第7話 星屑組の大逆転 2
「むむ……」
「かまわねえっていえば、かまわねえけどな」
ヴァイドールが物騒なことをつぶやいたので、マリリはきっとヴァイドールをにらんだ。ヴァイドールは至ってまじめな表情で、マリリの視線を見返しながら、手の中の木の棒をくるくるといじりだした。
マリリはシルトに目を向けた。シルトは盗賊達の中心で、おとなしく立っている。猿ぐつわをかまされているわけでもないが、マリリ達を見ても一言も言葉を発さなかった。
数10秒の間、緊張感を含んだにらみ合いが続いた。いつまでもぐずぐずしているヴァイドール達を見て、盗賊達はだんだんとしびれを切らし始めた。
「おい! 早く武器を捨てろ! こいつが死んだら困るだろう?」
「別に、困りゃしねえけどな~」
「ヴァイドール!」
「さて、どうしたものあるかね……」
「どうするんですか?また、武器を捨てるんですか?」
アーナは、再び自分の武器を手放すことをあからさまに渋っていた。盗賊に襲われそうになった、先ほどの悪夢が心によみがえるのだろう。マリリにはアーナの気持ちは痛い程良く分かったが、かといってシルトを見捨てるわけにもいかなかった。おそらくヴァイドールも、心の中では同じ事を考えているのだろう。
「早くしろって、言ってるだろう! このかわいいお嬢ちゃんの、かわいい顔に、かわいい傷が付くことになるぜ!」
そういうと、盗賊の一人がナイフの刃をシルトの頬に近づけた。シルトがかすかに身をよじらせる。ヴァイドールがかすかに舌打ちをした。
「くそお、あいつ、魔法で逃げ出すとか何か出来ないのか?」
「呪文を唱えようとしただけで、殺されちゃうよ、きっと」
「あー、盗賊さん達。こういうのはどうあるかな? お互いに一つずつ、譲り合うね。アタシらは武器を捨てる、盗賊さん達はかわいいお嬢さんをはなすね。それでおあいこね。ご静聴ありがとう」
ウィスミンの申し出に、盗賊達はしばらく顔を見合わせていたが、やがて何かに気づいてぶるぶると首を振った。
「だめだだめだ! よく考えると、こっちは何にも得しねえじゃねえか! 俺らが盗賊だからって、なめるんじゃねえぜ!」
(マリリさん)
そのとき、唐突に、マリリの頭の中に、シルトの声らしきものが響いた。マリリはびくっと身をこわばらせた。周りを見回したが、自分以外には誰も今の声を聴いたものはいないようだ。当のシルトは、マリリの目だけをじっと見つめている。シルトは魔法を使って、自分だけに語りかけているのだろうか。
(マリリさん、とりあえず私には、身の危険はありません。この砦の中にいる魔法使いが、あとで私の力を利用しようとしているのです。ですから、盗賊達が望んで私を傷つけることはないでしょう。それよりも、他の人たちを先に助けた方が、順番的には正しいと思います。おちびさんは、この先の階段を下りたところに捕らわれていますよ)
「えっ、ほんとに?」
思わずマリリは、大きく声に出して返事をしてしまっていた。ヴァイドールや、盗賊達が、何事かとぎょっとした。盗賊達は、またしても顔を見合わせた。
「ほんとって、何がだよ、マリリ」
「この先の階段の下の部屋にメディコが捕まってるって。シルトが今、あたしだけに教えてくれたの。それと、自分はしばらく盗賊たちには手を出されないだろうって」
聞くヴァイドールに、マリリは小声で答えた。
「ふーん……? よくわかんねえけど、そういうことにしちまうか。ここでウダウダ続けているわけにもいかねえ。じゃあマリリ、ウィスミンと二人でちびを助けに行ってくれ。アタイらはここで時間稼ぎをもうちょっとやってよう。仲間が全員そろっちまえば、あいつらもあきらめて人質を放すんじゃねえか」
「う……ん」
「よおし、武器を捨てよう! いいか、お前ら!」
ヴァイドールが巨大な木の棒を目の前にかざして盗賊達の方へのしのしと歩いていくと、なぜか盗賊達は我先に後ろへ後ろへと下がっていった。明らかに、ヴァイドールを過剰におそれているようだ。
「おい! 武器をやるって言ってるだろうが! 逃げるな!」
「馬鹿! ゆっくり動け、ゆっくり! こっちには人質がいるって事をわすれんなよ!」
盗賊達は転がるように後ろへ逃げ、ついに何かの集会に使われそうな大広間へ転がり出た。広間の中にはさらに盗賊達が控えていて、いくつもある扉や通路を下っ端の盗賊達が右へ左へあわてて走っていた。
「ほら、マリリ、行ってこい。そこのお姫様もだ」
マリリはシルトの方をちらりと見てから、広間の一歩手前にある階段を駆け下りていった。ウィスミンはヴァイドールに嫌みまじりの指示理解しているのかいないのか、
「よきにはからえ」
と、意味不明な一言を残してマリリに続いた。
階段の周辺に、マリリは見覚えがあるような気がした。訝しみながら階段を降りると、さらに見覚えのある一角へとたどり着いた。
「ここは……!」
それは先ほど、ルナコと遭遇した三つの扉が並ぶ箇所だった。マリリが倒した盗賊の体が扉の前に並んでいる。こんな事なら、もうすこししっかりと探索するべきだった。気づいてみれば、このあたりには煙の臭いが充満している。マリリが火を放った小屋から近い証拠だ。
「どうしたあるか?」
「ううん、ここはさっき来たの。もう少し捜せばよかった。ウィスミン、真ん中の階段の下の部屋にルナコがいるから、出来たら連れてきて。お願い」
「アイアイ!」
ウィスミンは元気よく階段を下りていった。それを見送るまもなく、マリリも二つとなりの階段を駆け下りていった。
「メディコ? メディコ!」
メディコは部屋の隅に置いてある古びた机の下でふるえていた。が、マリリの声と姿を認めると、主人に駆け寄る子犬のような素早さでマリリに抱きついた。
「マリリさん! ずっと待ってました!」
「ごめん、遅くなっちゃって……。でも、あたしの声、聞こえたでしょ。どうして何も言わなかったの?」
「だって、マリリさんが、静かに待っててって言ったから、私は静かに待ってました。他の人は見つかりましたか?」
マリリはメディコの顔をじっと見てから、剣を持っていない方の手でぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫、ほとんどみんな見つかったから。さあ、みんなの所へ行こう。多分、もうすぐ帰れるからね」
「はい……」
なぜメディコの返事に元気がなかったのか、マリリは分からなかった。だが、今は極力気にしないことにした。今は、まだ先に考えなければならない事があったからだ。
メディコの手を引いて階段を上ると、三つの扉が並んだところでルナコの肩を抱いたウィスミンと合流した。ルナコはまだ戦えるほどではなかったが、ウィスミンの肩を借りて何とか歩いていた。マリリと目が合うと、ルナコは優しい微笑みを浮かべた。マリリは迷いのない表情で、ルナコにほほえみ返すことが出来た。
「ほら、やるっつってんだろ、取りに来いよ」
「取りに行ったら殴る気だろう!その手にはひっかからねえぜ!」
「く~、どいつも、こいつも……」
盗賊とヴァイドールのやりとりはまだ続いていた。ヴァイドールが右に行くと盗賊達は左によけ、ヴァイドールが左に移動すると盗賊達は部屋の右側に殺到した。
広間にいる盗賊達の中には柱の影や天井に空いた小さな窓の上から小型の弓矢でヴァイドール達を狙うものもいたが、ヴァイドールがにらみを利かせるとあわてて構えていた手をおろした。女神団の人間には飛び道具での脅しは利かないと思い出しての行為だったが、実際に女神団の人間に飛び道具での脅しは利かない。
「ヴァイドール! お待たせ!」
「おお、いたか? おっ、ルナコもいるじゃねえか! 大丈夫かよ!」
「何とか……生きてはいますわ」
ルナコを見ると、ヴァイドールだけではなく、アーナの顔も厳しく引き締まった。ウィスミンも、いつもの軽口を叩こうとはしない。
「しゃー! これで、セブリカ以外の全員がそろったな。……おいお前ら! そこの魔女をこっちによこせ」
「な、何? なんだと?」
仲間が全員そろってしまうと、ヴァイドールは俄然強気になった。彼女なりの利害関係が逆転したのかも知れない。一方、盗賊達は目に見えて浮き足立った。今この状況で、どちらが本当に有利なのか、計り知れなくなってしまったのだろう。戸惑う盗賊達をしり目に、ヴァイドールは勝手な演説を始めた。
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