第4話 闇組のシルト 3

 「だああ! そんなことよりなあ! ……マリリ!」


 「え? はい!」


 マリリはあわてて返事をした。ヴァイドールのいらいらした口調の中に、ヴァイドールの真意が読みとれたのだ。


 「それで、メディコ、どうするつもりだったの? あたしたちに、田舎に帰して欲しかったの?」


 最も重要なことを彼女に聞かなければ。もっとも、ここでメディコの意向を聞いたとして、どうにか出来るものではなかったのだが。


 「はい、それも考えたんだけど、あの……」


 「うん?」


 「あの、もしよかったら、あたしを女神団に入れてくれませんか?」


 「何ぃ?」


 再び全員が声を出して驚いた。それほど、メディコの提案は皆の意表をついていたのだ。だが、眼をきらめかせてマリリを見つめるメディコの表情は真剣そのものだった。マリリはどう返事をしたものかしばらく考えたが、一般的な、というか自分にとって無難と思われる答えを返すことにした。


 「あのね、あなたが女神団に入るには、ちょっと条件が足りないと思うの」


 「えっ? 足りませんか? 何が足りませんか? 根性なら、人一倍あります」


 マリリはため息をついた。どう説明したものだろう。


 マリリが所属している傭兵団〈黄昏の女神団〉には、年齢、性別、運動能力、剣技などの技術、という基本的な入団資格案件のほかに、〈容姿端麗〉という、非常に傭兵団らしからぬ条件が設けられており、特に重要視されている事実があった。これは、依頼主から破格の報酬を受け取るためにヨニア・ロシィラたち第一期のメンバーが考案した第一条件らしいのだが、今ひとつマリリには理解しがたかった。


 マリリを見つめるメディコの顔を子細に見てみると、唯一その条件だけは軽く満たしているようにマリリには思えた。だが、重要なのはほかの点についてだ。


 「基本的に、女神団には十五歳からしか入団できないの。あなた、まだ十歳前でしょう?」


 「はい……マリリさんは、今いくつなんですか?」


 「……十四」


 アーナがため息をついて首を振り、ウィスミンはクスクス笑っている。ルナコは優しげな微笑を浮かべており、シルトは無表情を貫いていた。ヴァイドールは、おそらく怒っているのだろう。


 「だあっ! もう、いい!」


 ヴァイドールがしびれを切らしたようだ。ちらっと後ろを振り返り、すぐにまた視線を前方に向ける。


 「そういうのは、後で考えようぜ。とにかく、もう王都に戻るにはいまからじゃ遅すぎる。かといってここらにおろすのも気が引ける。もうここらには盗賊どもがうじゃうじゃいるからな。……マリリ!」


 「は、はい……」


 「いいか、お前は今からメディコ係だ。目を離すなよ。メディコ、マリリがお前を守ってくれるからな、ずっとそばについてろ」


 「はい!」


 メディコが手を挙げて元気よく返事をした。マリリは肩をがっくりとおろすしかなかった。


 「仕方、ないですわね。マリリ、二人をよく守ってあげてくださいね」


 ルナコが、マリリの両脇にぴたりとくっついたシルトとメディコを見て、にっこりとほほえんだ。マリリは弱々しい笑みを返すことしかできなかった。




 馬車はしばらく森の中の街道をひた走った。馬車に乗っている誰もが、もう口を開こうとしない。

 マリリの両脇にはシルトとメディコがぴったりと寄り添い、マリリは先ほどまでの肌寒さを忘れるどころか、二人の体温で暖かくなったために、いつのまにかうつらうつらと眠りかけていた。


 隣に座っているメディコがぶるぶるっと何度か震えるのが感じられた。いやな予感がしながらもメディコの方へ目を向けると、メディコはまたしても泣きそうな顔でマリリを見つめていた。


 「どうしたの?」


 おそらく、またヴァイドールの機嫌を損ねることになるだろう。だが、アーナの怒りと違って、ヴァイドールから自分に向けられる怒りはそれほど自分にとって重荷にはならないということに、マリリは気づき始めていた。それでも、マリリはほかの誰にも聞こえないように小声でメディコに聞いた。


 「……」


 マリリは再びため息をつくと、前方へ目を向けた。


 「あのー……。ヴァイドール……」


 「何だ!」


 ヴァイドールは、明らかに少々うんざりしているようだった。


 「メディコが……おしっこだって」


 馬車は止まった。全員がマリリを見つめ、無言の抗議を行っているように見える。何となく納得できないものを感じながら、マリリはメディコを馬車から降ろし、森の奥深くへつれていこうとした。


 なるべく草の茂っていない箇所を探し、森の中へ足を踏み入れる。しばらく進んだところで、マリリはすぐ後ろにシルトがついてきていることに気づいた。少し驚いた眼でシルトを見つめると、シルトはマリリに笑いかけた。


 「片時もあなたと離れないように言われたものですから」


 片時も、とは誰も言っていないだろう。そう思ったが、ひとまずほうっておくことにした。とりあえず、すぐに馬車に戻るのなら何の問題もないはずだ。


 「この辺でいい? メディコ」


 そう口にしてから、マリリは自分の声が少々冷たいものになっていたことに気づいた。思った通りに物事が運ばないことに、思ったよりいらいらしているのかもしれない。冷静にならなければ。マリリはわざとらしくメディコに笑って見せた。


 「う、うん。でも近くにいてくださいね。でもはっきり見えるところまでは来ないでください。だから、その辺にいてくださいね。動かないで」


 「はいはい」


 メディコはもう少し先に進んだ。マリリはメディコの周りをちらりと見て、蛇や危険な生き物がいないか確かめた。大丈夫のようだ。


 今度は街道の馬車を振り返って見た。木々の隙間から、馬車は小さな作り物のように見えた。思ったよりも森の中深くへ来てしまったようだ。一瞬、マリリは自分たちが森の中へ置いて行かれるのではないかとあらぬ想像をして不安になったが、そんなことがあるはずはないなと、考え直した。


 「……! マリリさん、あれを見てください!」


 ぼうっとしていたマリリの耳に、シルトの声が飛び込んだ。シルトは馬車の方向を指さしている。


 「なに? ……!」


 マリリは我が目を疑った。少し目を離した隙に、自分たちの馬車が、いったいどこからわき出したのか、おびただしい人数の黒い男たちに、いつの間にやら四方を取り囲まれてしまっていたのだ。


 「そんな……!」


 マリリは思わず両手で口をふさいだ。遠く離れてはいるが、盗賊たちが何かを叫んでいるのが聞こえる。ということは、こちらの声もあちらに届くと言うことだろう。


 「どうかしたんですか?」


 「黙って!」


 メディコが下生えを踏み分けてこちらに近づき、質問するのをマリリは押し殺した声で制した。メディコにもマリリのまじめな口調が通じたらしく、そのまま口をつぐんでその場に立ち止まった。


 マリリは再び馬車の方を食い入るように見つめた。なぜ星屑組の皆は、盗賊たちに手出ししないのだろうか? マリリは眼と耳に全神経を集中させて、盗賊たちのわめいている言葉を何とか聞き取ろうとした。

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