第3話 星屑組の失敗 5

 「そんな……」


 「あのババアがな」


 ヴァイドールは舌打ちをした。半マントの裾をぎゅっと握りしめて、天井を見つめている。


 「でもそのババアにも、報告しないといけないね。アタシ達があのババアを嫌ってるの知ってたから、セブリカがいつも応対しててくれたあるね」


 「そうですね」


 「しかし、いらいらするな。こうしてアタイらがぼーっとしてる間にも、セブリカが……」


 「あいやあ」


 「しかし、今は仕事が先決ですわ」


 「わかってるよ! お前ら、よく落ち着いていられるな!」


 ヴァイドールはすっくと立ち上がり、自分の武器を持って部屋の扉の方へすたすたと歩いた。


 「どこに行くあるか?」


 「もしかすっとセブリカが遅れてここにきてるかもしれねえだろ、捜しに行くんだよ」


 ヴァイドールは部屋を出ていった。高級な石造りの床は、ヴァイドールが乱暴に足を踏みならして歩いても、こつこつと上品な音を立てる。ヴァイドールの足音が小さくなって消えてしまってから、ルナコがため息をついた。


 「セブリカはこの宿の名前を知っているはずです。セブリカがこの街へ入ったならば、真っ先にここへやってくるはずですわ」


 誰も返事をしなかった。する必要がなかったからである。


 夜になって、ヴァイドールが帰ってきた。誰もが予想したとおり、セブリカは見つからなかった。一同はともかく今回の依頼を早く終わらせ、セブリカの救出に当たるべきだと考えていた。


 「もうアジトの場所はわかってるわけだしな。あいっつら、この前は手加減してやったが、今度は容赦しねえ。皆殺しにしてやるぞ」


 とにかく、この依頼が無事に終われば、セブリカを救出しにいける。気分がどん底だった星屑組に、ほんの少しだけ希望の光がともった。


 だが、悲劇はさらに続いた。

 日が変わり、王都への帰還路を急ぐ隊商とそれを護衛する星屑組の前に、再びセブリカを誘拐したと思われる盗賊団が姿を現したのだ。マリリはともかくとして、ヴァイドール達星屑組の面々はここぞとばかりに獅子奮迅の働きを見せた。

 だが、盗賊団は巧みにヴァイドール達を挑発して隊商から離れさせ、別働隊に隊商をおそわせたのだった。


 逃げ散る盗賊達をののしりながら星屑組が隊商のいた場所に戻ったときには、馬車は粉々に破壊され、商人たちは一人残らず惨殺されて街道のそこらに転がされていた。もちろん積み荷はすべて奪われ、価値のあるものは商人の衣服から馬に至るまですべて盗まれてしまっていた。


 「こんな……こんな」


 ヴァイドールも、このときばかりは本当に言葉を失ったようであった。だが、それはほかの者も同様だった。ルナコは滅多に見せない痛恨の表情を浮かべていたし、いつも陽気なウィスミンでさえ暗い顔をしていた。彼らでさえその調子であったのだから、マリリとアーナについては説明するまでもなかった。


 「これは……やられましたわね。どうやら、我々を狙っているという読みはずいぶん信ぴょう性を増してきたようですわ」


 「そうに決まってんだろぉ! くっそ、あいつらめ! ……よぉし、戦争だ! このままあいつらのアジトに乗り込んでいって、いっちょ派手にやらかそうぜ!」


 「待つねぇ……」


 無造作に森の中へ入ろうとするヴァイドールを、ウィスミンが背後から力無く呼び止めた。マリリが驚くほど、ウィスミンの声には覇気が感じられなかった。


 「な・ん・だ・よ」


 ヴァイドールが振り返った。返り血塗れの顔で、狼のように唇をめくりあげて怒りを露わにしている。


 「ひとまずは、王都に戻って、本部に報告しなければなりませんわ。……依頼は、失敗に終わったと」


 「くっ、この、てめえ、それでも……」


 真っ赤な顔で歯を食いしばりながら、ヴァイドールは代わって答えたルナコの胸倉をつかんだ。あたりに剣呑な雰囲気が広がり、マリリとアーナがとまどいながらヴァイドールに近づいた。だがルナコは毅然とした顔でヴァイドールを見直し、押し殺した声を出した。


 「今は仲間同士で争っている場合ではありませんわ、ヴァイドール。黒い男達が憎いのは、あなたも私たちも同じです。今は私たちの業務の本分を、全うしなければならないのです。たとえこのまま女神団を抜ける道を選んだとしても、けじめだけは付けなければなりませんわ」


 「……そいつはお前の国の人間の考え方だぜ」


 とはいえヴァイドールはルナコの着物から手を離して、がっがっと地面を蹴りだした。理屈は理解できたらしい。


 マリリは驚いていた。ルナコが女神団をやめることまで言い出すとは、思いも寄らなかったからだ。だが、周りを見回しても、別段驚いた顔をしている者はいなかった。ほかの仲間達にとってセブリカはそれほどの存在であるのだろうし、たとえ女神団を抜けたとしても、その後の生活を何とかやっていける算段が皆にはあるのだろう。マリリは女神団に所属していない自分など、想像もできなかった。彼女は目の前が暗くなるのを感じた。


 「これから、どうするんですか?」


 アーナの質問がマリリの物思いを破った。アーナはルナコに指示を仰いでいた。セブリカがいなければ、やはりルナコがリーダーという事になるのだろうか。


 「とにかく街に戻りましょう。いやでしょうけれども、馬車の残骸で担架をこしらえて、お客様達を運ばなければ。ウィスミン、マリリ、仕事にかかってください」


 皆は文句も言わずに作業にかかった。照りつける太陽のせいで、商人たちの死体は早くもいやなにおいを放ちだしていたが、馬もない今となっては、ほかにどうすることもできなかった。マリリは半泣きになりながら、二つの死体を乗せた急ごしらえの担架を、ルナコとともに持って進み出した。もう一つの担架をウィスミンとアーナが持ち、ヴァイドールは三人分の死体を乗せた担架を引きずりながら運んだ。


 マリリが星屑組に編成されて以来の、最悪の出来事だった。マリリとアーナが泣きじゃくっても、誰も注意する者はいない。普段であれば、セブリカがたしなめの言葉を口にしているはずだ。マリリ達は、意外な形でセブリカの存在の大きさを再認識させられた。


 それから一日半ほどしてやっと、マリリ達は王都にたどり着いた。ルナコが一等級の通行証を門衛に見せると、衛士達はしぶしぶながら都の通用門を開け、全員を通した。通りにいる人々が星屑組のやつれ果てた風貌と腐敗臭に引き寄せられ、一行を指さし何事かささやきあった。

 だが、一行には見物人を気にかけている暇などなかった。誰も口を開かないまま、ただひたすらに女神団本部の建物を目指した。

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