第2話 〈問い〉の答え 4

 「残りの二試合、見なくていいんですか?」


 「……むむ? お前、もごもご、ルナコが予選で負けるとでも思ってんのか?」


 「い、いえ……」


 選手用に用意された食事を何人分もほおばってご機嫌のヴァイドールを見ながら、落ち着かない様子でアーナが質問した。食堂の長机に並べられている選手達の昼食をヴァイドールとウィスミンが勝手に平らげていくのに対し、マリリとアーナは自分たちに割り当てられたスープにすら手を着けていない。


 「心配ないよ~。たぶん、今年もウチが優勝するね。たぶん、うーん、最後は三対二でウチの勝ちあるねえ」


 「何で三対二なんだよ」


 ヴァイドールが一瞬、口に食べ物を運ぶ手を休めて、ウィスミンに聞いた。


 「アタシとヴァイドールが星組に負けるからね」


 ウィスミンがにやにやしながら、向上心のかけらもないせりふを口にした。ヴァイドールだけでなく、マリリとアーナも目を丸くしてウィスミンを見た。


 「ぬ……ぬぁんだとぅ! アタイが負けるってぇ? ウィスミン、お前も手ぇ抜く気かよ!」


 「運命ね」


 ウィスミンは、南方出身の人間独特の口調で、今度はにこりともせずに言ってのけた。これ以上は言い合っても無駄だと思ったのか、釈然としないながらも、ヴァイドールは食事の手を再び動かし始めた。


 「まあ、それでもアタイらが優勝するのは間違いないって事だな。何しろこっちには倍率女王様がついてるんだからな」


 ヴァイドールは話題をずらした。ウィスミンの謎の問答に付き合うよりも、マリリをからかう方がおもしろいと思ったのだろう。だが、当のマリリは下を向いたまま、ヴァイドールのからかいにつきあう気はないようだった。いつものように、マリリの困った返事が返ってこないので、ヴァイドールは訝しんだようだったが、対して気にとめた様子もなく食事を再開した。


 やがて予選を終えたルナコとセブリカがマリリ達の元へやってきた。ルナコは服装を正し、汗一つかいておらず、息一つ乱れてもいない。


 「勝ったんですか?」


 二人の姿を認めたアーナが席を立って聞いた。セブリカが一同に頷いてみせる。アーナとマリリがほうっとため息をつき、ほかの人間はさもありなんといった体でうんうんと頷いた。


 「今日は思いのほか大会の進行が速く進んだらしい。例年と違い、優勝戦までは勝ち抜き戦ではなくなったそうだ。つまり、試合に出場する五人全員が剣を握らねばならないということだ。それは相手側にとっても同じ事だが、我々には有利な材料になるだろう。一人あたりの疲労を少なく抑えられる。例年よりも冒険ができるわけだ」


 ヴァイドールとウィスミンが食事の手を再び止めて、セブリカの言葉を待った。セブリカがなにを言っているのか、一瞬理解できなかったのだ。


 「優勝決定戦までの決勝の出場手番を発表しよう。まず先鋒にアーナ、次鋒にヴァイドール、あとはルナコ、ウィスミン、マリリの順だ。決勝まで私は休ませてもらうぞ。……アーナ、お前は公式戦は初めてだろうが、緊張することはない。普段通りやれば大丈夫だ。いいな?」


 「は……はい!」


 自分が選ばれた驚きに、目を大きく見開きながらも、アーナは元気よく立ち上がって返事をした。頬が紅潮している。それを見たセブリカの表情が、わずかに笑いの形に崩れた。だがそれはほんの一瞬の事だったので、それに気づいた者はほぼいなかった。


 「マリリが大将かよぉ」


 ヴァイドールがにやにやしながら誰に言うでもなく口にした。まだ懲りずにマリリをからかおうとしているのだ。しかし、マリリが何か返事をしないうちに、セブリカが口を開いた。


 「黙れ、ヴァイドール。それとも、お前が大将をつとめるのか? 小剣においての対決で、お前はマリリに勝てる自信があるとでも言うのか?」


 この言葉には、さすがのヴァイドールも口を閉ざさざるを得なかった。目を見開いて、眉根を寄せ、セブリカをにらみ据える。ヴァイドールは歯をむき出して狼を思わせるうなり声を出した。数秒間、不穏な空気があたりにただよった。マリリとアーナは思わずびくっと身をすくめ、ウィスミンはにやにや笑いを崩さない。セブリカとルナコは全く動じていないのか、無表情でヴァイドールを見返していた。


 「わぁったよ、もう! 冗談じゃねえか。はい、はい! 確かにマリリには勝てねえよ! わー!」


 結局、ヴァイドール自身がその緊張した空気を破った。両手を頭の上に上げて、降参の仕草をしてみせる。

 アーナの緊張がゆるみ、マリリは傍目にもわかりすぎるほど力を抜いた。思わず椅子の上にへたりこんでしまうところだったが、それはかろうじて免れた。ヴァイドールはマリリに向かって片目をつぶって見せ、照れ隠しにマリリにだけ笑いかけた。マリリはそのとき、ヴァイドールがいつもの肌も露わな格好ではなく、肩全体を覆うように赤い半マントを着込んでいることに改めて気づいた。


 「よし、ならばほかの者も異論はないな? ……では出かけよう」


 セブリカがマントを翻し、再び試合場に向かうと、あとの者も静かに続いた。気がつくと、食堂の中には星屑組のほかには誰の姿も見えなかった。




 その数分後、マリリ達星屑組の面々は、決勝一回戦目の対戦相手となった〈赤組〉の出場選手達と対峙していた。優勝候補である星屑組の表情に対し、赤組の選手達の顔には著しい緊張の色が現れていた。


 「それでは、これより〈鋼の問い〉決勝の第一回戦、星屑組対赤組の試合を執り行う!」


 大会内のあらゆる試合の審判をつとめている副団長アルツァ・ミ・ホーが決勝戦の開始を告げた。途端に、客席からはまたしても嵐のような歓声が溢れかえる。圧倒的に星屑組に対する応援が多い。それだけ、星屑組に大金を賭けている人間が会場の多数を占めているのだ。


 「それでは先鋒の者、輪の中心へ!」


 アルツァ・ミ・ホーの言葉に従い、先鋒の選手である星屑組のアーナと赤組の大きな女戦士が円形の試合場の中心へ進んだ。闘技場のすべての関心が、二人の戦士に注がれた。


 「アーナ、がんばって……」


 マリリが誰にも聞こえないくらいの小声で、そっとつぶやいた。アーナは、目に見えて緊張していた。おそらくは、今自分がどこに立っているのかもわからないのではないか。

 だが、自分が大声で応援すると、かえってアーナの集中力を乱してしまう結果となりうることもマリリは承知していた。彼女はどうすることもできず、ただ両手を握りしめた。


 「アーナァ! 気合い入れてけよぉー! 星屑組が初戦敗退なんて、笑い話にもならねえからなぁ!」


 だが、マリリのすぐ横では、ヴァイドールが遠慮なしにアーナに檄を飛ばした。そのせいでかえってアーナの緊張は高まってしまうようだった。試合場から少し離れているマリリの位置からも、アーナの足ががくがくとふるえているのがわかった。


 与し易い相手と相対した幸運に、赤組の先鋒である大きな女戦士の顔が思わずほころぶのが見えた。それを見たアーナはさらなる不安に駆られたらしく、泣き出しそうな顔をして仲間の方を振り返ったが、ふとマリリと目が合うと、たちまちに表情を硬化させて相手選手の方へ向き直った。マリリは少し胃が痛むのを感じたが、二つ上のアーナの自分に対するライバル心が、結果的に役に立ってよかったと考えることにした。


 「両者とも、構え!」


 アルツァ・ミ・ホーが、アーナとその対戦相手の構えている小剣の切っ先をつまんで合わせ、両者の位置を確かめた。アーナと大柄な女戦士が視線を交わすと、闘技場全体が、一瞬、しん、と静まり返った。

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