第1話 星屑組参上! 5

 「一仕事終わって浮かれるのもいいが、あと二週ほどしたら、すぐに剣術大会が開かれることを忘れてはいないだろうな? 己の力を過信していると、痛い目を見る。日々の鍛錬を怠ることのないようにな」


 という、セブリカのたしなめにもヴァイドールはひるむことはなかった。寝ころんだ姿勢のまま馬車の中でごろんと向きを変え、手を伸ばしてマリリの頭をつかみ、自分の懐に抱え込んだ。


 「だーいじょうぶだって! こっちには〈剣聖〉様がついてるんだからな! やばい形になったときは、このマリリちゃんを出しときゃまちがいねえって! な、アーナもそう思うだろ?」


 「そうですね」


 アーナがむすっとした顔で返事をすると、マリリは再び困ったような顔で、誰に向けるでもなく力無く笑った。


 馬車が止まった。彼女らの本拠地である、〈女神団〉本部に到着したのだ。

 時期に夕暮れの時間になることもあって、王都の表通りは夜に向けてにぎわいつつあった。セブリカはひらりとマントを翻して馬車を降り、馬車の中にいる仲間に向かって怒鳴った。


 「さあ、皆、荷物をまとめて降りろ! 最後の手続きを済ませなければならん。その後の一週間は特別召集がない限り、自由行動とする。なにをしてもかまわんが、街からは出るな。いつも言っていることだが、もめ事も起こすな。わかったか? よし、では点呼をとる」


 星屑組の五人は急いで荷物を持って馬車から降り、セブリカの前に並んだ。


 「ルナコ!」


 「はっ!」


 「ヴァイドール!」


 「あいよ」


 「ウィスミン!」


 「はいね~」


 「アーナ!」


 「はいっ!」


 「マリリ!」


 「はい……」


 セブリカが年長の順に星屑組の構成員の名を呼んだ。

 彼女たちはわざとらしく返答の形をおのおの変え、ことさらに自分の存在感を示しているようにも見えた。


 「よし、全員、異常はないな。報告から戻るまで、ここで待機していろ」


 「あたしらは行かなくていいあるか?」


 「今回は私一人でいい」


 はやるウィスミンに言葉を返すが早いか、セブリカはくるっと一同に背を向け、本部の正面階段をのぼり、両開きの扉を開け、依頼完了の証文を提出するために、一人で建物の中に入っていった。


 本部の建物は相当に大きな屋敷で、一見豪奢で華やかな建物にみえるが、めざとい者の目を通すと、砦とも要塞とも受け取ることができる造りをしていた。

 都会的な意趣を凝らした飾り窓は一見すると貴族の邸宅のもののようだが、下からの矢玉を防ぐための頑丈な樋が備えられており、そのすぐ下には目立たないが矢眼がずらっとさりげなく配されている。そのほか偽装扉や迂回階段など、屋敷の至る所に油断できないたぐいの配慮がなされていた。

 それでいて、大通りに並ぶほかの、当時としては近代的な建物と違和感を感じることができないほど巧みな意匠であった。


 しばらくすると、セブリカが報酬の入った革袋を携えて一行のもとへ戻って来た。

 セブリカがそれを鳥の巣の中の雛よろしく待ちかまえていた構成員たちに投げ与えた途端、マリリとアーナを残して、ヴァイドール達三人は〈遊び〉とやらへと出かけてしまったらしく、マリリが辺りを見回したときにはその姿を消してしまっていた。

 もう一度振り返ると、セブリカの姿さえ見えない。


 「ちょっと待って! やっぱりあたしも連れていってください!」


 「アーナはまだはええって! あと二年したら連れてってやるよ! アタイらの荷物、部屋に運んどいてくれぇ!」


 アーナが通りに向かって叫ぶと、都の喧噪の中から、よく通るヴァイドールの声が聞こえた。声は聞こえるが、その姿は人混みの中に紛れ、見えなくなってしまっている。


 「すぐに子供扱いしてぇー!」


 ヴァイドールの声が聞こえた方向に向かって、アーナが叫んだ。その背中に向かって、マリリが声をかける。


 「どうしてみんなあんなに急いでるの?」


 「もう夕方だから、早く行かないといつも座ってるお気に入りの席に座れないんだってさ! 席なんかどこでもいいじゃないか!」


 マリリの質問は、なぜかアーナの怒りを買ってしまったようだ。アーナはぷりぷりと怒りながら荷物を抱え、本部の隣に位置している兵舎の方向へと歩いていった。マリリもあわててアーナの後を追った。


 兵舎とは言っても、こちらも本部の建物に負けず劣らぬ高級感あふれる建物であった。本部の二倍ほどの大きさを誇っており、防衛上の理由から正面玄関は本部と正反対の位置に配置されていた。

 マリリとアーナは、二人で全員分の荷物を持って、二つの建物の半周の距離を歩かなければならない羽目になった。


 アーナが怒っている理由はそれが主なものだろうとマリリは考えていたが、どうもそうではないようだ。自分たちの部屋に帰り着くまでに、マリリは何回かアーナに話しかけてみたが、アーナからはおざなりな返事が返ってくるだけか、あるいは返事がなかった。


 兵舎の門を抜け中庭にはいると、自主的に訓練していたり、ぶらぶらしているほかの組の団員達が目に入った。ほかの団員達も皆女性だ。マリリ達が所属している傭兵団〈女神団〉はメディコが聞いていたとおり、すべて女性だけで構成されている傭兵団なのだ。




 〈王国〉をはじめとする大陸の諸国の、何百年にもわたる戦乱の時代はひとまず終焉を迎え、世界は新しい時代の門を開こうとしていた。戦争の減少によって各国の封建制度は次々に崩壊し、争いは果てしなく細分化・矮小化した。また、国力の疲弊に伴って犯罪、または犯罪組織の増加が社会的な問題となりつつあった。

 世の人々は、新しい時代の幕開けにすべての社会問題の解決を〈傭兵業〉に託そうとした。貿易商は周辺の国々へと物資を供給して莫大な財貨を得、傭兵達はその業務を完全に保全し日々の糧を得る。世にあぶれた兵士たちはこぞって傭兵業へと身をやつした。

 先だっての封建社会が姿を変えただけで、本質は変化していないという歴史学者もいたが、ともかく世は騎士社会から傭兵社会へ、このころの時代に盛んにつぶやかれていた言葉を借りると、まさに〈天下傭兵〉の時代を迎えようとしていたのだ。




 マリリとアーナは団員達の間をすり抜け、自分たちの部屋がある棟に入っていった。階段を上り、先輩達の部屋の扉を蹴りあけ、次々に荷物を放り込む。武器のたぐいはヴァイドールの愛用している巨大な矛を残して、皆自分で持ったままのようだ。マリリはヴァイドールのベッドの脇に矛を傾けて置くと、荷物を持って自分の部屋へと向かった。


 「アーナ?」


 マリリとアーナは相部屋であるが、マリリが部屋に戻ったときにはすでにアーナの姿は部屋のどこにもなかった。どこかへ出かけてしまったようだ。


 「……」


 マリリは部屋を見回した。出かける前となにも変わっていない。味も素っ気もない寝台と、飾り気のない机、簡素なタンス、そして貴重品をしまうための長持ち。マリリは無造作に長持ちのふたを開けた。長持ちには鍵もかかっていない。


 長持ちの中には、さきほどマリリたちがセブリカから受け取ったものとそっくり同じの白い革袋が数え切れないほど詰め込まれていた。マリリはまたもや無造作に革袋を長方形の箱の中に放った。がちゃり、と何十枚かの硬貨が乾いた音を立てる。マリリはしばらく革袋の山を眺めていたが、やがてため息をついてふたを閉じた。


 マリリは仕方なく自分のベッドに滑り込み、ごろんと横になった。そして二週間後に迫っている武術大会、〈鋼の問い〉のことについて考えているうちに、いつしか眠りに落ちてしまっていた。

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