第4話 闇組のシルト 1

 夜が明けた。疲れがすっかりとれたというわけではなかったが、それでも一日休養をとったおかげで、何とかマリリたちは人並みに働ける状態にまでは回復した。マリリ自身は、今までの一連の事件で受けた衝撃から立ち直ってはいなかったのだが、なるべくそれを表には出さないよう努めた。


 「よし、みんな起きたか。飯食ったら、すぐに出かけるぞ。ちんたらしてるやつは、アタイがぶっ飛ばしてやるから覚悟しとけよ」


 セブリカがいなくなった時から何となく、ヴァイドールが星屑組のリーダーシップをとる形になっていた。年齢順でいえば、セブリカの次の年長者はルナコなのだが、性格の現れか、ルナコは自分から進んで組をまとめようとはしなかった。少なくとも表面的には。


 一行は兵舎の食堂も開いていない時間から身支度をまとめ、自分達であらかじめ用意していた朝食をとった。食べたくなかったが、我慢して飲み込んだ。外には、おそらくもう魔法組が用意した光の魔法使いがマリリたちを待っているだろう。


 「馬車を借りてきますので、先に正門へ行っていてください」


 厩へ向かうルナコと別れ、一行は正門へ向かった。彼女らのどの顔にも、確固たる決意のようなものが現れていた。しかし、マリリだけは別だった。未だに不安そうな顔で辺りをきょろきょろと見回し、腰に差している小剣の柄をせわしなくまさぐっている。


 「な、な、な、なんだ、こりゃあ!」


 真っ先に正門を出たヴァイドールが、素っ頓狂な声を上げた。驚いたマリリ達もあわててヴァイドールに続く。


 「あ」


 マリリ達は目を丸くした。女神団兵舎の正門のそばに、黒い外套を着込んだ背の低い人間がひとり立っていたのだ。ヴァイドールの声に気づいて、小さな人物はこちらを向いた。


 「星屑組の方ですか?」


 その声は、マリリが想像していたよりもずっと若い、幼いものに聞こえた。おそらく、マリリと同じくらいか、それよりももう少し下の年齢の人間だろう。自分でも女神団の中では年少の方なのに、魔法使いたちはどのくらいの年から人材を集めているのだろうか。


 「話は伺いました。闇組のシルト・キレイと申します。みなさんが私の助力を願っているとのことで、はせ参じさせていただきました。さて、私はなにをすればよろしいのでしょうか?」


 ローブの中から、実際に年若い、可愛らしい顔がのぞいた。マリリは驚いた。自分が闇組に抱いていた印象とはあまりにもかけ離れていたからだ。今回魔女に協力を頼むと聞いたとき、マリリはヨニア・ロシィラのような年をとった、顔にしわを刻んだ魔女が姿を現すものと思っていたからだ。しかし、自分の目の前に立っている可愛い顔の少女を見ると、自分が魔法組に対して抱いていた印象がかなり偏っていたのだということに気づかされた。しかし、本当の問題はそんなことではない。


 「や、闇組っておまえ、闇組なのか?」


 「どうしましたの?」


 馬のいななきと、蹄の音が聞こえた。馬車に乗ったルナコが、正門をくぐって一行の前に現れたのだ。


 「いや、あのさ。こいつなんだけど」


 ヴァイドールが振り返ってルナコに目の前の黒ローブの少女を指し示して見せた。それを見たルナコも目を丸くする。


 「これ、黒い色っていうあるね。白じゃないね」


 ウィスミンがおそれげもなくシルトの黒ローブを軽くつかんで持ち上げた。マリリとアーナが身を固くしてウィスミンとシルトを見た。シルトは怒るでもなく笑うでもなく、ウィスミンを見つめた。ルナコは言葉を選び、シルトに質問した。


 「なにか、食い違いがあったのでしょうか? 私たちが協力を頼んだのは、確か光組の魔法使いの方のはずでしたのに」


 シルトは少し訝しげな顔になり、ルナコを見た。


 「そうですか。私の聞いた所では、ヨニア・ロシィラ様の書状には、闇組の魔女、それもなるべく年少の者を一名、星屑組に貸与するように書いてあったということでしたが。そういうわけで、依頼をほとんど受けた経験のない私が、みなさんのお手伝いをさせていただくことに相成ったというわけです」


 「あ、ん、の、ババア!」


 ヴァイドールが拳を握り、ほかの者はため息をついた。

 ヨニア・ロシィラは、魔法組の実績づくりに星屑組の任務を利用しているのだ。


 「やられましたわね。ヨニア団長の言葉を簡単に信じてしまったのが失敗でしたわ。もっとも、疑ったところで、私たちにはどうしようもないのですけれど」


 「だー! それにしても、闇組なら初めから闇組っていやあいいじゃねえか! どこまで根性が腐ってるんだ!」


 ひとしきり空に向かって吠えた後、ヴァイドールは目の前のシルトに向き直り、顎に手を当てて品定めをするように下から上へと眺め回した。


 「しっかし、おてつだいっていってもさ、だいたいお前、今いくつなんだよ」


 「私ですか? 後二日で、十三になります」


 「ああそうか。そりゃ、おめでとう。いやそうじゃなくて、十四って、ちゃんと、魔法の勉強とかしてるのかよ? アタイらの役に、ちゃんと立つのか?」


 ヴァイドールは腰に手を当てて、シルトをにらんだ。マリリたちも、慌ててうんうんと頷く。今のマリリたちには、所属はどうあれ、今の自分たちに有用な存在であるのか、ということの方が問題だった。


 「魔法ですか? 一応、人並みに魔道第二専門課程までは修了いたしておりますが」


 「第二? えーと、それは、どういうことなんだ? どのくらいまで進んでるんだよ」


 「一応、黎明のテキストはすべて終了し、黄昏のテキストの第五章まで学ばせていただきました。先日二級魔道師の資格を入手いたしまして、はれて皆様のお役に立てる身分に相成ったというわけです」


 「むむ、うん」


 魔法使いとの会話はどうも要領をえない。マリリは運動しなくても肩はこるものなのだなと実感した。


 「えーと、そういうんじゃなくてさ、たとえば、うーん、そうだな、もう空は飛べるのか?」


 「お望みであれば」


 その言葉を聞いたマリリは、眼の前の小さな魔女がすぐに空を飛ぶ所を見せてくれるのかと思って内心胸を高鳴らせたが、当のシルトは質問に答えた後、ぴくりとも動かなかった。マリリは内心がっかりして、肩を落とした。


 「火の玉、飛ばしたりできるのか?」


 「場合によっては」


 「なにもないとこから、食い物出したりできるか?」


 「条件がそろえば」


 「おお。じゃあ、邪魔なやつを、ゴキブリに変えちゃったりもできるのか?」


 「ええ、出来ますよ」


 マリリは再び胸が高鳴るのを感じた。目の前の魔女がすべて本当のことを言っているとは思えなかったが、まるで物語の中に自分が迷い込んだような気になったのだ。実際、星屑組のほかの仲間も、軽い感嘆の声を上げたりしている。マリリは、次にヴァイドールが質問した後は、自分が何か質問してみようかとさえ思った。

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