第3話 星屑組の失敗 7
「話は聞いたぞ、女の子達」
ヨニア・ロシィラの声色には、どことなく人をぞっとさせられるものが含まれていた。決して感情を表に出さず、相手のすべてを見透かしたような口調だ。マリリは身を縮めながら、ルナコやヴァイドールも自分と同じように身の縮まるような思いをしているのだろうかと考えた。
「なかなかに興味深き話ぞ、少女達よ。……つまるところお前達は、我が〈黄昏の女神団〉の名に泥を塗り、ひいてはこの私の顔に泥を塗り、……泥を塗り、泥を塗り、泥を塗ってくれたというわけだな? ……非常に、興味深い」
ヨニア・ロシィラの口調はとてもゆっくりとしたもので、そのぶんマリリの緊張は長く続いた。そんなにいやらしい言い方をしなくてもいいのに。マリリはそう思ったが、口に出せるはずもなく、団内最高権力者の顔をまともに見られず、じっと足下の絨毯の見事に織られた模様を見つめていた。
「先日の〈鋼の問い〉の不祥事があったばかりの矢先に、この不始末か。私もよくよく、幸運の女神ライドルに見込まれているようだ。この際、鋼の女神など拝むのはやめにしようか。のう、アルツァ? お主も、そう思わぬか?」
「ご冗談を」
アルツァ・ミ・ホーの口からは、星屑組を非難する言葉も、擁護する言葉も漏れてはこなかった。あくまで中立の立場を守るつもりのようだ。マリリはがっかりしたが、それだけヨニア・ロシィラ団長の機嫌が悪いのかもしれないと、かえって身をすくめた。ヨニア・ロシィラ団長の怒りが爆発しなければいいのだが。
「〈鋼の問い〉の不祥事って、何だよ。アタイらはただ ……試合で負けただけだぜ」
ヨニア・ロシィラとヴァイドール以外の全員、アルツァ・ミ・ホーまでもが驚いてヴァイドールの顔を見た。ヴァイドールは、よりにもよって女神団で最高の権力者に向かってあからさまに反抗の素振りを見せたのだ。マリリの腹の中を、何か冷たいものが滑り落ちていった。
「ほほほほほほほ」
だが、ヨニア・ロシィラはしんから面白そうに笑ったのみだった。ヴァイドールも逆に拍子抜けして、それ以上の言葉がでてこなかった。
「笑わせよるわ、この一角獣の気も抜け切らぬ小娘どもが。身の程を知れ、未熟者どもめ」
確かに、ヨニア・ロシィラは怒っている。マリリは首がちぎれそうなほど下を向いた。ヨニア・ロシィラがどんな顔をしているのか気になったが、とても顔を上げていられなかった。
「それで……? どうするつもりだ、星屑組。まさか、セブリカ一人を助けるために、団全体を動かせなどと、無心に来たわけではあるまいな?」
「な、何言ってんだ、アタイら……! むぐぐ!」
ヨニア・ロシィラの言葉に我を忘れて突っかかろうとするヴァイドールをルナコとウィスミンが取り押さえた。もがくヴァイドールを押さえながら、ルナコが必死に言葉を返す。
「もちろん、そのようなことは望んでおりませんわ。セブリカは、私たちの手で取り戻して見せます。手助けはご無用」
「そうか。むろん、これは通常の依頼消化ではないため、完全無給ということになるな。しかもその間、我が団は多大な損害を被るわけだから、その後の依頼、三つ目までは無償で行ってもらうぞ。そして……そうだな、七日以内にセブリカが戻らなかった場合には、星屑組は解体だ。よいな?」
「……承知しましたわ」
ヨニア・ロシィラは、どうやら星屑組が嫌いなようだった。少なくとも、マリリはそう感じた。そうでなければ、このような意地悪な物言いができるはずがない。
「もう居所の目星はついているわけですし、たやすいことですわ。……それより、彼らからの声明なり脅迫文などはまだ届いていないのですか?」
「ああ、あいにくながらな。お主らの見当というのも、案外的を見失っているのかも知れぬぞ。……そうだ、セブリカを捜しに行くときには、誰か魔法使いを一人連れていけ。奴らも近頃は、仕事がないとぼやいているらしいのでな」
「……光組の連中を?」
「そうだ、光組がいい。光組のうちの誰か一人を、受付で選んでもらうがいいぞ。よいな、これは命令だ。魔法使いに、セブリカの居所を占ってもらうのだ。……話を聞いているかな? マリリ?」
「は、ひっ……」
いまだ封建時代の面影を残す装飾品に身を包んだ壮女は、突然マリリに声をかけた。マリリは驚き、かすれた声で返事をしたが、やはり女神団団長の顔をまともに見られないでいた。自分の声のかすれぶりから、マリリは目の前のこの人物を自分がどんなに畏れているか再確認する事になった。
「今年も、大活躍だったそうだな、〈剣聖〉殿よ。話は王都の隅々まで知れ渡っておるらしいぞ。またも〈倍率女王〉が人々の人生を変えに変えたとな。あるものは主らが優勝するものと信じて疑わずに川に身を投げる羽目となり、またあるものは自分の娘らを望まぬ方面へ手放すことになった。なかなかな役者だな、女王様よ。ほほほほほ」
「あの、いえ……すみません」
どういう人生を送ったら、このように嫌みを言い続けられる人間になるのだろう。マリリは内心、憤慨した。両手をぎゅっと握りしめ、下唇を赤くなるほどかんだ。
「ふほほ、とにかく、今日一日は休むがよい。よいか、これも命令だ。もしやすると、主らの待ちこがれている脅迫状とやらが、こちらに舞い込まぬでもないかも知れぬぞ。ほほ、ほほ、ほほほほほほ」
釈然としない思いで、星屑組は本部を後にした。気は進まなかったが、団長の直接の命令に従わないわけにはいかない。自分たちの前途に大きな石をおかれた思いで、一行は別棟の〈魔法組の塔〉へと向かった。
「なあ、いいじゃねえか、光組の奴らの手なんか借りなくたってよお。アタイらだけで出かけちまおうぜ。あのババア、絶対にアタイらにいやがらせしてるだけだ」
「そうだったとしても、団長の命令は私たちにとっては玉音も同じですわ。とにかく今日は魔法使いたちに手続きだけとってもらって、ゆっくり休むとしましょう」
「なな! お前、ババアの言うこと聞いて、ほんとに今日寝ちまうつもりかよ!」
だが、そういうヴァイドールの言葉にも、力はこもっていなかった。マリリたちもルナコに反論するはずもなく、体力の限界に達していた星屑組はよたよたと魔法組の塔へ向かった。
女神団には、実際に力をふるって依頼主を満足させる実働部隊と、それを助け、またほかの様々な不可思議な業務をこなす魔術師の部隊が存在していた。正式名称ではないが、それら数十名の女性たちは〈魔法組〉と通称されていた。組とはいえ、彼女たちは徒党を組んで依頼をこなすことはない。実働部隊の組が魔法的な援助を必要としたとき、彼女らは個人単位でそれぞれの組に力を貸すのだ。
通常は魔法組の塔内部で魔術の修練に没頭している彼女らには、最低限の施設と食料が供給されているが、実際に働きに出ない限りは、実働部隊が受け取っているような莫大な給金を手に入れることができないのだが、元々が女性の身分で魔術を学べるという目的で魔法組を志願するものが多く、表だった不満は見られなかった。
「しかしあれだな、あのくそババアが魔法使いとか言い出したときには、てっきり闇組の連中を連れてけとか言い出すとか思ってちょっとあせったけどさ、連れてくのが光組でいいってのだけ助かったよな。闇組の連中となんかつきあってたら、子供の産めないからだになっちまうよ」
「子供、生むんですか?」
魔法組の塔で研鑽を積んでいる若き魔女たちは、〈光組〉と〈闇組〉という二つの班に分けられている。これは自己の持っている素質や希望などによって、学ぶ魔法の種類別に班分けされる女神団の制度なのだが、その二つの組の持つ名が与える表面的な印象によって、女神たちには何かと迷信めいた姿勢で受け入れられることが多かった。
もちろん、その組の名がそのまま彼女たちの立場を意味している、ということではない。しかし、女神団の傭兵たちには闇組を忌み嫌う向きも多く、したがって闇組の人間に協力を求める組は少なく、何かと問題が起こることも多かった。
「お、ついたぜ。ルナコ、後は頼んだ」
「だめですわよ、全員そろって助力を頼まないと、彼女らは許可を出してくれませんもの。さあ、みなさん、中へ入りましょう」
いかなる理由からか、魔法組の塔は女神団の本部、兵舎からはかなり離れた場所に建っていた。マリリが以前聞きかじった噂によると、地政学的な魔力の流れだとか、方位の善し悪しなどによってその位置が決められたということだった。確かに、魔法組の塔の周辺には、ほかの組織の魔法使いの塔、王立魔道図書館、占い小屋などが立ち並び、そこが魔道を志す者たちの聖域たる条件を備えた場所であろうことを十分すぎるほどにおわせていた。
マリリたちは、塔へと続く階段を上って大きな扉を開けた。魔法組の塔に、門衛はいない。話によると魔法組たちがかけた魔法によって女神団の人間以外はこの扉をくぐれないとのことだったが、マリリは半分信じていなかった。
塔内の受付に座っていた、簡素な修行着を着た若い魔法使いは無愛想だったが、てきぱきと手続きをしてくれた。ヨニア・ロシィラに手渡された書状に目を通したとき、その魔女は星屑組を胡散臭そうな目つきで見回した。マリリはその目つきが気になったが、あえて言及しないことにした。何しろ、自分が考えていたよりも疲労がたまっていたので、魔法組の塔を出てからずっと、マリリは自分の部屋のベッドのことだけを考えていたのだった。
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