第6話 マリリの限界 4

 次にマリリ達が見つけた仲間は、燃えるような赤い瞳と髪の持ち主、北方生まれの女戦士ヴァイドール・リト・ヘルカヤだった。ヴァイドールはルナコが捕まっていたような地下室をさらに大型にしたような部屋に捕らえられていた。捕らえられていた、という表現には、少々語弊があるかも知れないが。


 「畜生! ああ! もうがまんできねえ! お前ら、どっからでもかかってこい! 一人残らずミンチにして、盗賊ひき肉焼きランチにして食ってやるぞ! コメは嫌いだから、パンをセットにしてくれ!」


 ヴァイドールは大きな部屋の真ん中あたりの大机の上に陣取り、巨大な木の棒を両手でつかんで、自分の周りを取り囲んでいる盗賊達に向かって訳の分からない啖呵を切っている最中だった。盗賊達は、強気な女戦士と長い木の棒を前にして、攻めあぐねているようだ。部屋の中には、ヴァイドールに叩きのめされたのであろう何人かの盗賊の体が転がっている。


 ヴァイドールはマリリと別れたときと、全く同じ格好をしていた。赤い装飾の鉄のビキニに、肩全体を覆う半マント。ただ、常に愛用している巨大な矛槍だけがどこにも見あたらなかった。おそらく、盗賊達に取り上げられてしまったのだろう。


 盗賊達はヴァイドールによほど気を取られているらしく、こっそりと扉をくぐって部屋の中に入ってきたマリリ達に気づきもしなかった。その中の盗賊の一人、両手にロープをもって身構えている太めの盗賊が、ヴァイドールに向かって控えめな脅迫を試みた。


 「この野郎、何度いったら分かるんだ? 俺達は、お前らの頭を人質に取ってるんだっていってるだろう! てめえの仲間が死んでもかまわねえっていうのか?」


 「だあ! だから、その仲間を見せてみろっていってるんじゃねえか! セブリカをここに連れてきて見せろ! だいたいな、この期に及んじゃ、人質が死んだってアタイとしちゃあ痛くもかゆくもねえぞ」


 「な……、なに?」


 「そうだ、それどころか、セブリカが死んだら、たぶん次はアタイが星屑組の組長だぜ。出世の道が、少し早まっただけのことさ」


 「なんてやつだ! それでも仲間か!」


 このやりとりを聞いて、マリリとアーナはがくっと頭を落とした。ヴァイドールは、セブリカや他の仲間の身の安全のために、暴れ始めるのを我慢していたのだろう。だが、その我慢もついに限界に達したようだった。しかし、かえってマリリはちょうどよい時にヴァイドールに出会えたとも思った。ヴァイドールがもう少し早く暴れ始めてももう少し我慢していても、事態は悪い方向に向かっていたかも知れない。


 「ヴァイドール!」


 マリリより早く、アーナがヴァイドールの名を呼んだ。ヴァイドールがすぐに盗賊から二人に注意を変える。


 「おう、アーナ、マリリ!」


 「助けに……来たよ!」


 ヴァイドールはマリリに向かって満面の笑みを浮かべて見せ、すぐに厳しい顔つきに表情を戻した。


 「おそい!」


 「ご、ごめんなさい!」


 理不尽な思いで謝りながらも、マリリは笑顔を浮かべてしまっていた。ヴァイドールに怒鳴られるのはよくあることだが、ずいぶん長い間この声を聞いていなかったような気がする。ヴァイドールに思い切り怒鳴り声を浴びせられて、こんなにうれしく感じるとは思いもしなかった。


 「あの二人はどうしたんだ? 魔女とチビは。それに、セブリカ達は見つけたのか?」


 「あの二人も捕まっちゃったの! それでさっきルナコは見つけたんだけど、全然動けないくらい痛めつけられてたから、隠してきたのよ」


 「そうか……」


 ヴァイドールの表情がさらに厳しいものになった。部屋のランプの頼りない明かりがヴァイドールの顔を照らしあげているが、それがさらなる狂気めいた迫力をヴァイドールの面差しに与えた。部屋の中にいた盗賊達がヴァイドールを見てざわめいた。


 「アーナ、マリリ、扉を固めてろ。手は出さなくていいぞ」


 「なに?」


 「おっし! こんどこそ戦争だ! こいつらを皆殺しにして、他の奴らを救いに行くぞ! このくずども、覚悟はいいか!」


 「うおお?!」


 言うが早いか、ヴァイドールは手に持っていた巨大な棒で、部屋の中にいた盗賊達をさんざんに叩きのめした。盗賊達の持っていたナイフや湾刀が何かの役に立つことはなかった。ヴァイドールの暴れっぷりを目にした盗賊達はこぞってその場に倒れ込むと死んだふりを始め、ヴァイドールの次の一撃をさけようと躍起になった。


 「くそっ、軟弱な奴らめ。よし、ここはもういいや。アーナ、マリリ、お前ら、他の奴らが捕まってる場所の目星はついてんのか?」


 「え、ううん」


 「分からないけど、盗賊に聞けばいいんじゃないですか? 誰か一人、弱そうなのを捕まえて」


 アーナの意見に、マリリははっとさせられた。そうか、そういう手もあったのか。


 「そいつはいい考えだな、盗賊、盗賊……」


 部屋の中に倒れている盗賊達はぴくりとも動かない。ヴァイドールは鼻を鳴らすと、さっさと部屋を出て、階段を上っていった。


 盗賊の新手は、通路の先から次々に現れた。だが、固まって行動している星屑組の三人の姿を見ると、蜘蛛の子を散らすように姿を消してしまった。


 「何だあいつら、やろうともしないで逃げてくぜ」


 「あたしとアーナだけだったら、飛びかかってきたのに……」


 「なにぃ? それはお前らがなめられてるからだ。もっとアタイみたいに迫力を出さなくちゃな。……待てよ……。そうか!」


 ヴァイドールは何かひらめいたようだった。マリリとアーナは顔を見合わせ、互いにいやな予感を感じたことを密かに確認しあった。


 しばらくして、マリリは薄暗く狭い通路を一人で歩いていた。先ほどからこの長い廊下を、一人で行ったり来たりしている。盗賊が現れるのを待っているのだ。廊下の曲がり角の向こうでは、ヴァイドールとアーナ影の中に潜み、マリリに盗賊達が襲いかかるのを今か今かと待ちかまえている。


 やがて扉が開いて、何人かの盗賊が姿を現した。マリリは手はず通り、ヴァイドール達が隠れている曲がり角に向かって逃げ出した。


 「いたぞ、逃がすな! 追いかけろ! ……おい、お前らは応援を呼んでこい」


 盗賊達は二手に分かれた。マリリははっとしてその場に立ち止まり、応援を呼びに行った盗賊達を止めた方がいいだろうかと迷ったが、マリリに行動する暇も与えず、すぐに後ろからヴァイドールが飛び出してきた。


 「よし! いい度胸だぞ、お前ら! 一人を残して、あとは全員あの世に送ってやる! 戦神カパズーク、我に力を!」


 と、ヴァイドールが芝居がかった文句を言い終えたときには、盗賊の姿は目の前からすっかりいなくなってしまっていた。ヴァイドールはぎりぎりと歯ぎしりをした。

ヴァイドールの目論見は失敗に終わったのだ。


 「ああ! だめだ! 最近の盗賊は根性が無くて困る! アーナ、マリリ、もうかまわねえから、手当たり次第にそこら中を捜そうぜ! おーい! セブリカー! ウィスミンー! 魔女ー! チビー! 返事しろー!」


 この突然のヴァイドールの行動には、マリリもアーナも驚かされた。二人はあわててヴァイドールを止めようとしたが、ヴァイドール曰く、


 「どっちみち、盗賊が出てきてもすぐに逃げてくじゃねえか。盗賊を捕まえてとか、そんなまどろっこしいやり方より、名前呼んで捜した方がはええって」


 とのことだったので、マリリ達もそれに従うことにした。おおざっぱな性格とはいえ、ヴァイドールは形だけはマリリ達の先輩なのだ。


 「セブリカー!」


 「ウィスミンさーん!」


 「メディコー! シルトー! いるなら返事をしてー!」


 成り行き上、マリリはメディコとシルトの名前を中心に叫んだ。それに、シルトが先に見つかれば、他の仲間の場所を魔法で突き止めてくれるかも知れない。


 不思議と、盗賊の姿はあまり見かけなくなっていた。外の火事が森にまで広がり、消火活動に人手を割かなければならなくなったのかも知れないし、ただ単にヴァイドールを加えて俄然手強くなったマリリ達をおそれて逃げ回っているだけかも知れなかった。どちらにしても、マリリにはそれを確かめるすべはなかったのだが。


 「セブリカどころか、盗賊一匹も出てきやしねえな」


 ヴァイドールがいらいらしだした。ヴァイドールはすでに仲間の名前を呼ぶことも飽きてやめてしまっていた。木の棒で扉を突いて乱暴に中を確かめ、誰もいないことが分かると、中においてある寝台や家具、壺などをたたき壊して憂さを晴らしている。マリリとアーナはため息をつきながらも、仲間たちの名前を呼び続けた。

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