 部下が家を訪ねていた痕跡を完全に消し終える。

 服を着たままだと衝動的に見えないだろうと全裸になり、酒を飲む。

 自殺にしか見えないように浴室で自分の腕に傷を付ける。傷ですら美しくしつつも、あくまで自分で傷つけたように見えるように。そのまま水が張られた浴槽に腕をつけて自然と致死量の血が抜けるのを待つ。






 段々と意識が朧になる感覚が、今までの作品の体験を出来ているのかとワクワクした。そしてこれが、最後の作品となることに嬉しさと寂しさを感じながらーーー












 女刑事が京子の部屋のチャイムを鳴らす。



 しかし電気は付いているのに返事がない。不審に思った女刑事は部下を大家の元へ向かわせる。

 大家に鍵を開けてもらって中に入ると死体特有の臭いが立ち込めていた。大家が臭いにえづいてしまっているのを部下に任せると、臭いの強い風呂場へと向かう。




 そこには少し挙動不審だったものの犯人とは結びつけられなかったことで、捜査から外されることが決まったはずの京子がいた。


 どう見ても自殺にしか思えない状態で。








 急いで救急車や鑑識を呼んだが、死後1日ほど経ち、人が出入りした痕跡もなく、机の上に遺書があることから自殺と断定された。




 遺書には女刑事の訪問で精神的ショックを受けたこと。


 肉親はもうすでにいないので、遠縁の伊集院という男に死体をそのまま預けて欲しいなど書かれていた。






 女刑事は犯人でない女性を自殺に追い詰めた責任で、窓際部署に配属された。


















 京子の遺体を引き取った伊集院は、本物の遺書を読みながら一人の男を呼び出した。




 その男はかつて京子が作家活動をすることを決めるきっかけになった作品を作っていた男だった。


 伊集院は男に遺書を渡すと、部下に京子の遺体を持ってこさせる。男は読み終わった遺書から顔を上げると伊集院と目を合わせる。






 二人は一言も交わすことなく自然と動き始めた。




















 伊集院の屋敷の一番美しい場所には、とある女の胴体のホルマリン漬けが飾られている。彼女は伊集院にたくさんの作品を残したが、最後は彼女自身が作品となった。




 手足の部分は彼女を作品に仕上げてくれた男が持ち帰った。彼女が一番好きだった場所を持たせて欲しいから、と。




 伊集院は手足にはどうしても興味が沸かなかったので、いつも通り胴体の部分を受け取った。だが、いつもと違うところもあった。


 いつもなら頭も切り離した胴体に加工してもらうが、今回だけは彼女の頭部を切り離さずに漬けてもらった。








 作品になれたことが嬉しいのか、少し微笑んで見える彼女の顔をそのまま美しく保っておきたかったから。

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