第3話 星屑組の失敗 2

 「そういうわけでな、昨日は悪かったよ。気にしないでくれ」


 「ううん、あたしこそ悪かったの。ごめんなさい」


 「うん。組の負けは全員の責任だよな。……それよりマリリ、何か悩んでることがあるんだったらな」


 マリリが再びヴァイドールの顔を見ると、そこには本当に困ったような表情を浮かべたヴァイドールの顔があった。


 「えーと、組長かルナコにでも相談しろよ。うん、一応はアタイよりも年上だしな。そういうわけだ」


 ヴァイドールはかしこまった顔でうんうんうなずきながら、馬車の後方へと姿を消した。後方の警備についたのだろう。


 マリリは馬車の中へ戻り、時間が過ぎるのを待った。移動する隊商を護衛する仕事は、なにかしらの問題が発生しない限り、待っているだけで任務完了となる。


 馬車の中では白い服を着た中年の商人達が安い宝石を使った陣取り遊びに興じており、時折笑い声や舌打ちが聞こえた。実家に帰る予定の娘はうつむいてなにかの本を読んでいた。アーナの姿は見えないので、おそらく御者席にいるのだろう。


 マリリは荷物の間に腰を下ろして、時間が過ぎるのを待った。


 なにもすることがないと、自然に物思いに沈んでしまう。揺れる馬車の中で、マリリは様々なことを考えた。


 ヴァイドールが怒っていないことはわかったが、自分自身の問題が解決したわけではない。自分はまだ、仲間の足を引っ張るかもしれない状況にあるのだ。


 今度、誰かと闘わなければならない状況になったら、自分はちゃんと働けるのだろうか。マリリは、次の機会にしっかりと役に立つことができなかったら、今度こそ星屑組の皆に愛想を尽かされるのではないかという気がしていた。


 本当にセブリカなりルナコなりに相談でもしてみようか。しかし万が一、話が自分の退団の方向へ向かいでもしたら、自分はどうすればいいのだろう。ずっと女神団の中で育ってきたマリリにとっては、傭兵以外の職に就くことなど、想像もできなかったのだ。


 とにかく、今はこの依頼が静かにすぎてくれればいい。往路でまる一日、目的地で商談に一日、そして帰りに一日。この三日間なにも事故が起こらなければ、この依頼は終了となる。そして多額の報酬を受け取れば、きっとセブリカはいつものようにまるまる二週間休暇をくれるだろう。そのときになれば、きっと何とかなる。マリリは無責任に、自分の問題を後回しにした。


 とにかく今回の依頼で、何事も起こらなければ、何とかなる。なにも起こらないでほしい。マリリが神か誰か知らない存在に向かって祈り始めた瞬間、それは起こった。


 「盗賊団だ! みんな、武器を持て!」


 はっきりとしたセブリカの声が聞こえ、馬のいななきがそれに被さった。がくんと馬車が止まり、マリリの乗っている馬車の中に動揺が走った。


 馬車の中の商人たちが落ちつきなくマリリを見つめる。マリリは一瞬、このまま馬車の中に残ってことの成り行きを見守ろうかとも考えたが、馬車の外から盗賊達の鬨の声やそれを迎え撃つ仲間達の声、鉄と鉄がぶつかり合う音などが聞こえ始めると、いそいで幌をめくって馬車の外へ降り立った。


 「おお、マリリ、ここはいいから、後ろの方へ回ってくれ!」


 マリリの乗っていた馬車のすぐ横で、馬上のセブリカが二人の徒歩の盗賊と戦っていた。セブリカは細い長剣で盗賊達を威嚇しており、すぐにやられそうには見えない。マリリは返事もそこそこに馬車の横を走り抜け、隊商の後方へ駆け足で向かった。


 馬車を二台通り過ぎるまで、男達の姿は見えなかった。どうやら、おそってきた盗賊団はそんなに大きな組織ではなかったらしい。爆発しそうな鼓動を無視して、マリリは走った。今までに何度も盗賊団とは遭遇しているが、マリリは未だに盗賊の突然の襲撃に慣れることができなかった。


 隊商の最後部では、数人の盗賊達が、ヴァイドールとウィスミンによって苦戦を強いられていた。ヴァイドールは馬の上から巨大な矛槍をぶんぶん振り回し、なかなか盗賊達を近づけさせないし、ウィスミンは反り返った半月刀を使って盗賊のうちの何人かをすでに切り伏せてしまっていた。このあたりの盗賊達は街道の横に広がる深い森の中に身を潜めているのが常なので、馬に乗っていることは少ない。この盗賊達もそうだった。


 馬に乗ったせいでヴァイドールの動きは普段の倍ほどの激しさになっており、マリリはなかなか近づけなかった。すぐ近くで戦っているウィスミンに、よく被害が及ばないものだ。


 マリリが二人に何とか声をかけようとしたとき、馬車の反対側の森の中からさらに幾人かの気配が感じられた。マリリが振り返ると、今まで見た数は倍ほどの盗賊たちが森の中から姿を現し、じりじりと馬車の方へ近づいてきた。


 マリリは小剣を抜いた。剣の先のやや反っている部分が、日光を浴びてきらりと光った。近づく盗賊達の顔に笑みが広がる。マリリをみて、おもしろい獲物が手にはいると考えたのだろう。盗賊達は最後尾の馬車を半円で囲むように近づいてきた。


 「おっ、本隊が出やがったな!」


 新手の姿をとらえたヴァイドールが、目の前の敵を一振りで蹴散らし、馬首を返して比較的人数の多い方へ駆け出した。


 「うらうらうらぁー! おっ、マリリ!」


 ヴァイドールがマリリに気づいた。マリリに向かって片目をつぶってから、盗賊達を蹴散らしにかかる。盗賊達は、護衛がすべて女性だと思って甘く見ていたところが、結構手強いどころか、かなりの強敵だと理解して驚きを隠せない様子だ。


 「マリリ、ここはアタシらに任せてもらっていいね! 前の方が危ないね! お客さんの安全が第一あるよ!」


 ウィスミンが華麗に盗賊達を切り倒しながら、マリリに指示を出した。マリリは仕方なく今度は隊商の前方へ向かった。範囲の広い戦いの時には、こういう風にたらい回しにされることがよくある。しかしこれは、マリリが足手まといだからではなく、戦力としてきちんと計算に入れられているからだ。

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