第6話 マリリの限界 3

 マリリは屋敷内を駆け回っていた。


 マリリにとって幸運だったのは、盗賊の屋敷内がどこもかしこも狭苦しい作りになっていたことだった。もう何人盗賊を倒したのかマリリは数えるのをやめていたが、幸いにして、一度に三人以上の盗賊と対峙する場面にはなかなか出くわさなかった。


 一度などは、マリリの前後から十人以上の盗賊が襲いかかってきたこともあったが、マリリはあわてず、まずは電光石火の剣戟で前方の盗賊をひるませると、素早く横にあった扉を開き、そこから通じていた通路を背にして盗賊を一人ずつ、あわてることなく倒していった。


 ひとたび覚悟を決めたからには、マリリはみずからの命の危険を感じはしなかった。ルナコの言ったとおり、盗賊が何人現れようと、マリリは黒ひげ王国の盗賊ごときに剣技で後れを取る気など全くなかったからである。


 ただ心配していたのは、疲労がたまって自分が動けなくなることと、自分が助けだす前に仲間に危険が迫ることだった。とにかく盗賊は数が多いのだ。


 ルナコは別の部屋の隅に隠したので、自分と火事が盗賊達を攪乱している間は見つかりにくいはずだ。今は一刻も早く、ヴァイドールかウィスミン、即戦力になる仲間を見つけたかった。ヴァイドールたちがルナコのように痛めつけられている可能性もあったが、とりあえずその考えは今は捨て置いて、マリリは片っ端から扉を開いて仲間たちを捜し続けた。


 しかし、そのうちに盗賊達はマリリの戦いぶりを目の当たりにして、ことあるごとに救援を呼び始めた。今では、屋敷のあちらこちらの扉、あらゆる方向から盗賊達の怒鳴り声が聞こえるまでになってしまった。どの扉を開けても盗賊の新しい顔が飛び出し、すべての通路から盗賊達の走る音が聞こえた。


 「キャー!」


 唐突に、マリリの耳に女性の悲鳴が飛び込んだ。マリリの全神経が敏感に反応した。仲間の声だ!


 今の声はどこから聞こえたのだろう? 目の前にのびているいくつかの通路を見て、彼女が少し逡巡している間に、同じ叫びがもう一度聞こえた。


 「今の声は……アーナ!」


 マリリははじかれたように悲鳴が聞こえた方向へ走りだした。アーナに何か危機が訪れたのか、それともマリリの存在を知って、大声で呼んでいるのか。だが、そんなことは問題ではないのだ。やっと、二人目の仲間を見つけた。マリリは興奮しながら、さらに走る速度を速めた。


 通路は右に折れ曲がり、やや下向きに傾斜し始めた。さらに薄暗くなっていく廊下を走り抜けると、扉がつけられていない部屋が左右にいくつも並ぶ一角へたどり着いた。廊下のあちこちに生活のにおいが感じられるゴミが散らばっていたので、ここは盗賊達の寝起きする場所なのだろうとマリリは察することが出来た。


 マリリが聞いたアーナの声は、確かこのあたりから発せられたはずだ。中にどれだけの盗賊がいるか知れないが、もやはなりふり構ってはいられない。マリリはさらなる敵を呼び寄せることになるかも知れない危険をかえりみず、あたりに向かって声を張り上げた。


 「アーナ! アーナ? どこにいるの? 私よ、マリリよ! 助けに来たわ!」


 「マリ……リ!」


 すぐに激しく、しかし後半はくぐもった叫びが部屋の一つから飛び出した。マリリは迷わず声がした部屋の中へ飛び込んだ。


 「アーナ!」


 部屋の中はさらに暗かった。だが、マリリの目には粗末で簡素な寝台の上に倒されたアーナ・ハワードと、そのアーナに覆い被さっている二人の大柄な盗賊の姿がはっきりと見て取れた。


 「何だ、この野郎!」


 身を起こした盗賊が身構える隙も与えず、マリリは手近の盗賊に斬りつけ、返す刀でもう一人の盗賊を倒した。盗賊はうなり声もあげずに寝台の左右の床に倒れ込んだ。


 「アーナ!」


 「マリリ!」


 マリリが名を呼んだ途端、アーナは寝台を蹴ってマリリにしがみついてきた。激しくふるえている。


 「アーナ、どうしたの? 何かされたの? 大丈夫?」


 マリリがそう聞くと、アーナはぱっとマリリから離れた。暗くてよく見えないが、アーナの着ている服はぼろぼろに引き裂かれているようだった。上半身などは、ほとんど露わになってしまっている。それを見たマリリは、さらに盗賊達への怒りをつのらせた。


 「大丈夫、これから何かされるところだったんだ。さっき誰かが外で火事があったって知らせに来て、あたしを見張ってた盗賊のちょっと偉いやつがいなくなって、残った下っ端のやつが……」


 アーナは泣いているようだった。やけに口数が多くなっているのは、自分の中の恐怖をごまかそうとしているためだろう、とマリリは考えた。


 「アーナ、服が……」


 「大丈夫、鎧はここにあるから。その辺のぼろ切れを巻いて……。マリリ、手伝って」


 「うん」


 アーナがすぐに行動を開始しようとしたことに、マリリは安心した。ともかくこれで戦力は二倍になったのだし、アーナはルナコのようにケガもしていないようだ。マリリはアーナが自分の皮鎧をつけるのを手伝いながら、自分自身も息を整えた。夢中で気がついていなかったが、マリリの肺と心臓は爆発寸前にまで働き続けていたのだ。


 「マリリ、ありがとうね」


 「え? う、うん」


 「マリリが来てくれなかったら、あたし、今頃……。それに、あたし、いつもマリリに冷たくしてたのに……」


 「……何言ってるのよ。仲間なんだから、当たり前でしょ!」


 アーナは肩を震わせていた。まだ泣きやんでいないようだ。いつになく弱気なアーナを見ると、マリリは新たな不安が心の中にわき上がってくるのを感じた。肩当ての紐をきつく締めながら、再び一人で戦わなければならないかも知れないと思うと、マリリは少し気が重くなった。


 「はい、出来た。アーナ、剣は?」


 「ない。とられた……」


 アーナは鼻をすすった。まるで小さな女の子のようだ。マリリはしばらく思案したあと、すぐに自分が腰に下げている小剣に気づいた。


 「そうだ、あたしはさっきルナコに借りた刀があるから。アーナはあたしの剣を使って」


 「ルナコに会ったの? ルナコは! どこ?」


 「動けないくらいたたかれてたの。だから、隠してきた……」


 アーナと二人きりで話しているうちに、マリリも惨めな気持ちになってきた。涙がにじんで、目の前がぼんやりとかすむ。アーナはマリリを暗闇の中で見つめた。マリリが剣を渡すと、アーナは立ち上がってすたすたと部屋を出た。


 部屋を出ると、アーナはマリリを見て目を丸くした。


 「マリリ、あんた何で泥だらけなの」


 「あ……えへ、ちょっとね」


 「おかげでこっちも汚れちゃったよ。あんたなんかに抱きつくんじゃなかった」


 いつものアーナに戻ったように見えた。普段なら、そんなアーナの言葉にいつも通り傷ついただろうが、マリリは今回ばかりはなぜかうれしく感じた。マリリは密かにほほえみを浮かべ、廊下を早足で歩き始めたアーナのあとについて行った。ついて行きながら、マリリは自分もアーナに謝るべき事があったのだと思い出したが、そのきっかけをまた失ったことも知った。


 「みんなとばらばらになった場所までは覚えてるんだ、ちゃんと見てたから。さあ、他のみんなを助けに行こう」


 アーナはマリリの顔も見ずに、通路をさらに先へ進んだ。その確かな足取りを見て、マリリは、今確かに、事態は逆転したのだということを確信した。

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