第6話 マリリの限界 1

 運良く、もしくは運悪く、マリリは誰とも出くわさずに屋敷内を駆け抜けていた。屋敷内はまるで迷路のような作りで、扉を開くと新たな通路が縦横にのび、見当をつけて通路を先に進むと、また新たな扉が三つ現れる、という始末だった。


 マリリはすでに方向感覚を失っていた。とにかく、誰か一人でも星屑組の仲間が見つかれば何とかなるような気がしていたのだが、これではにっちもさっちもいかない。どこへ進んだらいいのか全く見当もつかない。かといって、仲間たちの名を大声で叫びながら捜すわけにもいかない。外の火事を消すためにどのくらいの盗賊達が外へ出ていったのか分からないが、そのうちに火事も一段落ついて、盗賊達も屋敷の中に戻ってくるだろう。こんな事なら、多少の危険を冒しても外周をもっと調べるべきだった。マリリは少しだけ後悔した。


 とにかく時間がない。確かに巨大な建物だが、無限に通路が続いているということはないはずだ。マリリは右の扉を選び、取っ手を握って扉を開いた。


 地下へ続く階段が、マリリの眼前に現れた。見覚えはなかったが、以前この館に進入したときにメディコが掴まっていた部屋へ続く階段によく似ているような気がした。マリリは迷うことなく、後ろ手に扉を閉め、壁に掛けられたランプの明かりを頼りに、階段を駆け下りた。


 「……って言ってんだろうが!」


 「……ああ、しかしよ……」


 階段の下から、二人の男の声が聞こえてきた。マリリはあわてて立ち止まり、階段の上と下を見回すと、そのまま階段を静かに駆け下り、目の前に現れた扉の影でじっと耳をそばだてた。


 「なあ、ちょっとだけだ。ぱっと済ませてぱっと帰ってくるからよ。なっ、少しの間だけだ。……お前まさか、ここに一人でいるのが怖いってわけじゃねえんだろう?」


 「……なんだと! てめえ、喧嘩売ってんのか? てめえの小便などどうでもいいが、俺がここに一人で残っているところを万が一上級生にでも見つかって見ろ、てめえだけじゃねえ、俺も二、三発殴られるくらいじゃすまねえんだぞ!」


 「わかってる、わかってるさ。だからぱぱっと済まして帰って来るって言ってるだろう! もう我慢できないんだよ、俺は! そうだ、今度のお前の分け前は、少し余分に俺の分を回してやるから、ちょっとの間だけ、この凶暴女を見張っててくれよ!なあに、こんだけぐるぐるに縛ってれば、何の手出しもできねえさ」


 「ああ、わかった、わかった! 行って来いよ、このろくでなしが! 分け前の件、忘れるんじゃねえぞ」


 「おお、恩に着るぜ、同級」


 マリリは足音を忍ばせて階段を駆け戻った。扉の向こうで話をしていた盗賊二人のうち一人がこちらにやって来ようとする気配を感じたからだが、同時に盗賊が発した言葉に胸を高鳴らせてもいた。


 凶暴女? それは星屑組の仲間のことを言っているのではないか? とすれば、この扉の向こうの部屋の中に、星屑組の仲間の誰かが、捕らわれているのだ。マリリは胸の動機を何とか納め、階段を上りきると開きっぱなしだった扉を閉め、隣の扉を開くとその先に続いていた階段の中に滑り込んだ。


 「あああ、漏れちまう!」


 どたどたと音を立てて、盗賊の一人が階段を上ってどこかへ出ていった。彼もそのうちに外の便所の火災に気づき、そのことを知らせに戻ってくるだろう。それとも、外に設置された便所の他にそのような施設はあるのだろうか?


 いずれにしてもマリリは仲間の顔を見たい一心で、階段を下りてまたもとの扉の前に戻った。中には盗賊が少なくとももう一人と、仲間かも知れない人間が少なくとも一人いるはずだ。マリリは深呼吸して気を落ち着けた。


 マリリは扉を軽くたたいた。返事はない。マリリは緊張のあまり気が遠くなりかけたが、頭を振って気を落ち着けた。したたり落ちる汗をそのままにして、もう一度扉を訪問客のようにたたくと、猫のような素早さで階段をかけ上った。そして三つ並んだ扉の真向かいに存在している扉、つまりマリリが最初にくぐった扉を開けると、三つ並んだ扉のうち真ん中のものを選んで開けると剣を抜き、扉を閉めてその影に潜んだ。


 不審に思った盗賊が、階段を上ってくるだろう。マリリは剣を握りしめた。盗賊が関係のない扉を開けてどこかへ行ってくれればよし、もしマリリが潜んでいるこの扉を開けたときには、仕方がない。


 盗賊を殺すしかない。


 マリリは覚悟を決めたつもりになった。少なくとも、頭の中では盗賊を殺すことに腹を決めたことにした。


 マリリの読み通り、誰かが隣の階段を上がってくる音が聞こえた。盗賊が扉を開けた途端有無を言わせず刺し殺せるように、階段の三段下から剣を上向きに構えた。


 「誰だ? ゴリンか?」


 盗賊の声が聞こえた。マリリは剣の柄を手が白くなるほど握りしめた。


 「……?」


 盗賊は、マリリのいる扉を無視して、どこかへ行ってしまったようだった。マリリは体中から絞り出すようなため息をつくと、そっと扉を開けた。マリリの目の前の扉が開いていた。盗賊はここから出て行ったらしい。だが、すぐにマリリの計略に気づいて、一人目の盗賊よりも早く部屋戻ってきてしまうことは目に見えている。足音を消す努力もそこそこに、マリリは階段を駆け下りた。


 「!」


 扉の向こうにはメディコが捕らえられている場所と同じような小さな部屋があり、部屋の中央には、小さな椅子に体を縛り付けられた東方生まれの女性剣士、ルナコ・パラナカヤシがいた。


 「ルナコ! 大丈夫?」


 ルナコは半ば気を失っていた。椅子の脚や手すりの部分に執拗に太いひもで縛り付けられ、服装はマリリが最後に見たときのままだが、あちこちが破れている。頬は執拗に殴られて腫れたようになっており、唇の端には血が流れてこびりついていた。


 ルナコの有様を見てマリリは驚きと憤怒の念に駆られたが、自分のしなければならないことをすぐに思い出した。抜いていた剣をしまうと、スカートのかくしから小さな小刀を取り出し、ルナコを縛り付けているひもを切断しにかかった。


 星屑組の力を本当におそれていたのか、ルナコは乱雑だが執拗に縛られており、マリリはルナコを解放するのに難渋した。腕と首を椅子に縛り付けていたひもを切ったところで、ようやくルナコが目を開いた。


 「……マ……リリ?」


 「助けに来たわ」


 マリリは仲間を一人発見できたことで、体中の力が抜けそうになった。自分が成し遂げなければならないことの、もう大半はなしてしまったかのような思いに捕らわれてしまったのだ。

 だが、その直後にマリリは厳しい現実をつきつけられることになった。


 「ルナコ!」


 マリリがルナコの戒めをすべて取り除いたとき、ルナコの体は前にがくっとくずおれた。マリリはあわてて手をさしのべたが、ルナコの体には驚くほど力がこもっていなかった。


 「すみませんわ……。マリリ……」


 「ルナコ? 大丈夫なの?」


 ルナコは力無くほほえんだが、すぐにその笑いは消えた。


 「大丈夫、といいたいところですけれど……。したたかに痛めつけられてしまいました……」


 マリリがこれほど弱気なルナコを見るのは、初めてのことだった。マリリの怒りはたちまち心配と不安に変わった。ひょっとしたらどころではなく、ルナコはとても剣をとって戦えるような状況ではない。マリリは、まだ自分一人で盗賊達と戦わなければならない状況に置かれているのだ。


 「みんなは? みんなはどこにいるの?」


 「……分かりませんわ。私たちは、セブリカにも会えずに別々にされましたの。……私は、ここに連れてこられるまでに少々抵抗してしまったので……このようなことに……」


 「ど、どうして? どうして抵抗したの?」


 それはマリリにとってもっともな疑問だった。普段の冷静なルナコであれば、自分の周りの状況が不透明な段階で、闇雲に敵の懐で抵抗する、などという無謀な行動は起こさないはずだからだ。いつも冷静沈着でなるルナコらしからぬ行動だ。


 「……マリリ、あなた、……この部屋で私を見張っていた男たちを、……どうしました?」


 ルナコはマリリの質問には答えなかった。だが、マリリはルナコの問いがいずれ自分の質問の答えにつながるだろう事を暗鬱に予想した。


 「どこかに行っちゃった……。大変! きっと、すぐに戻ってくるわ!」


 ルナコは目をつぶって頷いた。マリリの答えを予想していたかのようなそぶりだった。


 「マリリ……。この要塞に連れてこられ、盗賊達が私たちと対等な交渉をするつもりがないとの意志を露わにしたとき、私たちは、いえ少なくとも私は、あなたに賭けることにしたのですわ……。ひょっとしたら、セブリカもそれを狙っていたのでは……というのは考えすぎかもしれませんが」


 「ル、ルナコ、何を言ってるの?」


 「時間がありませんわ、マリリ。……私の話を聞いてください」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る