第3話 星屑組の失敗 4
マリリ達はそこら中をくまなく探し、ほかの隊商や旅人のじゃまにならないよう、死体を森に捨てながら、セブリカを探した。だが、すべての馬車の幌をめくり、さんざんセブリカの名を呼んだにもかかわらず、とうとうセブリカの姿を目にすることはできなかった。不安がる商人や御者達を半ば無視して、五人は途方に暮れた。
「それじゃセブリカを最後に見たのは、マリリあるな?」
「うん。でも、あたしもすぐに後ろの方に行っちゃったから……」
「しかしこれじゃ、身動きとれねえぜ。セブリカが戻ってくるまでここで待ってんのか?」
「あの、ひょっとしたら……」
アーナがおずおずと手を挙げた。全員がアーナに目を向ける。
「なんだ、アーナ?」
「あの、もしかしたらですけど……。セブリカ組長、盗賊に誘拐されちゃったんじゃないですか?」
全員の動きが止まった。アーナ以外の誰も、その可能性に全く気づいていないなかったのだ。ルナコは目をつぶり、そのほかの仲間は目を見開いてアーナを見つめた。
「はは、アーナ、笑えねえぜ、それ……」
「でも、これだけ待って帰ってこないところを見ると……」
「あり得ない話じゃないあるな」
ウィスミンが腰に手を当てて言った。その表情にふざけた調子は全くない。
「ふざけんなよ、ウィスミン、お前まで……」
いつもの覇気がないまま詰め寄ると、ヴァイドールにひるむことなくウィスミンはヴァイドールの目を見据て答えた。
「ヴァイドールも気づいてるね」
「気づいてるって、何を?」
マリリがほかの三人の誰にでもなく聞くと、ヴァイドールはしばらくルナコとウィスミンの顔を見ていたが、ルナコが目を閉じたまま動こうとしないので、仕方なく口を開いた。
「アタイもまさかと思ってたんだが……。今日はバラバラの服装だったんで最初はわからなかったんだけどさ……」
「けど、どうしたんですか?」
「あいつらの顔、見覚えがあったんだよな。たぶん、……黒ひげ王国の奴らだ」
マリリとアーナが眉根を寄せた。ヴァイドールが口にしたその組織名には、聞き覚えがあったからだ。
「それって、この前の……」
「うん、こないだの救出依頼だ。盗賊団のアジトまで乗り込むなんて、滅多にないことだからな。ひょっとしたら、根に持たれてたのかもしれねえ」
「でもそれって、あたし達が狙われてたってことですか?」
アーナが勢い込んで言うと、今まで黙っていたルナコが目を開いて答えた。
「ええ、その可能性はありますわ。いえ、ほぼ間違いないでしょう。黒ひげ王国の手口には、街道での略奪行為だけではなく、誘拐も含まれます。セブリカが誘拐されたというのも、あり得ない話ではないと言うことです。しかし、とりあえず今は……」
「今は、何だよ」
「仕事の方が、先決ですわ。お客様に説明して、馬車を動かしましょう」
全員納得はできない様子だったが、任務遂行の方が大事だということも知っていた。ともかく馬車は動き出したが、一行は沈痛な面もちを隠せなかった。商人たちも傭兵達も、誰一人として口を開かない行程が続いた。主人を失ったセブリカの馬にはアーナが騎乗し、マリリは三台目の馬車の御者席に座って警備に当たった。
その日は何事もなく過ぎ、夜遅くになって目的地の街へ着いた。商人たちは事の成り行きを知っているため、不満を漏らさなかった。一行は里へ帰る娘を実家へと送り届けた後、宿へと向かった。商人が用意してくれた宿は最高級のもので、部屋も全員分の個室が用意されるという待遇だったが、星屑組の意気は下がったままだった。
マリリとアーナはともかくとして、ヴァイドールですら夕食を済ませると酒の壺二瓶ほどをつかんで、さっさと自分の部屋へ戻ってしまった。ほかの者もしばらくは宿の食堂でじっとしていたが、やがて一人また一人と部屋へ戻っていった。
今後の方針については誰からも話されなかった。
その次の日も、星屑組の雰囲気は暗いものだった。部屋は広いが、それで心が浮き立つはずもない。マリリは豪華な朝食を済ませた後に、部屋に備え付けのこれまた絢爛な古代王朝風浴室を試してみたが、気持ちは沈んだままだった。
ベッドに横になり、昼食も忘れて横たわっていると、アーナがマリリの部屋に入ってきた。アーナは軽食と飲み物を抱えていた。
「暇だから」という理由で二人はベッドの上で木製のカード遊びを始めた。だが、カードに夢中になれるはずもなく、二人はどこか上の空だった。マリリはまだアーナが自分に対して怒っているのか気になったが、どうしても聞けなかった。
しばらくすると今度はルナコが部屋に入ってきて、窓のそばにあった椅子に座った。マリリもアーナもルナコが何か話し出すのではないかと思ったが、ルナコはじっと窓の外を見続けていた。
今度はウィスミンが部屋にやってきた。ウィスミンはベッドに座り、二人のカードの動きをじっと見つめた。ルナコを同じく、ウィスミンも口を開かない。
最後にヴァイドールがやってきた。ヴァイドールも自分の部屋で入浴したらしく、前髪がまだ濡れていた。だが格好はいつもとおなじく肌も露わな鎧着で、いまだに半マントをはずさずに羽織っていた。
「よお、みんなここにいたのか。どこに行ったのかと思ったぜ」
「あなたこそ、今日は外出しないのですか。今日一日は、自由行動ですよ」
「……アタイは、やりたいようにやるさ」
そういうと、ヴァイドールはふかふかのソファにごろりと寝転がった。手に持っていた巨大な愛槍が、手から放れて毛の長い絨毯の中に埋もれた。
しばらく、誰も口を利かなかった。窓の外から聞こえる通りのざわめきと鳥の声、それにマリリとアーナがカードを繰り出すぱしぱしという音しか聞こえない。だが、沈黙に耐えられなくなったのか、ヴァイドールがつぶやくように言った。
「……これから、どうするんだ? 王都に戻ってから、セブリカを捜すのか?」
誰も口にしなかった話題を、ヴァイドールは遠慮なく出した。
「そういうことになりますわね。もっとも、誘拐が初めから彼らの魂胆だったとすれば、私たちが戻る頃にはもう女神団本部に彼らからの犯行声明、交換条件が出されているかもしれませんわね」
「誘拐が目的だったらな。……もしそうだったら、本部はいくら金を出すかな? うちの組長ってのは、どのくらい大事なんだ?」
「おそらく、アルツァ・ミ・ホーであれば、セブリカを助けようとするでしょう。……しかし、団長はセブリカを切り捨てるのではないでしょうか。我々一部隊がもたらす今後の働きよりも、〈黄昏の女神団〉は賊の要求には屈しないと言う姿勢を世間に示す方が、あの方にとっては重要性があるように思われますわ」
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