第4話 闇組のシルト 2
「それじゃあ、子種を殺したりも出来るあるか?」
「それは……ごほん、機密範囲内の情報になりますので、お教えできません」
ウィスミンのにやけ顔を見て、自分がしゃべりすぎたと思ったのか、心持ち頬を赤らめてシルトは答えた。
「そのくらいにしておきましょう。少々おしゃべりしすぎたようですわ。今はわずかな時間も惜しい時です。私たちに必要なのは、何よりもセブリカの居場所を突き止める力ですわ。さあ、出発しましょう、ヴァイドール」
ルナコの言葉を聞いて、魔法の話題に半ば夢中になっていたほかの星屑組の仲間たちは、はっと我に返った。ヴァイド-ルがわざとらしく咳払いを一つして、馬車の御者席に乗り込んだ。
「うっし、じゃあ出かけようぜ。えーと、シルトだったな? お前のことはマリリが守ってくれるから、いつもマリリのそばについてろ、いいな? ……マリリ、お前がシルト係だ。傷一つつけるなよ。後でめんどくさいことになるからな。いいな」
「う、うん」
「よし、出発だ!いいか、絶対にセブリカを助け出すんだぜ、みんな!」
「おー!」
昨日までの沈んだ空気はみじんも感じられなかった。ヴァイドールの号令のもと、星屑組の乗る馬車は軽やかに動き出した。二頭の馬が引く、そう大きくはない馬車の御者席にルナコとヴァイドールが並んで座り、箱の中にマリリたちが陣取った。黒いローブの闇組のシルト・キレイはヴァイドールに言われたとおり、マリリのすぐとなりに座っている。マリリに言わせれば、少しくっつきすぎのようだ。
馬車には幌がないので、朝の冷たい空気が頬や肩にあたった。マリリは身震いしたが、ほかに誰も文句を言わないので、黙っていることにした。どのみち上に羽織るものを取りに行かせてくれと頼んだところで、兵舎に戻ってはくれないだろう。一番薄着のヴァイドールでさえ、寒さに関しては何一つ口を開いていない。
もっとも、最近いつも身につけている半マントは依然として羽織ったままだが。マリリは隣に座っているシルトの暖かそうな黒ローブを見て、密かにため息をついた。びろうどだろうか?
もうしばらくたてば、太陽がしだいに昇って自分たちを暖めてくれるだろう。
「マリリさん、でしたね? よろしくお願いします」
「え? あ、ああ、あの、こちらこそよろしく」
突然、魔女に話しかけられて、マリリはびくっと体をふるわせた。団内の人間たちに聞いた、いろいろな魔法組に対する噂が脳裏を駆けめぐる。
闇組の人間と言葉を交わすと、子供の出来にくいからだになる、闇組の人間を直にさわると寿命が二年縮まる、闇組の人間と仲良くしてしまった者は、最初に生まれた自分の子供を闇組の魔女に差し出さなければならない、など。
しかし、黒いローブからのぞく可愛らしい顔を見てしまうと、マリリはやはり噂はすべて迷信なのではないかと思わないわけにはいかなかった。後二日で自分と同じ年になるというこの少女が、悪魔や死に神と契約を結んでいるとは、とても思えなかった。マリリは気を取り直すと、にこりとシルトに笑いかけて見せた。
馬車はがたごとと音を立てながら、順調に旅路を進んだ。ヴァイドールが馬たちに鞭をくれる回数は、やはりいつもに比べると多い。
やがて馬車は王都を離れ、深い森の中の街道へ入り込んだ。木々の葉が、朝露にぬれて光を放っている。森の中にはいると、寒さは一段と増した。頼みの綱の太陽も、薄い雲と木々の葉たちに阻まれて、マリリのいる場所までは照らしてくれない。
なにか自分を暖めてくれるものはないかと、マリリは辺りを見回した。馬車の後方、左隅の方に、大きな白い布が何かの荷物を包んでいるのが見えた。ルナコが用意した荷物だろうか、それとも前にこの馬車を使った者たちが残していったものだろうか。どちらでもいい。マリリは寒さをしのぐために、白い布をめくって自分の方へたぐり寄せようとした。
「あ!」
「ええ? なんで!」
マリリは驚いて大きな声を出した。隣に座っていたシルトが身を乗り出し、ヴァイドールたちも振り返ってマリリの方を向いた。
「あれ?」
「お、おい、こいつは!」
白い布の下には、マリリが見知った姿があった。前々回の依頼で助け出した、富豪の家に仕えていた少女、メディコ・ナイムの姿が。ヴァイドールは開いた口を閉じることが出来なかったが、馬車が一度大きくがくんと揺れると、あわてて顔を正面へ向けた。だが、マリリたちは驚きの表情をなかなか崩すことが出来なかった。
「メ、メディコ?」
「はい、こんにちは……」
メディコの方も少なからず驚いたらしく、どのような顔を見せたらいいか分からない様子で、とりあえずマリリに向かって笑って見せた。
「な、なんで、どうしてこんな所にいるの?」
「マァーリィーリィー」
ヴァイドールが馬に激しく鞭を打ちながら、マリリの名を呼んだ。どうやらメディコが馬車の中に隠れていたことを、マリリの責任にされたようだ。
「あ、あたし、知らないよ!」
「でも、何でこんな所にいるね? あたしたちのとこに、遊びに来たあるか?」
ヴァイドール以外の仲間たちの興味はメディコ自身にあるようだ。ウィスミンの声には、どこかしら面白がるような調子が含まれていた。シルトですら、半ば身を乗り出すようにしてマリリとメディコを見つめている。もちろんマリリもそのことが一番気になったので、メディコに説明を促した。
「しばらくご主人様の所にお世話になってたんですけど、ご主人様はあたしからお嬢様の話を残らず聞いてしまうと、あたしに用がなくなったって言って、あたしを屋敷から追い出したんです。うっ」
メディコはそこまで話すと、口に手を当てて泣き出した。マリリはため息をつくと、仕方なくメディコの肩に手を回して、優しく抱き、肩をぽんぽんと叩いた。しばらくすると、泣いていたメディコは落ち着きを取り戻し、再び話し始めた。
「あたしは都に身よりもないし、自分の田舎がどこにあるのかも分からないんです。この辺で知ってる人って言ったらマリリさんしかいないから、だから、」
「それで、マリリに会いに来た、というわけですね」とルナコ。
「そうです。それで今朝、人に教えてもらった建物を訪ねてみたら、みなさんが集まってて、その、急いでるみたいだったから、あの」
「馬車の中に、隠れたんだね。全然、気づかなかったよ」とアーナ。この中では、最も事の成り行きに興味がなさそうな顔をしている。
「はい、そうです。ちょうどみなさんが、魔法とかの話をしてるときに。それで、あの」
メディコは狭い馬車の箱の中で身をよじり、シルトの方に顔を向けた。
「あの、魔法が使えるって、ホントですか? 水晶玉とか、持ってるんですか?」
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