第7話 星屑組の大逆転 1
「なんか聞こえるだろ」
「え?」
遠くで建物の燃える音は聞こえるが、それ以外はやけに静かになった屋敷の中で、ヴァイドールが何かの音に気づいたようだった。手の平を耳の横に当て、耳を澄ましている。だが、マリリには何も聞こえなかった。
「何か聞こえます?」
マリリは耳を澄ませてみた。
遠くの方でどたばたと床を蹴っている音と、ぱちぱちとたいまつの木々がはぜる音、先ほどからずっと聞こえているごうごうという低い音以外には、何も聞こえてこない。ごうごうという音は、外の火災の音だ。マリリがつけた火は、思いのほか広がってしまったようだ。ひょっとすると、森全体が焼けてしまうかも知れない。
「聞こえるだろ、なんつうかこう、いらいらさせられるような、癇に障るような音が。ああ、こっちだな。ついてきな。あの騒音を止めるんだ」
「騒音?」
ヴァイドールは迷うことなく通路を先に進み、階段を上っていった。マリリとアーナは戸惑いながらも、ヴァイドールのあとについていった。途中、何度か盗賊に出会うと、例によって彼らは一目散に逃げていき、それが何度か繰り返されたとき、マリリの耳に、何かの歌のようなものが聞こえてきた。
「チャルナーティ、チャルナーティ、大きな国~、ペキナヴォストウ、ペキナヴォストウ、大きな町~」
その歌には、聴き覚えがあった。
「な、いらいらすんだろ、あのねっとりとした甲高い声を聞くと」
確かに、いらいらしないではなかった。マリリは、過去に何度かこの歌を、聴かせてもらった、いや、無理矢理聴かせられた覚えがあったのだ。しかし、この状況で聴くこの歌は、不思議とマリリにはたまらなく心地よく、快く響いた。さらに大きくなる歌声に顔をしかめているヴァイドールを見て、マリリは笑いが止まらなくなった。
「シュレシュテンの上にはラージャがいて~、ラージャの上にはカンがいる~、三人のカンを治めるのは~、世界最強のサ~ルタ~ン~」
「前から思ってたけど、よくあれだけ自分の国をほめたたえる歌を作れるよな。南国の田舎だから、恥とか名誉っていう考え方が発達してねえんだろう」
三人は、はっきりそれと分かる部屋の扉の前まで来た。他の部屋と同じ、小さな扉の奥からはいかにも南国的な、ゆったりとした魅惑的な、それでいてどことなく間抜けな旋律の歌が聞こえてくる。ヴァイドールはマリリとアーナに頷きかけると、扉を静かに開けた。
「チャルナーティにいったら会いたい人は~、ラージャ、ラージャ、カン、サルタン~、銀の燭台をお~」
「やかましい!」
ヴァイドールが一喝すると、部屋の中でウィスミンの歌と踊りをうっとりと眺めていた盗賊達がびくっと体を起こした。よほどびっくりしたらしく、椅子からずり落ちて床に頭をぶつけるものさえいた。
当のウィスミンはといえば、盗賊達にどこかを殴られていたわけでもなく、どこから手に入れたのか、薄絹の羽衣をひらひらと体にまとわりつかせ、歓楽街の踊り子よろしく華麗に舞いながら盗賊達に歌を聴かせていたようだった。だがヴァイドールが姿を現して怒鳴りつけると、はっとしてその場に一瞬、立ちつくした。
「きゃっ、あなたたち、誰ですあるか?」
「ふざけてんじゃねえぞ、この商売女が。くそくだらねえ、下手糞な歌をずっと聴かせられてたこっちの身にもなってみろってんだ」
その言葉を聞くと、ウィスミンは多少むっとしたようであった。わざとらしく身をよじりながら羽衣をかき寄せ、可憐な表情で部屋の中にいる盗賊達に哀願して見せた。
「盗賊のみなさん、あいつはアタシを捕まえてこき使ってた悪いやつね! どうぞみなさんでとっちめてやってくださいね!」
「何だって? それは許せねえな!」
「そうだ! 嬢ちゃんの歌声を守るために、悪いやつを叩きのめしてやろうぜ!」
ウィスミンと盗賊達のやりとりを見ていたヴァイドールは、とうとう怒りを爆発させた。ウィスミンの顔にはにやにやとした笑いが一瞬で広がり、盗賊達は各々の獲物を抜いて歯をむき出した。マリリとアーナは心持ち部屋の扉から後ろに後ずさった。
「望むところだ、この松ぼっくりども! どいつの首も、あのくそ生意気な団子めがけて殴り飛ばしてやるから、そこに一列に並んで歯を食いしばれ!」
あとはもう、語るまでもなかった。ウィスミンの歌によほど骨抜きにされていたのか、盗賊達はウィスミンとヴァイドールが仲間であるという、少し考えればすぐに気づくであろう事実を気にもとめずに、ヴァイドールに襲いかかってきた。
ヴァイドールは長い棒を左右に振り回し、王都の庶民が窓からつるしているひもに掛けた洗濯物を取り込むときのように、右へ左へ盗賊達を殴り飛ばした。事実、マリリには、暗い部屋の中でヴァイドールに振り回される盗賊達は、人間ではなく、少し長めの衣類のように見えた。
「口ほどにもない奴らだ! 滅多なことはするもんじゃねえぞ、ど素人が! ……おいウィスミン、てめえ、なめてんのか!」
「あーん、マリリ! 怖かったね~!」
ウィスミンは今まで乗っていた台の上から降り、吠えるヴァイドールを無視してマリリに抱き着いてきた。マリリは困って笑いながらアーナとヴァイドールの顔を見比べた。
「ウィスミン、武器はどうしたの? とられちゃったの?」
「アタシは誰かみたいに馬鹿じゃないからね~。ちゃんとここに隠しておいたあるよ。さあ、誰かさん、これからどうするね?」
ウィスミンは足元の盗賊の死体の懐から、自分の愛刀を取り出した。うまく盗賊を手なずけて預からせていたようだ。
「やかましい! これで、えっと、あと四人か。マリリ、ルナコを隠してある場所は覚えてるのか?」
「うん、……分かると思う」
「よし、じゃあここらでルナコを拾いに行くか。マリリ、案内してくれ。くっそ、一回なぐり込んだ所なのにな。こうごちゃごちゃしてちゃ、どこがどこなんだか、わかりゃしねえぞ」
ウィスミンを加えた四人はマリリの先導で屋敷内を進み始めた。うろ覚えだったが、マリリはだいたいの方向を覚えているつもりだった。ところが、いくつかの通路を曲がり、いくつかの扉を開いて少し大きな通路に出たとき、マリリは自分たちが迷っていることに気づいた。
「う……。ええっと」
「どうした? マリリ。まさか、道に迷ったなんていわねえよな」
「う……」
ヴァイドールがマリリをにらみつけ、頭に手を置いて揺さぶろうとしたとき、前方にあったやや大きな扉が開いて、一人の小柄な盗賊が姿を現した。盗賊は星屑組を見るとあわてて扉の向こうに駆け戻り、大声でわめき始めた。
「いやがった! いやがりましたぜ! あいつらだ! はやく! はーやーく!」
「落ち着けよ……」
あきれてヴァイドールがつぶやいた。ひとたび姿を消した盗賊は、大勢の仲間を引き連れてすぐに現れた。盗賊達はそろって得意そうな顔をしていたが、その理由はマリリにはすぐに理解できた。星屑組の他の仲間たちにも一目瞭然のようだった。
「シ……シルト!」
そこには盗賊達に囲まれて、太いひもでぐるぐる巻きに縛られた闇組のシルトがいた。ローブをまくり上げられたシルトの顔は露わになっていたが、幸いにして殴られたりしたあとはなかった。盗賊としても、魔法使いの顔をみだりに殴ってもよいものかどうか、迷ったのだろう。
「どうだ! 見たかよ! お望み通り、人質を連れてきてやったぜ! かわいい魔女だ!」
盗賊達はしばらく星屑組の反応を見ていたが、マリリ達が心配そうな顔や悔しそうな表情を浮かべたのを見て得心したようだった。盗賊達の間に安心したようなざわめきが広がる。
「さあ、武器を捨てるんだ、てめえら。このかわいい魔法使いがどうなってもかまわねえっていうのか?」
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