第4話 闇組のシルト 4
「いいか! お前らの頭は、俺たち〈黒ひげ王国〉が預かっているんだ! おっと、動くんじゃねえぜ!」
盗賊の一人が叫ぶ声が聞こえた。
マリリの心臓は早鐘のように鳴った。やはり、彼らがセブリカをさらっていたのだ。
「いいか、今日中に俺たちの一人でもアジトに戻らなかったら、お前らの頭のあの女は死ぬことになってるんだ! おとなしく、俺たちについてこい! おっと、その前に獲物は全部捨ててもらうぜ!」
盗賊たちが下品な高笑いを上げている。
驚いたことに、星屑組の仲間たちは盗賊たちの言葉に従い、足下にすべての武器を捨てた。少なくとも、マリリにはそう見えた。マリリは自分の目を疑ったが、それもセブリカの身の安全を考えれば、仕方がないことにも思えた。
しかし、マリリがどうしてよいか分からずに手をこまねいているうちに、盗賊たちは瞬く間にヴァイドールたち星屑組の仲間たちを縛り上げ、反対側の森の中へ連れていってしまった。盗賊たちの最後の一人が完全に森の中へ姿を消してしまうまで、ぎりぎりと何か重い物、たとえば石臼などをこすりあわせるような音が聞こえていたが、マリリはそれがヴァイドールの歯ぎしりの音だと気づいた。やはり、悔しくて仕方がないのだろう。
「……連れてかれちゃった」
メディコが無責任な口調でつぶやいた。マリリはその言葉になぜか腹が立ったが、自分の口から出たのは不平や非難の言葉ではなく、ただのため息だった。
セブリカをみんなで救いに来たはずが、あろうことかマリリを残して全員敵の虜にされてしまったのだ。マリリは目の前が暗くなり、その場にへたり込んでしまった。この先どうしたらいいのか、全く考えつかない。女神団に戻って誰かに救いを求めたらいいのか、それとも盗賊団の後をつけるのか。それとも。
「これからどうしましょう? 誰もいなくなったところで、いっそのこと二人で他の国へ逃げて、畑でも耕して、つつましくも楽しく暮らしましょうか?」
あまりにも意外な言葉が魔女の口から出たので、それがシルトの冗談だとは一瞬理解できず、マリリは迂闊にもシルトが口にした将来の計画の可能性に想いを巡らせてしまった。あわてて首を振ると、立ち上がって腰に付いた土をぱんぱんと払う。
「冗談言わないでよ」
シルトは困ったマリリを見て、ほほえんでいた。
「助けに行かないんですか?」
「えっ?」
マリリは次に口を開いたメディコの顔をまじまじと見つめた。
「助けに行くんでしょう? 早くしないと、見失っちゃいますよ」
驚いたことに、メディコは盗賊団をそれほど怖れていないようだった。もっとも、マリリ自身も盗賊の一人や二人など、実際には怖るるにたるものではなかったのだが、さすがに盗賊団の本拠地にたった一人で乗り込むのは気が引けた。それに、マリリにはいまだ克服されていない問題がある。自分一人で敵本拠に進入したとして、自分にいったい何ができるのだろうか。
「おちびさんのいうとおりですね。私もなるべく早く彼らの後を追った方がいいと思いますよ。大丈夫ですよ、私がついているのですから」
マリリの不安をよそに、二人の少女はなぜか自信満々だった。しかも、どう考えても自分よりも正論を述べているようにも感じられる。
「そう……ね。みんなを追いかけて、私たちで助け出さなきゃ。でも……」
「何ですか?」
「メディコは危ないから、どこかで待っていてもらった方がいいと思うんだけど……」
マリリの声は力無く、途中で止まってしまった。どうやら自分には、リーダーシップをとる能力が欠けているのかも知れない、とマリリは顔を赤らめながら考えた。
「いやです! あたしも行きます! 足手まといにはなりません!」
予想通り、メディコはマリリの意見に反発した。マリリを半ばにらみつけるように見つめているメディコの目を見て、マリリは途方に暮れてしまった。こんな時、どうしたらいいのだろうか。セブリカやルナコならばメディコを説き伏せることができるだろうし、ヴァイドールであればもっと単純な方法でメディコを黙らせることが可能だろう。しかし、マリリはメディコを納得させるような言葉を持っていないし、目の前に立っている小さな可愛らしい少女を殴りつけるような真似もできなかった。
「この子が邪魔でしたら、私が眠らせましょうか?」
冷たく言い放つシルトを、メディコがにらみつける。シルトはメディコと目を合わせようともしなかった。
マリリは数秒考えてから、仕方なくメディコも連れていくことにした。
「やっぱりこの辺に一人残していくのは危ないよね。蛇とかも出そうだし。メディコ、シルト、三人でみんなを助けに行こう」
「はい!」
いったん今後の指針を宣言してしまうと、マリリはなんだか元気がわいてきたような気がした。少なくとも、目の前は真っ暗闇ではない。メディコはともかく、こちらには魔法使いがついているのだ。何とかなる。今日の夕方には、みんなで笑いながら王都に帰れるだろう。
マリリと二人の少女は、森の中を街道に向かって歩き始めた。
「……やっぱりだめだあ!」
ところが、街道に足を踏み入れた途端、マリリは地面にしゃがみ込んでしまった。街道の真ん中に、ばらばらに破壊された星屑組の馬車の残骸が転がっていた。その有様を目にした途端、マリリは自分の中の決意が急速に萎えてしまうのを感じた。
「どうしたんですか?」
「……できないよ! 三人でみんなを救い出すなんて、とっても無理よお!」
マリリが突然叫んだので、シルトとメディコは目を丸くして互いに目を見交わした。そしてマリリがいつまで経ってもしゃがんだまま動かないので、二人の怪訝な表情はさらに強まった。
「どうしたのですか? 早くみなさんを助けに行きませんと」
「そうですよぉ、マリリさんらしくないですよ」
「……あたしのことなんか知らないくせに」
マリリは自分にしか聞き取れない小さな声で地面を見ながらつぶやいた。
マリリは、今自分がしなければならないことを十分に理解していた。そして、自分がそれをしなかったときには、仲間の身に危険が訪れるであろう事も分かっていた。だが、どうしても足が動かない。立ち上がるために自分の手足に力を込める事がどうしてもできなかった。
「ほんとに、どうしたんですか? 盗賊を怖れているのですか?」
シルトが心配そうな声をかけた。盗賊が怖い? そうかも知れない。
いや、盗賊を殺せない自分が怖いのか、それともその状況に出くわすことが怖いのか。正体の知れない漠然とした恐怖はだんだんとはっきりとした形をとって、マリリの全身に容赦なく覆い被さってきた。
自分が助け出さなければ仲間たちは命を落とし、自分は路頭に迷うことになる。しかし仲間を助け出すためには、人を殺さなければならない状況になるかも知れない。いや、おそらくは人を殺さなくてはならないだろう。しかし、自分には人を殺せない。ということは、仲間たちを救うことができない。マリリはぐるぐると思考の迷路をさまよい、こみ上げる吐き気と必死に戦った。
「……大丈夫ですか? 気持ち悪いんですか?」
えずき始めたマリリを見て、今度はメディコが声をかけてきた。マリリの様子が尋常ではなくなってきたのを見て、メディコも不安に駆られたようだ。
「……大丈夫」
マリリは地面に直接腰を落とし、あぐらの格好で座り直した。だが、行動を起こすきっかけが見つからず、マリリは心配そうな二人をしり目に地面を見つめ、鎖で編み上げた前掛けの端のあたりを指でいじり続けることしかできなかった。
「……ふんふん。……マリリさん。あなたが直面している問題が何か分かりましたよ。私に任せてください」
思いがけないシルトの声が聞こえて、マリリは顔を上げると、闇組のシルト・キレイは目を閉じて、マリリの頭に手をかざして立っていた。
「な!」
マリリははっとして立ち上がった。シルトに自分の頭の中を覗かれたと思ったのだ。
「な、なにしたの!」
マリリの言葉に、シルトはほほえんだ。
「盗賊団が怖くなくなるように、私がおまじないをかけてあげます。目をつぶってください」
シルトはマリリの質問に答えなかった。マリリはますます混乱したが、自分でも驚いたことに、次の瞬間には素直にシルトの方を向いて目をつぶってしまっていた。シルトを全面的に信用しているわけではないが、今はとりあえずどうしたらいいのかさっぱり分からない。マリリは自分の中の結論を後回しにしたい一心だけで、シルトの言うがままになった。
「そのまま目を閉じて……。ゆっくりと力を抜いて、楽にしてください」
マリリは言われたとおりにした。目を閉じたまま力を抜くと、鎖かたびらのエプロンがたてるちゃらちゃらという音と、シルトが唱える聞いたこともない言語の呪文の声、それに森の小鳥たちの鳴き声だけが聞こえた。しばらくすると、不思議なことにやがてそれらも聞こえなくなり、自分が今地面に立っているという感覚もだんだん薄れてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます