第4話 闇組のシルト 5
マリリは気味が悪くなって目を開けようとしたが、なぜか自分の意志に逆らってマリリのまぶたは微動だにしなかった。
やがてまぶたの先の暗闇の中から小さな光が現れ、次第に大きく形を変えながら、マリリを包み込めるほどの大きさになった。
これはなんだろう?
光は次第に暗闇を圧倒して、マリリの周辺を光で包み始めた。目を閉じているだけのはずなのに、マリリには、自分の体が光の中心に浮かんでいるような感覚を覚えていた。これがシルトのおまじないなのだろうか?
やがて光の中に、何かの映像が浮かんできた。マリリは未知への恐怖に身が震えたが、それから目をそらすことができなかった。
(これはなんだろう?)
それは、一振りの長い剣だった。ぼんやりとした光の中で、マリリの目の前に、一本の剣が剣先を上に向けて浮かんでいる。
(これは……なんだ?)
剣はぴくりとも動かない。ただマリリの周りを包んでいるぼんやりのした光を照り返しながら、ただマリリの目の前に浮かび続けていた。
(この剣……どこかで……見たこと?)
見覚えのないその剣には、何かしら不思議な懐かしさが漂っていた。マリリは剣の不思議な力に心奪われ、自分を包んでいる異様な空間に対する恐怖の念をしばらく忘れた。
「?」
突然、剣の刃の部分が真っ赤に染まった。かと思うとそれは再び元の銀色にまばゆく輝く剣に戻り、そして再び赤く染まった。よく見ると、剣は最初のうち片刃にだけ赤を集中させ、やがて刃全体に赤く染まっていく、というような形で色を変化させていた。ところが次の瞬間には刃全体を覆うように刃の先から刀身の方へ赤が着色された。
しばらく赤と銀の色を交代させていた剣はだんだんと赤銅色にさび始め、マリリがそれを認識するが早いか一瞬にして錆は消え失せ、剣は元の輝きを取り戻した。そしてまた赤と銀の交代劇がマリリの目を釘付けにし、先ほどよりも程度の重い錆が刀身全体を覆ったとき、刃は内側から燃えるような赤い光に包まれた。
赤い光が収まると剣は元の輝きを身にまとい、何事もなかったようにそこにあった。しかし次の瞬間にはまた赤と銀と姿を変え、マリリの目を引き寄せ続けるのだった。不可思議なのは、依然として空中に浮かぶこの剣が、微動だにすることなくマリリに躍動するような運動性を感じさせていることだった。マリリの目の前で、剣はまた赤い何かに彩られた。
(そうか……。この剣、鋼鉄製なんだ……)
何の前触れもなく、マリリは悟った。
(剣につくこの赤い色は、誰かの血なんだ。切ったり突いたりするたびに、剣は赤く汚れていく。そして剣に付いた血を誰かが拭うんだけど、また誰かが切ったり突いたりして、また血に汚れていく。錆びても、磨かれたりけずられたりしてまた血を流して、傷が付いても鍛え直されてまた血を流すんだ。でも……)
今度は剣の柄が根本から消え失せた。おそらく、折れてしまったのだろう。しかし、次の瞬間には新たな意匠の柄が現れ、それが当たり前のことであるかのように刀身となじんだ。
(でも、剣は動いてないのに……。誰かが剣を振らないと、剣に血は付かないのに……。誰かが火を入れないと、鋼を鍛え直せないのに……)
今度は刀身の半分が消滅した。しかしマリリの予想通り、また新たな刃が元の刀身につながり、新たな血を呼び始めた。
(……そうか、誰かがこの剣を振ってるんだ。そして誰かがこの剣を鍛え直してるんだ。……そうか!)
目の前の剣は血の衣を身にまとうのをやめ、いつの間にか今までになく輝きだしていた。
(鋼はそのままでは鋼でしかない……。鋼に意志が宿ったときに、鋼は力になるんだ!)
目の前の剣がゆっくりと上昇しだしたので、マリリは剣の柄が自分の胸の高さまで上がってきたときに剣をつかもうとした。
つかんだ途端、剣は一筋の光となって、天頂と地下の両方向、果てしない暗闇の中にのびていった。
「どうでした?」
マリリが目を開けると、目の前にほほえんでいるシルトと心配そうな表情のメディコの顔が見えた。そこは先ほどの森の中の街道の端で、マリリはシルトにまじないをかけられた場所から一歩も動いてはいないことが分かった。マリリは辺りをきょろきょろと見回した。
「うー……。あたし、どのくらい、目をつぶってた?」
「どのくらいだと思います?」
マリリは眉をひそめた。この魔道の少女は、自分の質問に全く答えてくれない。
「……わかんない。あくびをする間かも知れないし、三日くらい立ちっぱなしだったのかも知れない」
「そうですか」
マリリの答えを聞くと、シルトはローブの裾の奥から取り出した小さい紙の束に何かを書き付けた。何か覚書を書き込んでいるらしい。マリリは上からちらりとのぞき込んでみたが、紙は見たこともない記号と数字で埋められていた。
「……なにしてるの」
シルトは返事の代わりに愛想笑いを返した。
「どうですか? 頭がすっきりしたでしょう。マリリさんの悩みはもう解決したのではありませんか?」
そう言われて、マリリは後頭部に手を当てた。確かに、先ほどまで感じていた恐怖感と吐き気はみじんも感じられなかった。それどころか、ここ数日間マリリを悩ませていた頭痛さえも、どこかへ消え失せてしまっていた。
「そういえば。……うーん。……どうだろう。どーでしょう」
マリリは目を閉じていた間に自分が見たものを覚えていた。鋼鉄の剣が赤く染まったり、錆び付いたりする映像。確かに頭痛はとれたが、あれは今自分が抱えている悩みへの解答ではなく、女神団の永遠の命題、〈鋼の問い〉の答えの一つのようなものなのではないか?
自分と全く関係ないとはいえないが、とりあえず今は考える必要のないものなのではないのだろうか。マリリはしばらく首をひねったあと、ひょっとしたら、シルトは自分にかけるべきまじないを間違えたのではないだろうかという考えに達した。
「とりあえず、お礼は言っとくね。ありがとう」
シルトはまたメモを取った。
「マリリさんが目をつぶってる間、馬車が二台、都の方へ走っていきましたよ。みんな不思議そうにこっちを見てましたけど、そのまま通り過ぎていきました」
メディコが頃合いを見計らって、一息にマリリに説明した。マリリはメディコに向かってうなづいて見せた。
「まだそんなに時間はたってないみたいね。日もまだ高いし」
「もう大丈夫ですか?」
メディコが心配そうにマリリの顔を見つめた。マリリはメディコに笑いかけ、頭をなでた。
「うん。なんだか知らないけどもう大丈夫みたい。さあ、出発しようか!」
マリリは服装を正し、景気づけに腰の小剣を抜いてから太陽の光にかざすと、宙で一回転させてから柄を持ち替え、すとんと腰の鞘に落とした。
「はい! マリリさん、かっこいい!」
メディコは目をきらきら輝かせながら返事をした。シルトもマリリをローブの奥から見つめている。
「そ、そう?」
何気なくしたことが思いがけず騒がれてしまったので、マリリは驚いたが、同時に少し得意にもなった。
「私のおまじないのおかげですね」
シルトがほほえみながら言った。マリリは苦笑しながら、森の奥へ目をやった。星屑組の仲間たちを盗賊達の手から救い出すのだ。
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