第7話 星屑組の大逆転 3
「おい、考えても見ろよ、盗人ども。ここで人質を殺すとするわな。アタイらの組長のセブリカも含めてだ。それで貴様らの気は晴れるだろうが、お前らの調子がいい感じで続くのは、そこまでだぜ。かせの無くなったアタイらが何をすると思う? とりあえずお前らをさんざんに叩きのめしたあと、お前らの家族構成を調べ尽くして、てめえらの田舎にまで遠征して、お前らの血のつながりのあるやつ、全員たたき殺してやるぜ。親兄弟、いとこ、はとこ、昔世話になった先生まで全員だ!」
途端に盗賊達の間にはざわめきが走った。「ひでえ」「鬼かよ」だの、「卑怯者め!」などのささやきが漏れ、中には自分の生まれ故郷を思い出して泣き出す者もいた。それを見てヴァイドールはさらに調子に乗ったのか、声を高くして盗賊達にたたみかけた。
「ところがここで人質をおとなしく解放してみろ? ここでお前らの命を助けてやるどころか、家族の命や子供の命、子々孫々に至るまで家系は安泰だ。こんなうまい話はねえやな。アタイらが引き上げたあとは、またがんばって盗賊家業に精を出してくれよ」
ずいぶんと勝手な要求に、盗賊達は必死で損得勘定を考えているようだった。むやみにきょろきょろし、小声で何かを話し合っている。
確かに、状況は微妙であった。盗賊たちからすれば、彼女ら星屑組を信用することは出来ないが、万が一人質を殺せば、自分たちの命が危うい。星屑組の強さは、先日の突然の急襲によって、いやというほど身にしみているのだ。
しかし、今回は星屑側には足手まといの子供もいるし、怪我人も出ている。自分達の全勢力をそそぎ込んで戦えば、もしかすると黒ひげ側にも、勝てる見込みがあるかも知れないのだ。
盗賊たちの頭の中で、打倒対被打倒比率があわただしく計算された。
盗賊達はわずかな勝利の可能性に気づいてやや色めき立ったが、それでも甚大な被害が出ることは確実だということにも思い至り、再びもたもたと、ざわざわとした雰囲気に包まれた。
「どうするんだ? 男らしく死ぬか? それとも紳士らしく盗賊家業を続けたいか?」
「言ってることむちゃくちゃあるな、この女は」
さすがのウィスミンもあきれ顔でヴァイドールを見やった。マリリは事態がどのような方向に向かっているのかつかめかねて、得体の知れない心配に心を支配された。シルトとセブリカは、無事に自分たちの元へ戻ってくるのだろうか。
そもそもの話、セブリカは、今どこにいるのだろう。本当にこの要塞の中にとらわれているのだろうか。
ヴァイドールは、この混乱をどう収めるつもりなんだろう。広間の真ん中に何十人かの盗賊達が人質のシルトだけを頼みの綱に立ちつくし、通路の入り口や扉の周りではいまだ下っ端の盗賊達が走り回っている。
しばらく異様な膠着状態が続いたあと、不意に盗賊達が後方から歓声を上げた。どうやら新たな援軍が到着したようだ。それを見たとき、マリリはどんな表情をしてみたものか迷ったが、ヴァイドールの顔色をうかがったところ、短気な女戦士が馬鹿にしたような笑顔を浮かべていたので、自分もそれに習うことにした。
「これを見ろ、お転婆ども! これを見ても、そのくそったれな余裕をぶっこいていられるのかな!」
ひときわ体の小さな盗賊が持ってきたそれは、不気味に黒光りしている小型の『銃』だった。その盗賊はそれだけで事態がすべて逆転すると思いこんでいるらしく、ヴァイドールらに余裕を見せようとするあまり言葉がおかしくなっていた。
一方、星屑組の面々はその兵器を見て、にやにや笑いを止めるどころか、ついには声に出して盗賊達をあざけ笑ったので、盗賊達としてはまたしても戸惑うほか無かった。
「な……何がおかしい!」
「何にもおかしかねえよ。ほら、言ってみろ、例の一言を」
「例の一言って、何ですか?」アーナが聞いた。
「聞いてりゃわかる。銃を持ってるやつが、必ず言うせりふがあるんだよ」
「なな何だと? お前ら、あ、あんまり調子に乗ってると、……撃つぞ!」
盗賊がその言葉を口にした途端、星屑組は大爆笑の渦に包まれた。ルナコですらウィスミンに肩を借りたまま、腹の辺りを押さえて苦しそうに笑っている。ただ一人メディコだけが、きょとんと何が起こったのか分からずにマリリ達の顔を見つめていた。
「だっはははは!言いやがった! お前、いつの時代の人間だよ!」
「「撃つぞ!」「撃つぞ!」あるよ! どこに何を撃つ気あるね~?」
「あたし、本物は初めて見たわ」
「怖えぞ、当たったら死ぬからな。気ぃつけろ! だはははははは!」
たちまち盗賊達は憮然とした表情を浮かべた。自分たちが絶対の信頼を寄せている強力な『兵器』を身も蓋もなく馬鹿にされ、憤りの念にかられたのだ。
「ちくしょう、馬鹿にしやがって。本当に撃つぞ! 後悔しても、もう遅いからな!」
「はっ……」
ヴァイドールがさらにあざけりの言葉をかけようとするよりも早く、銃を持った盗賊はふるえる手で銃についている引き金を引いた。この引き金を引くことによって、彼らの最終兵器、『銃』は作動し、その真価を発揮するのだ。
ガーンという耳をつんざく轟音があたりに響き、マリリは思わずびくっとして耳をふさいだ。あたりを細いいくすじかの煙のようなものが漂っている。メディコがマリリの服の裾を堅くつかんでいた。
「……?」
しばらく広間の中を静寂が包み、銃を撃った盗賊が居心地悪げに目玉をぎょろりと動かすと、その盗賊の立っている位置からまっすぐ右に進んだ場所にある扉の近くに立っていた大柄な盗賊が一人、ゆっくりと倒れて、どすんと大きな音を立てて床に横たわった。
「ほら、危ない」
ヴァイドールが人差し指で頬を流れる涙を拭いながら、盗賊に向かってつぶやいた。銃の引き金を引いた盗賊は、恥辱と怒りによって真っ赤な顔をしている。口惜しさと不可解さのあまり、体全体がぶるぶると震えていた。
銃については、一世紀ほど前に、中央帝国の魔術師連合を追い出されたはぐれ魔道師の一派が、東の小都市国家群に己を売り込む材料として制作したのがそもそもの始まりと言われている。離れたところから瞬時に、自由に人を殺せるという画期的な兵器の誕生は、諸国の支配者達を存分に魅了した。各国の王はこぞって銃の獲得に心を砕き、洗いざらした純白のシーツに真っ赤なワインを注ぐかのごとく、銃の技術は瞬く間に世界中に伝播した。
銃の姿がもっとも見受けられたのは封建社会華やかなりし頃の戦乱と恐怖に彩られていた『鉄と炎の時代』においてであったが、もともと複雑な仕組みの上に、いい加減に組み立てられることの多かった銃は、使用方法、保存方法、整備などが非常に難しく、どの戦場においても、銃が司令官の思惑通りに働いたためしは多くはなかった。
画期的かつ普遍的であるはずだった兵器『銃』は、瞬く間に世界中からその姿を消していった。
だが、銃にまつわる神がかり的な伝説だけが教育のない層の民に広がり、使われることのない質の悪い銃が、ごくまれに保管されていることがあった。人々は絶対的な力を持つはずの銃を、人生のここぞという場面でもっとも効果的に使うためだけに、ただ保管し続けているのだ。それが全く役に立たない代物なのだという事実を知らないまま。
銃の趨勢がおおかた決せられたとき、鋼の女神や戦の神を信奉する人々はこぞって銃の使用を振興していた類の人間達をけなしにかかった。自分の手を汚さない卑怯な銃社会への傾倒は、すなわち神への冒涜だとしたのである。鋼の女神を奉る女神団に所属しているヴァイドール達が銃を過剰に軽蔑しているのは、その名残であるといえるだろう。
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