第5話 いざ王国へ! 4

 どこかで道を間違えてしまったのか、マリリは階段の様に段々状になっている道を必死に駆け下りていた。このような道路ともいえない道を、大型馬車が通れるはずはない。マリリは舌打ちしながらも、ただひたすらに走った。


 道を間違えたとしても、このまま続いている道を進むしかない。不自然な自然の階段は上り道になり、しばらくすると再び下りになった。


 信じられないくらい長く続く下りの階段を下りると、やがて道は広く、平らなものになった。さらにしばらく駆け続けると、急に森は開け、マリリが目指していたものがついにその姿を現した。


 「着いた……」


 マリリの目の前に、見覚えのある建物が建っていた。森の中にぽっかりと空いた広場に建っている、円形の巨大な木造建築物。盗賊団〈黒ひげ王国〉の本拠だ。素人ごしらえとは思えないほどの見事な出来栄えの建物は、最初から丸い形をしていたわけではない。年々拡張を続ける盗賊団の規模に合わせ、無計画に建て増しを繰り返したあげく、いびつな円形の建物になり果てているのだった。


 マリリは森の木々の間に身を潜めた。建物のあちこちにたいまつの光が揺らめき、その光の数と同じ数の見張りが抜け目無く配置されている。マリリはいったん抜いていた剣を腰の鞘に静かに戻した。


 シルトが自分にかけてくれためくらましのまじないは、まだ続いているのだろうか? 自分が誰の目にも付かない状態になっているのなら、それに越したことはないのだが、もし誰か一人にでも見つかってしまったら、そこでおしまいだ。

 自分たち女神団の強さを知っている盗賊達は、すぐさま仲間を大勢呼び寄せるだろう。何しろここの盗賊達は、以前自分たちに簡単に進入を許し、人質を二人奪回されたあげくまんまと脱出を許しているのだ。彼らは同じ轍はもう踏まないだろうとマリリは考えた。


 マリリは森の中を静かに迂回しながら建物の様子をうかがった。今マリリがたどってきた道は、明らかに以前星屑組が使った進入路とは違う。あのときは全員で堂々と正面から突破したのだが、盗賊の本隊が出払っていて手薄になっているという情報も得ていた。進入したのちもおのおのがどう動くかという計画をきちんとセブリカがたててもいた。

 敵本拠を目の当たりにし、マリリは自らの頼りなさを感じた。


 「どうしようか……」


 屋外にいる盗賊達はいずれも酒を飲んで座り込んでいたり、互いに雑談を交わしたりしており、見張りに全力を注いではいない。マリリが密やかに森の中を移動するくらいでは気づかれないが、さすがに彼らの目の前を通って屋敷内に進入することははばかられた。


 マリリが攻め手をかいて、ただやみくもに森の中を迂回し続けていると、やがて見慣れた風景に出くわした。


 「あ……。ここは」


 そこは、以前マリリたちがメディコを救出したとき、メディコがとらわれていた部屋から通じている窓がある場所だった。木の壁のあちこちに、地面に沿っていくつも窓がついている。その窓の下には、さらってきた人間を閉じこめておくための部屋が配置されているのだ。


 マリリはあたりを確かめた。なぜかここには、見張りが配置されていない。急ごしらえの渡り廊下や屋敷から飛び出した形の部屋、何かの物置が乱雑に配置されているので、マリリの位置から見えない場所に見張りがいるかも知れないのだが、この近辺にはたいまつも見えなかった。


 マリリは注意しながら、森を抜け出して屋敷に近寄った。メディコが幽閉されていた部屋に、またしても仲間たちが捕らえられているのではないか、と淡い期待を抱いたのだ。


 「……てください」


 窓の一つにマリリが這うようにして近づいていくと、聞き覚えのある声が聞こえた。ついさっきまで聞いていた声のはずなのに、その可憐な声はマリリには果てしなく懐かしく感じられ、マリリは思わず暗闇の中で笑みをこぼした。


 「お月様、それとついでに私も一緒に助け出してください」


 メディコが救いを求める対象は、神様からお月様に変わっていた。確かに、先日よりは月の光が幾分増しているように感じられる。マリリは苦笑しながら、窓の下の部屋にいるメディコに返事をした。


 「いいよ。みんな一緒に、助け出してあげる」


 「マリリさん!?」


 部屋の中から、箱か何かが盛大にひっくり返るような音が聞こえた。マリリは見えないとは分かっていながらも、思わず人差し指をたてて自分の口に当てた。部屋の中は暗く、月の光だけではとても中の様子を伺い知ることが出来ない。


 「しっ、静かにして。そこにいるのはあなただけ? シルトとか、他のみんなは一緒じゃないの?」


 「は、はい、ここは私だけです。ここに連れてこられて、ちょっとの間は一緒にいたんですけど、すぐに別々にされて……。マリリさん、早く助けてください。ここは暗いし、この間から、あんまり片づけられていないようなんです。マリリさん、早く……」


 「うん、分かった。もうあんまりしゃべらないで。すぐに助けてあげるから、もう少しの辛抱だよ。静かにして待っててね」


 「あっ、マリリさん」


 「何?」


 部屋から離れようとするマリリを、メディコが引き留めた。


 「シルトさんが、ここには魔法使いがいるかも知れないって言ってました。私たちをさらったのも、その魔法使いかも知れないって。マリリさん、だから、気をつけてください」


 「……ありがとう」


 マリリは再び森の中へ移動し、身を潜めた。まだ、誰にも気づかれてはいないようだ。さらに森の中を移動しながら、マリリはメディコの言った言葉を反芻した。


 もし魔法使いが盗賊団の中にいるとしたら、気をつけなくてはならない。魔法使いは手を触れずに人間を眠らせたり、あるいは殺したりすることが出来るからだ。通常、魔法使いを相手にしなければならないような依頼を引き受ける場合は、魔法組の人間を連れていくことが多い。しかし、予想しないときに、魔術を操る人間が傭兵たちの前に立ちはだかる、という状況がないわけではなかった。


 以前、ヴァイドールが言っていた。


 「いいか、魔法使いが出てきたらな、そいつが口をもぐもぐさせようとした瞬間に、そいつの口に剣かナイフを叩き込んでやるんだ。あいつら、いつも偉そうにしてるけど、ぶつぶつ呪文を唱えないと何もできねえんだからな」


 ヴァイドールの言葉を思い出しながら、マリリは考えた。果たして自分に、技術的な問題ではなく、そんなことが出来るのだろうかと。


 第一、その魔法使いは、どの程度の魔法の力の持ち主なのだろう。

 同じ魔法使いのシルトに気づかれることなく、シルトをさらうなどという真似をやってのけるのだ。尋常な力の持ち主ではないように思えた。マリリはまだ見ぬ魔法使いの姿に身震いしたが、はたと考え直した。そもそも、シルトをさらうほどの力を持った魔法使いが、シルトが自分にかけたまやかしを見破ることが出来なかったのだろうか?


 しばらく考えたあげく、マリリは魔法使いの事を頭の中から追いやった。いるかどうかも分からない魔法使いのことで心を砕くのはばからしいと考えもし、また、目の前にマリリの考えを中断させるような建物が出現しもしたのだ。


 (なによ、このにおい……)


 強烈な悪臭があたりを漂っていた。マリリは、このあたりにも見張りが全く配置されていないのをいいことに、悪臭を放つ建物を調べることにした。


 それはメディコや星屑組の仲間たちが捕らえられている本館とは別の離れのようなもので、本屋敷と離れの間には石が敷き詰められて渡り廊下のようになっていた。マリリが見たところ離れは三つあり、ひどい悪臭を放っているのはマリリの位置からもっとも離れた場所にある石造りの建物だった。他の二つの建物は木造で、マリリが大胆にも扉を開いて中を調べたところ、薪小屋と武器庫であることが分かった。


 もう一つの石造りの小屋は、確かめなくてもそれが何であるか近づこうとしただけで容易に分かった。盗賊達の共同便所だ。マリリは顔をしかめて武器庫の方に戻った。


 マリリは真っ暗な武器庫の中を調べ、何か使えそうなものがないか手探りで捜したが、今自分が携帯している小剣以上に使えそうな武器を得ることは出来なかった。マリリは軽く舌打ちすると、小屋の奥から戻ろうとし、小さな樽のようなものにつまずいた。


 樽のようなものはマリリの足に当たって転がり、さらさらと砂が落ちるような音を立てた。マリリはその音を聞いた途端、びくりとして振り返った。そしてその砂を手に取り、軽くにおいを嗅ぐと、驚きの声を上げた。


 (火薬だ!)


 隣の建物の悪臭が強すぎて、火薬のにおいに気づかなかったのだ。マリリはしばらく首を傾げて部屋の中をうろつき回っていたが、やがて意を決して隣の燃料小屋に入っていった。

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