第3話 星屑組の失敗 1

 次の日の昼下がり。


 マリリ達星屑組の一行は大型の馬車に揺られ、王立街道を北へ向かっていた。

 〈鋼の問い〉が終わったばかりだというのに、星屑組のリーダーであるセブリカが早々と団本部から護衛の依頼を受注してきたのだ。例によって星屑組の構成員たち、特にその中の二人は露骨に不満を漏らしたが、依頼そのものに異議を唱えはしなかった。


 マリリにとっては、この早朝の出発はありがたいものだった。〈鋼の問い〉であのような失態を演じてしまったので、女神団のほかの組の人間と顔を合わせたくなかったのだ。特に星組の人間とでも顔を合わせてしまったら、彼女ら、中でも組長のベローニカはきっと自分を物笑いの種にしてからかうだろう。マリリはそう想像するだけで、顔が赤く火照ってくるのを感じるのだった。


 今回の依頼は、女神団に舞い込んでくる依頼の中ではもっとも一般的な、隊商の護衛任務だった。


 女神団や王立軍が居を構えている王都内部ならばまだしも、ひとたび都の外へ足を出せば、そこは未だ盗賊、山賊などが徘徊する無法地帯が広がっているのだ。

 この時代、都市をまたぐような貿易を行う商人達は、自分の身は自分で守るしかなかった。もっとも、各国の大都市の太守たちは自分の身を守ることにかかりきりで、外部までに目を向ける余裕がないという現状もあったのだが。


 偶然にも、この隊商の中には、先日星屑組が助け出した、富豪に仕えていた二人の下女のうちの一人が乗り込んでいた。娘が死んでしまったことによって仕事がなくなり、暇を出されてしまったのだ。ちょうどこれから隊商が向かう都市に娘の実家があるため、商売のついでに娘を送ることになったらしい。


 その娘はマリリが世話をしていた小さなメディコではなかったため、マリリは心配になって、その下働きの娘にメディコの事を聞いてみた。


 「あの子はお嬢様と特別仲がよかったために、今は旦那様はあの子を可愛がっています。旦那様はお嬢様のことをあの子に聞き、あの子が話すことを逐一本物の紙に記録されています」


 暗い顔で話す娘の話を聞いて、マリリはほっとした。少なくとも、メディコは現時点では不幸な境遇にはないようだ。召使いの娘は特にマリリと話したがる様子も見せなかったので、マリリはそっとしておくことにした。仕事がなくなって、意気消沈しているのだろう。もしかすると、実家に戻っても、またほかのところへ働きに出される予定なのかもしれない。そんなことを考えながら、マリリは馬車の幌をめくって後部へ移動し、一番後ろにしつらえてある腰掛けに座った。


 馬車は四頭だての標準的、やや豪華な幌付きの荷馬車で、五台が一列に並んで街道を走っていた。マリリが座っているのは真ん中の人間用の馬車で、富豪の部下の商人数人と、実家に帰される娘、それにマリリとアーナが乗り込んでいた。前後の四台の馬車の中には、貴金属や上布、希少な嗜好性の強い食料品をはじめとした貿易のための物資が積み込まれているはずだった。当の富豪は、貿易の指示を出しただけで実際には商売の現場には携わることはないようだ。しかしそれは、この時代ではごく当たり前のことだった。


 星屑組のほかの仲間達は隊商の一番前や一番後ろ、その周りをぐるぐる馬に乗って回り、警護に当たっていた。女神団の団員たちは、入団直後の訓練期間で乗馬に関する技術も叩き込まれる。今は馬車の中に座っているマリリとアーナも、乗馬の技術は並みに備えていた。


 マリリは後ろの馬車の馬の動きをぼうっと眺めていた。馬を操っている御者は、職務に忠実な男らしくマリリの方をちらとも見ようとしなかった。規則正しい馬の足並みの動きに目をとられているうちに、マリリはだんだん眠くなってしまった。


 「よう!」


 うとうとしていたマリリに誰かが元気な声をかけた。マリリは驚いて右手で支えていた頭を起こし、声がした方へ目をやった。


 「あ、うん」


 栗色の大きな雌馬に乗ったヴァイドールがマリリのすぐそばまで来ていた。歩調を馬車に合わせ、マリリに向かって笑いかけている。今朝から、マリリは何となく気まずくてヴァイドールの顔をまともに見られないでいた。ヴァイドールの乗っている馬の足の動きに目をやっていると、ヴァイドールが話しかけてきた。


 「どうだい、調子は? マリリ」


 「うん、まあ……いつもと同じ」


 ヴァイドールはごほんと咳払いを一つし、口調を変えた。


 「あー。……昨日は悪かったな、怒鳴ったりしちまって」


 「う、ううん、そんな……」


 マリリが顔を上げると、ヴァイドールは決まり悪そうな笑顔で豊満な胸の谷間をぼりぼりとかいていた。あまりに夢中でかきむしっているので、胸にいくつも赤い筋がついているのに気がついていないようだ。


 「昨日はのぼせあがっちまってたもんで、見境がなくなっちまってたんだけどさ、よく考えるとアタイも星一つ落としてたんだよな。ははは」


 ヴァイドールはぎこちなく笑った。マリリも申し訳程度に笑顔を見せた。


 「アタイさあ、今借金しててさあ……。遊びに行くたんびに酒とか、メシとか、宝石とか、服とかさあ。あ、男はタダだけどな。きししし」


 マリリが理解できないといった意味のしかめ面を見せると、ヴァイドールの笑い声はさらに大きくなった。


 「この前ちょっと言ってた男の人?」


 マリリが聞くと、ヴァイドールはきょとんとした顔でしばらく歩を進めていたが、不意に大声で笑い出した。


 「うん、まあな。あいつもタダみたいなもんだったな。いい男だぜ。しつこくないしな」


 「その人と結婚するの?」


 ヴァイドールは一瞬眉をひそめてマリリの方をまじまじと見たが、マリリの表情にはふざけた色がみじんも見受けられなかったので、またしても大声で笑って、しきりに手を振って返事の代わりにした。


 「にゃははは。そいでアタイ酔っぱらうと見境なく賭事にハマっちまうからさあ。いっつも借金取りに見張られてるんだよ。今日は早朝の出発でよかったぜ。ま、結局全部自分のせいなんだけどな。だっはっは」


 「そうだったの……」


 詰まるところそれはヴァイドールの自業自得だったのだが、マリリは少なからず気の毒に思った。しかし、例えば自分が借金の肩代わりを申し出たとしても、ヴァイドールはおそらくそれを断るだろう。マリリは使われることのないまま、自分の部屋の物入れの中に入っている多額の報酬の硬貨袋たちに思いを馳せた。


 「借金のことだけじゃなくて、最近いろいろごたごたあってさあ。ちょっとむしゃくしゃしてたんだよ。今はちょっと落ち着いてるけどさ」


 「それも何か関係あるの?」


 マリリはヴァイドールがずっとつけ続けている半マントを指さした。ヴァイド-ルはずっと肩と背中を隠し続けていたのだ。


 「え? いや、うん、まあな。そのうち話すさ」


 ヴァイドールは心なしかにやにやしながら馬を進めていたが、再び口を開いた。


 「そういえば、ウィスミンも、借金してるんだよ。あいつ、遊び好きな割に田舎に仕送りとかもしてるだろ? 毎月送れない分はさ、街の金貸しに貸してもらってさあ。聞いたら、こないだの大会の準優勝の賞金で、それがとんとんになるはずだったんだってよ。本当に頭にきてんのは、あいつかもしれないなあ」


 「……」


 ウィスミンまでが借金をしていたことは、マリリは知らなかった。普段よけいなことは人一倍話す彼女だが、自分のことや故郷の事は全くといっていいほど話さなかったのだ。マリリはウィスミンにもすまなく思った。

 しかし、万が一ウィスミンに謝ったとしても、ウィスミンは「何のハナシあるか?」などといってはぐらかしてしまうに違いない、とマリリは考えた。

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