第5話

「寛容」






 ホルマリン作家の彼との出会いでやりたいことが決まってしまった京子は、もう止まることが出来なかった。






 闇サイトでホルマリン漬けに興味のある人達と繋がりを持ち、近所の野生動物をこっそりと捕まえてはホルマリン漬けの練習をし始めた。

 最初は美しく出来なかったが段々と思うがままに出来るようになると、最終目標である、人のホルマリン漬けをどうやろうか、と考え始めた。






 自分が向かう先が取り返しのつかない世界であることについても考えた。そうなると、世間からは異常に見えないよう工夫することも大事だと気付いた。




 引きこもっていた中学に通い直し始め、勉強も真面目にやり、周りとのコミュニケーションも出来るだけ当たり障りのないように心がけ始めた。

 両親は娘がまた通い始めたことに安堵し学校生活でも問題なく過ごせていると知ると、私が家にいる時も特に何も言ってこなくなった。






 将来の予行演習として証拠の残りづらい方法でホルマリン作品を作りながら、普通の人間のように生活しているよう見せる工夫をしているうちに、高校生になった。




 世間の目を欺く為にしていただけの勉強だったが、適性が悪くないのか興味がなくても成績が良くそこそこ偏差値の高い高校に入学できた。

 帰宅部として早く家に帰り作品作りをしたかったが、部活動必須だったから緩そうな部活を探していると、生物部を見つけた。








 見学しに行くと、予想通り飼育されている爬虫類や魚がいた。

 やはり部活なんて生物を飼ってみて命の大切さを知ろう、なんてもんだろうと思っていたが、部室に飾られたある棚に驚愕した。






 ホルマリン漬けが何個も飾られているのだ。しかも、学年と名前が記されていることから生徒が作ったとしか思えない。






 内心の動揺を悟られないように平静を装いながら、部室案内をしてくれていた先輩に聞いてみると、やはり活動内容にホルマリン漬けも含まれているようだ。

 生物の体の仕組みを知る為の解剖の後に命を使わせてもらった感謝を忘れない為、だとかうんたらかんたら説明を続けられたが、そんなものはどうでもいい。








 そうか。やっていてもおかしくない立場になればいいのか。








 京子は堂々とやれる口実を見つけたことに心の中で狂喜乱舞していた。即入部を決めて足取り軽く帰宅した。








 そこからはあっという間に感じた。当たり障りのない範囲ではあるがホルマリン漬けの良さや生物や人の体の美しさについて語れる身近な存在との交流。ホルマリン漬けをちゃんとした指導者の元練習できる日々。女の部員といる時にたまに行われるスキンシップでの柔な肌の感触。

 中学の時の自分を抑え込んで過ごした日々とは大違いだった。

 最終的な人体のホルマリン漬けという目標が揺らぐことはないと感じていたが、初めて人らしい生活を送れてる感覚にくすぐったさを感じた。


 楽しくて、このことを家に帰って闇サイトの住人に報告したら返ってきた言葉に冷や汗をかいた。








 生ぬるい生活で満足するものに用はない。








 ああ、私はなんて愚かだったのだろう。京子は頭を金槌で殴られたような気がした。


 闇に堕ちる決意をしたのに、なぜ光の世界で生きられると錯覚していたのだろう。私の世界はこんなところでは留まらない。私は芸術作品を作る為にはどんな努力も惜しまず、人並みの生活に見切りをつけたはずなのに。




 再確認をした京子は、また元の当たり障りのない生活を送りつつ、ホルマリン漬けを怪しまれずなおかつ狩場として最良な環境を考察した。




 考え抜いた末、生物の教員として学校を狩場にすることにした。闇サイトの住人達は京子の大胆な発想を面白がり、作家活動を支援してくれる人物も出てくるようになった。

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