第3話 星屑組の失敗 3
確かに、前方からも戦いの音が聞こえる。馬達は尋常ならざる雰囲気におびえて鼻息荒く足を踏みならしているが、馬車の金具に押さえつけられてその場を動くことができない。マリリは内心、またルナコか誰かがほかの場所へ行ってくれと指示してくれればいいなと不謹慎なことを思いながら、心持ちゆっくり走った。走っているうちに、戦闘が終わってくれるかもしれない。
「うおっ、女か! へへ、剣なんか持ってやがる!」
マリリの目の前に、突然一人の盗賊が立ちはだかった。横に広がる森の中に潜んでいたのだ。まだ若いその盗賊は、マリリを見ていやらしい笑みを浮かべた。女神団の傭兵達と対峙する賊のたぐいは、たいていこういった反応をする。まず軽い驚き、そして笑いと油断。だがほとんどの場合、ほどなくすると彼らは驚きの表情を浮かべたまま地に倒れていくことになるのだ。
マリリは仕方なく剣を構えなおした。すると目の前の若い男も笑ったまま剣を構えた。にやにやと笑いながら剣を繰り出す。マリリをすぐに殺すつもりではないことがはっきりとわかる、甘い剣先だ。
マリリは男にからかわれていることがわかったので、少し腹立たしくもあったが、かえって助かったかもしれないとも思った。目の前にいるこの盗賊としばらく戦っていれば、たぶんほかのみんなが盗賊を追い払ってくれるだろう。そうすれば今回の依頼も何事もなく終わってくれる。相手を傷つけないように、もちろん自分も傷つかないように、マリリは若い盗賊が繰り出す剣の動きに、なるべく翻弄されているように見せかけながら戦った。
「ほらほら、かわいこちゃん。足がふるえてるぜ。おっと、よく受け止めたな。これならどうだ?」
盗賊はすっかりマリリをからかっているつもりで、調子に乗り始めた。だが、ここぞというときに限って、マリリを転ばすためにけり出した足をよけられたり、剣を持っている腕をつかもうと伸ばした腕が空をつかんだりするので、何かがおかしいとも感じ始めたようだった。
しばらくそのまま戦っていたが、なかなか戦闘状態が終わらないので、マリリは焦りだした。まさか星屑組の仲間達が盗賊団などに後れをとるなどとは思わなかったが、いつもは、戦闘がこんな膠着状態に陥ることなど滅多にないのに。ちらりと森の方に目をやると、盗賊達が次から次へと姿を現している。様子を見ながら人海戦術を行っているらしい。
「あーうっとおしい! お前ら、いい加減にしろよ!」
後ろの方から、ヴァイドールの怒鳴り声が聞こえた。ヴァイドールも、きりがない盗賊の襲来に嫌気がさしてきたらしい。マリリは心持ちあきれ顔でため息をついた。だが、目の前の盗賊はそれをマリリの戦意の喪失と勘違いしたらしく、さらににやけた顔でマリリを圧倒しにかかった。
「もう!」
マリリもさすがに目の前の男の顔を見飽きたので、隙をついて男の股間に思い切り蹴りを見舞うと、再び隊商の後方へ駆けた。後ろを振り返らなくても、男がその場にうずくまってもだえていることはわかる。
「だー! お前ら、アタイ達が女神団の星屑組だってこと、わかってんのか? いくら新手を呼んでも、無駄だっつーの!」
「何だと?」
ヴァイドールのその言葉を聞いたとたん、盗賊達の顔つきが変わった。そしてそれが合図ででもあったかのように、堰を切ったように盗賊達は森の中へ逃げていった。
「な、何だあいつら……」
マリリが最後尾に駆けつけると、ヴァイドールは絶句していた。盗賊達のふがいなさとあっけなさに驚いているようだ。落ち着かない馬の首をたたいてなだめると、ヴァイドールは地面に矛槍を突き刺して馬から下りた。
「マリリ、ケガはないあるか?」
血に染まった湾刀の刃を布で拭い、腰のさやに収めてからウィスミンがマリリに近づいてきた。血に染まっていた剣と対照的に、ウィスミン自身には血のしみ一つついていない。全身返り血まみれのヴァイドールとは大違いだ。
「うん、大丈夫」
自分の小剣には汚れ一つついていないことを気にしながら、マリリも剣をさやに収めた。ヴァイドールが地面に刺さった槍を抜き、ぼりぼりと頭をかいた。
「しかし、拍子抜けしちまったなあ。アタイらの名前出しただけで、これだ。なにを考えてるんだ?」
本当に、もう少し早く名乗りを上げてくれればよかったのに。マリリはそう思ったが、声には出さず、ヴァイドールに向かって頷くだけにとどめておいた。
「よぉし、じゃあ確認だ。たぶんケガ人はいないだろ。とりあえずお客さんを安心させて、先を急がないとな。だいぶ足止めをくっちまっただろ? セブリカー!」
ヴァイドールは隊商の前方に向かって叫んだ。だが、返事はない。
「聞こえてないのか? セブリカー! くみちょー! ……おい、行こう」
ヴァイドールは馬の手綱を引いて隊商の前方へ向かった。マリリとウィスミンもそれに続いた。五台の馬車が、狭い街道の中で右や左を向いているので、見通しが悪いことこの上ない。それでも三台目の馬車の御者席のあたりまできたとき、前方から馬に乗ったルナコとその馬の手綱を握っているアーナの姿が見えた。
「よぉ。セブリカを見なかったか?」
ヴァイドールがきょろきょろしながら聞くと、ルナコとアーナは首を振った。
「おかしいですわね。セブリカは私たちに前の方で戦っているようにと指示して、後方へ下がって行かれましたけれど。一緒にお仕事していたのではありませんの?」
「いや。アタイらにも後ろでやってろって言って、前の方に向かってったぜ。だから、たぶんこの辺でやってたんじゃねえのか?マリリ、なんか知らねえか?」
「えっ? あ、うん、あたしが馬車から降りたときは、この辺で戦ってたけど……」
足元を見ると、何人かの盗賊の死体が転がっていた。どの死体も一様にのどを刺し貫かれた後があり、未だにどくどくと血を流しているものもある。間違いなくセブリカの仕事の跡だ。
「まさか、花でも摘みに森に入ったわけでもなし……」
マリリ達はそこら中をくまなく探し、ほかの隊商や旅人のじゃまにならないよう、盗賊たちの死体を森に捨てながら、セブリカを探した。だが、すべての馬車の幌をめくり、さんざんセブリカの名を呼んだにもかかわらず、とうとうセブリカの姿を目にすることはできなかった。不安がる商人や御者達を半ば無視して、五人は途方に暮れた。
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