第3話 星屑組の失敗 6
「なんだ、どうしたんだ、お前達!」
女神団本部の前に着いたとき、聞き覚えのある厳しい声が聞こえて、マリリは涙をこぼしそうになった。本部前の大きな階段にへたりこんでしまった一行に声をかけたのは、星屑組に過剰な競争心を抱いている〈星組〉の統率者、ベローニカだったのだ。
「ごらんの通りね。『好機まさに今』あるよ、先輩」
「馬鹿を言うな」
疲弊した一行を見ると、ベローニカの口からは普段の舌鋒が飛び出してこないばかりか、彼女は星屑組に事情を聞いてやりさえした。ルナコが事の次第を説明すると、ベローニカは自分の組の仲間を呼んで、死体を雇い主の富豪の家へ運ばせがてら、説明の使いを出してくれた。
「……全く、まさか我々が星屑組の尻拭いをさせられるとはな。この貸しは高くつくぞ」
「ごめんなさい」
全く力のないマリリの謝罪の声を耳にしたベローニカは笑うどころか、かすかに頬を紅潮させて怒りの表情を浮かべたが、自制して話題を変えた。
「……ところで、セブリカの姿が見えないようだが? くたびれた部下をほうっておいて、どこへ姿をくらませたのだ?」
星屑組全員の表情がこわばり、緊張が走った。ルナコは依頼の失敗をベローニカに話しはしたが、セブリカの失踪のことは一言も口にしなかったのだ。
全員がしばらくためらっていたが、ヴァイドールがしぶしぶ口火を開いた。
「黒ひげどもとやり合ってる間に、いなくなっちまった。たぶん、奴らにさらわれたんだろう」
「何?!」
ベローニカは驚くあまり、身を乗り出そうとして階段から足を踏み外し、軽くせき込んだ。だがすぐに気を取り直すと、怒気荒くヴァイドールの腕をつかみ、その場に無理矢理立たせた。ヴァイドールは疲労困憊ながらも、星組の長である女性の怒りに燃える瞳をかすむ目で真正面から見据えた。
「貴様ら、それでおめおめと逃げ帰ってきたのか! セブリカが……さらわれただと! 何という不祥事だ! お前達、それで」
「うるせえな」
ヴァイドールは一歩も引かずにベローニカをにらみ返した。
ベローニカの声が度を超して高く響いていたので、通りを歩く人間達の注意を引いてしまった。剣呑な空気を嗅ぎ当てて、次第に人が集まってくる。
「ヴァイドール、今はそんな場合ではありませんわ……」
「組長はちゃんとアタイ達の手で取り戻すさ。別の組の人間に、ごちゃごちゃ言われる筋合いはねえんだ。黙ってろよ、先輩」
ベローニカはヴァイドールの腕を離した。今にも爆発しそうな表情の中に、どことなく青ざめた色を漂わせている。
「ふん、ならば早く団長に報告して、行動を起こすことだな。こればかりは私も助けてはやれんぞ。そういえば、今日はいつにもまして機嫌が悪かったな。ふふ、これは見物だが、私も暇ではない。朗報を期待しているぞ」
ベローニカは、どう見ても言葉ほど面白がってはいないように見えた。
「ベローニカ、あなたは本部に何か用でもありましたの?」
立ち去ろうとするベローニカの背中に、ルナコが声をかけた。
「〈鋼の問い〉の事後処理と、たまっていた日ごろの雑務の処理だ。賞金を受け取ったり、いろいろあったのでな」
「あの、じゃ、星組が優勝したんですか?」
アーナの言葉を聞いたベローニカは目を丸くした。
「当然だろう? 貴様らのでてこない〈鋼の問い〉など、ほかに何の障害があるというのだ? 今年はさして苦戦もしなかった。決勝の相手すら、腹ごなしの運動にもならなかったさ。全く、調子の狂うことばかりだ」
ベローニカは、いつの間にかマリリの顔を見ながら話していた。が、口を滑らせすぎたことに気づくと、鼻の下をさっとひとこすりしてから何も言わずに去っていった。それを見て、マリリはベローニカになんだかすまない気分になった。ベローニカはもしかすると、自分と再び対戦することを心待ちにしていたのではないか。
「余計な心配をかけてしまいましたわね。依頼主の方とも、何事もなければいいのですけれど」
「へっ、もともとうちらは失敗してもおとがめなし、前金はいただきっていう取り決めじゃねえか。そんなことより、さっさと報告して、組長を助けに行こうぜ。ほら、いつまでもへばってんじゃねえ。立て、立て」
階段の上に座り込んでしばらく休んだせいで、多少は疲れがとれたような気がした。マリリ達は重い気分を無理矢理払いのけて、本部の扉を開けると、長くまっすぐにのびている大廊下を進んだ。途中、マリリ達の薄汚れた姿を目にしたほかの組の人間達が怪訝そうな顔をしたが、マリリ達は無視して歩き続けた。
大きな扉をいくつかくぐり、巨大な階段を上ると、ひときわ異彩を放っている豪華な扉が一行の前に現れた。剣と円盾を持つ二人の女神が、悪の象徴である『獣』と『男』を屠っている有様を彫り込んだ、大理石と銀でできている大扉である。本部の中央部、女神団を統べるヨニア・ロシィラ団長の居室であるこの部屋に足を踏み入れるのは、マリリにとってそうそうあることではなかったし、とても気が重いものだった。
ルナコが扉をたたき、一行は部屋の中へ入った。マリリが覚えているこの団長室の記憶通り、部屋の中は薄暗かった。無意味に思えるほど広い部屋の床に、炎の模様が描かれた赤い絨毯が広がっている。マリリはこの部屋がどうしても好きになれないことを思い出した。
「星屑組か」
静かな声が聞こえた。部屋の奥の奥にしつらえられた席に座っている女性、ヨニア・ロシィラ団長が一行の姿を認めたのだ。マリリは薄暗い部屋の中を奥に向かって歩くにつれて、団長の机のそばに副団長であるアルツァ・ミ・ホーが立っていることに気づいた。マリリはすこしほっとした。もしかすると、アルツァ・ミ・ホーが助け船を出してくれるかもしれない。
全員を代表して、ルナコが事情を説明した。ヨニア・ロシィラ団長は目をつぶって腕を組み、静かに話を聞いていた。マリリはこんなに長い時間、団長の顔を見続けたことはなかった。
ヨニア・ロシィラ団長は、たしか六十代後半の女性だと聞いている。しかし、今マリリの前に座っている女性は、とてもそのような壮女には見えなかった。確かに顔には多くのしわが寄っているが、全く張りがないというわけではない。頭にも白い物がいくばくか混じっているが、それを遙かに凌駕する見事な金髪が、彼女の年齢を不可解な霧の中に隠してしまっていた。そして何よりも、年齢を全く感じさせないその物腰が、彼女に無限とも思われる時間の財産を惜しみなくもたらしているように思われた。
一方、副団長であるアルツァ・ミ・ホーは、名実ともに若い女性だった。聞いたところでは、セブリカ組長よりたったの三つだけ年上なのだそうだ。かつてはセブリカと同じ組に所属し、あまたの依頼を堅実にこなし続け、現在の地位を手に入れたとされている。今でもセブリカとは交流があり、星屑組の面々も全く知らない間柄、というわけではなかった。
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