第5話 いざ王国へ! 1

 盗賊団〈黒ひげ王国〉の本拠地への道は、メディコを救出したときに一度通った事があるので、おぼろげながら覚えていた。

 網の目のように張り巡らされた獣道のような道を通り、森のさらに奥へ進んでいく。マリリとメディコのむきだしの肩は森の木々がのばしている小枝に傷つけられ、シルトも自分の黒外套に引っかかった小枝を取り払うためにしばし足を止めた。


 「こんな狭いとこ、どうやって馬車を運んだんでしょうね」


 「きっと、盗賊達にしか分からない秘密の抜け道があるのよ」


 いらいらしながらメディコの疑問に答えたマリリは、ふと思いついた。


 「そうだ! シルト、あなた、セブリカ組長の居所を捜すために助けにきてくれたんでしょ? こんな狭い道じゃなくて、もっと大きな、盗賊達が使う近道みたいなものがどこにあるか、分からない?」


 マリリは我ながらいい考えに気づいたものだと図らずも顔をほころばせながら、最後尾を歩いているシルトに聞いた。シルトは自分の肩のあたりにまとわりついたねじくれた粘着質の小枝を必死に取り除こうと努力していたところだった。マリリの声を聞くと、シルトは我に返り、顔を赤らめながらすっかり露わになっていた顔を隠すために、外套の頭巾を引き下げて深くかぶりなおした。


 「……ええ、もちろん、分かりますよ。……ええ、ただ、今は大気の状態が少々思わしくない状態に向かっているのと、先ほどマリリさんにほどこしたおまじないにより、あたりの精霊たちが騒いでいるのとで、多少魔力線と魔力点の座標位置が後退しつつある状況にあり……」


 「え? あ、うん。できないなら別にいいのよ、無理に近道を捜さなくても。このまま進んでれば、いつかアジトには着くんだから」


 「いいえ! 出来ます! 大丈夫です、すべて私に任せてください!」


 シルトは勢い込んで、マリリに反論した。マリリとメディコはそろって疑うような目でシルトを見つめたが、二人の視線の意味合いは多少違っていた。


 そんな二人をしり目に、シルトは両手を結んで奇妙な印を着ると、目を閉じてまたしても意味不明な呪文を唱えだした。メディコがあきれたような目で近くの木によりかかると、マリリは自分たちの近くに何かの危険が迫ってはいないかと目を光らせながら辺りを見回した。


 やがて、シルトの黒い外套の色が青や赤に光りながら変化し、まるで地面から風が吹いているかのように裾がふわり、と大きく揺れた。マリリとメディコは未知の体験に目を見張ったが、マリリは内心、シルトは今、自分の服を光らせるためだけに呪文を唱えているのではないかと疑っていた。


 「ふう……。分かりました。この先の道を、私のいうとおりに進んでください。それで、彼らがいつも使っている秘密の通路に行き着けます」


 「分かった。ありがとう」


 マリリが礼を言うと、シルトは下を向いて何かをつぶやき始めた。


 やっぱり闇組の人間は、どこか怪しくて信用できないところがあるのかも知れない。マリリは自分たちが今いる場所を忘れないように、しっかりとあたりの風景を脳裏に焼き付けてから、シルトの指示した方向に歩を進めた。


 「こっちでいいのね?」


 一見しただけでは道とは判別できないくらいの道が、森中に張り巡らされている。シルトは対して迷うふうにも見えず、マリリに右、左と自分たちの進むべき方向を示した。マリリは木々の葉の間からのぞく申し訳程度の木漏れ日から、太陽の方向を確かめつつ、注意しながらシルトの指し示す方向へ歩を進めた。シルトを全く信用していないわけではなかったが、万が一のことを考えていたのだ。


 程なく進むと、小さな崖の頂きのような場所に出くわした。三人は注意しつつ崖を降り、そこに崖に隠された隧道のような空間を見いだした。


 「こんなところがあったんだ。どこまでのびてるんだろう?」


 崖を降りるために、マリリに半ば抱きついていたシルトの体を押しやりながら、マリリは崖の下の通路を見回した。そこは二つの削られた崖が奇妙にも屋根の役割を果たしている場所で、二つの崖と生い茂る樹木によって、真昼とは思えない暗がりをつくり出していた。柔らかい地面に目をやると、この道を何度も馬車が通ったと思われる、大きな轍がふたすじついていた。


 「この場所を馬車が通ったあとがある。この道をまっすぐ行けば、奴らのアジトに着けるかも知れないわ」


 「着きますよ。私の言ったとおりです」


 シルトが得意そうに言った。マリリはシルトを少々見直したが、なぜかシルトを得意にさせるのは得策ではないように思えて、あえて返事をせずに天然の隧道を、盗賊の本拠地があると思われる方向に進もうとした。


 「あ、そっちじゃないです。こっちです」


 マリリは足を止めた。シルトが、自分とは違う方向の道を指し示していたからだ。元気よく歩き出そうとしていたメディコがマリリの背中に顔をぶつけた。マリリはメディコを支えて振り返った。


 木漏れ日の指す方向から、マリリは自分が進もうとしていた方向こそ盗賊団の本拠地の存在する方角だと考えたのだが、シルトが思いがけず自分とは反対方向の道を指さしたので、戸惑わないわけにはいかなかった。


 「え? そっち?」


 マリリははたと困った。自分とシルトと、どちらの意見が正しいか分からなくなったのだ。シルトを少し見直しはしたが、完全に頼っているわけではない。しかし、もう一度辺りを見回して光の方向を確かめてみると、どうして今自分がこの方角を決めたのか、分からなくなってしまった。


 しかし、何の躊躇もなく道を選んだのには、何かわけがあったはずだ。マリリはしばらく頭をひねったのち、結局シルトの指さした方へ歩き始めた。歩きながら、つくづく自分の主体性のなさを嘆くマリリだった。


 左右には、泥や石で出来た天然の壁が続いていた。ちらりと見ただけでも、階段状に見える箇所や、巧妙に岩で通路が隠されているのではないかと思われるような箇所がいくつも見受けられたが、無視して前進することにした。第一、形の上は案内役になっているシルトが何も言ってこない。さらに暗さを増す道路を進みながら、マリリは何が起きてもすぐに対処できるよう、四方に目を配りながら剣の柄を握っていた。


 「わっ!」


 マリリのすぐ後ろを歩いていたメディコが、小さく叫んでマリリの腰にしがみついた。マリリがあわてて首を回して後ろを伺うと、小さな熊の子供のような小動物が三匹、マリリたちの脇を素早く通り過ぎていくところだった。


 マリリはほっと息をついて、半分抜きかけた剣を再び鞘に戻した。


 「驚かせないでよ、メディコ」


 「ごめんなさい。かみつかれるかと思ったの」


 「あれは〈王国テツネ〉です。臆病な動物ですから、こちらから手出しをしない限り、人間にかみついたりはしません」


 すまし顔でシルトが説明した。メディコはまだマリリの腰にしがみつきながら、シルトを軽くにらみ、ふんと鼻を鳴らした。


 歩きながら、マリリは考えた。小さな動物を見たくらいでおびえるメディコを、盗賊団のアジト内でずっと連れて歩くわけにはいかない。アジトの近くまできたら、どこか安全な、隠れる場所を捜して、そこにずっと隠れていてもらうしかないだろう。そのあとで星屑組の仲間を何人か助け出したら、メディコを守ってもらうのでもいいし、自分がメディコの元へ戻るのでもいい。そうしよう。


 メディコについての考えがまとまりつつあったとき、マリリは前方から馬車の走る音が響いてくるのに気づいた。


 「まずい! 馬車が来るわ。隠れなきゃ」


 マリリは素早く両側の壁に目を走らせた。崖の断面はでこぼこしていて、登坂が不可能というわけではないが、全員が登り切るには時間がかかるだろう。どこか隠れるのに最適な場所はないかとあちこちに目をやると、太い木の根のようなものが崖の断面から突きだし、自然の蚊帳のようになっている場所を発見した。


 「あそこ! あそこに隠れよう。急いで!」


 マリリたちは絡み合う木の根の間に身を潜めた。そこの地面はさらに柔らかい泥土で、足を踏み入れた途端、両足がくるぶしの部分までずぶずぶと沈んだ。だがマリリはひるむことなく、シルトとメディコの手をひっぱって根の間の隠れ家に二人を招き入れた。二人はしかめ面をしたが、口に出しては何も言わなかった。

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