第1話 星屑組参上! 4

 マリリはアーナの口にした遠慮のない言葉を聞いて、思わず心配そうな表情で、隣に座っているメディコの顔を見たが、当のメディコには特にアーナの言葉を気にするそぶりは見られなかった。


 「ところがこの結果ね。助けたかった娘さんは死んじゃって、助けたくもない娘さんが生き残ってしまったね。いくらお金を貯め込んでも、人生はままならないものっていう、いい例あるね」


 馬車の後方から明るい声が聞こえた。馬車の幌の外から顔をのぞかせ、南方の訛りだと分かる独特の口調でそう言ったのは、三番目に若い、ウィスミン・ナール・チャルナという名の、浅黒い肌を持つ謎めいた印象を与える少女だった。だいだい色の髪を頭の上で団子状に二つにまとめ、体には薄い布の胸覆いと、ふくらはぎのあたりが大きく膨らんだ洋袴だけという肌も露わな格好に、透き通った薄衣を肩のあたりにまとわりつかせていた。腰には大きく反り返った湾刀をつけていて、これも南方のにおいを感じさせる品だった。


 マリリは次にウィスミンの口にした言葉を聞いて、心配そうに自分の隣のメディコの顔を見た。案の定、メディコの目には大粒の涙がたまっていて、肩を小刻みに震わせ始めていた。


 「それでも報酬はたっぷりもらうぜ。もともと、そういう約束だったからな」


 今度は馬車の前方からやや粗野な印象の元気な声が聞こえた。三番目に年長の女戦士、ヴァイドール・リト・ヘルカヤが彼女らの話に割り込んできたのだ。ウィスミンと同じく、非常に肌の露出にこだわっているような風体の彼女だったが、ヴァイドールの場合はウィスミンと違い、いかにも女戦士然とした鉄のファッションに身を包んでいた。

 燃えるような赤い短髪を持ち、面長で凛々しい表情をたたえている彼女からは、心なしか北方の国々の厳しさを感じ取ることができた。


 マリリは今一度メディコの方へ目を向けた。メディコは賢明に涙をこらえようとしている最中だった。マリリは懐からハンカチを取り出し、メディコの目を拭ってやった。


 「でも、今回も少しもの足りませんでしたわね。毎度こんな調子では、腕が鈍って仕方がありませんわ。セブリカ、貴女もそう思いませんこと?」


 次に口を開いたのは、落ち着いた色の着物を着込んだ、ルナコ・パラナカヤシという名の、東方人の女性だった。彼女らの中では二番目に年上の人間だ。長い黒髪と黒い目を持ち、腰に巻き付けたやや鮮やかな色の布と着物の間に、木に包まれた短い刀を差している。マリリと同じ黒髪だが、彼女のそれはさらにしっとりと一切の乱れもなく、つややかな輝きを持っていた。ルナコは優雅な仕草で目にかかった髪の毛を掻き上げると、セブリカと呼んだ人物の方に目をやった。


 「皆、少し口を慎め。いつも言っている通り、依頼主から報酬を受け取るまで、我々の任務は続いているんだ。気を抜くのは、まだ早いぞ」


 御者席に座っていた、彼女たちのリーダーである最年長のセブリカ・ハックナが、はっきりとした口調で皆をたしなめた。馬車のあちこちから、はい、とか、あいよ、だの返事が聞こえる。

 セブリカの言葉はやや厳しかったが、口調の中に優しさも感じることができた。セブリカは皆の声を聞くと、かすかに笑ってから前方に向き直り、あらためて馬に鞭をくれた。格好よく刈り上げた金髪の、前髪の先端が、かすかに風になびいた。

 セブリカは動きやすい、実務的な軽装で装備をまとめていた。御者席には彼女の細い長剣を固定しておくための留め具が備え付けられており、実際に彼女の愛剣がにらみを利かせるように置かれていた。


 それから数日間馬車は走り続け、やがて一行は見覚えのある都へと帰ってきた。懐かしさと悲しさでメディコの目には再び涙がこみ上げ、今度もマリリが彼女の目を拭ってやった。

 数日の馬車の旅で、星屑組の構成員達とも馴染んできたメディコだったが、何とも複雑な別れの時がやってきた。


 リーダーのセブリカが依頼主の商人の使いの者と直接交渉をし、中年の商人はうろたえながらも彼女に報酬を支払い、生き残った二人の下働きの娘を引き取っていった。マリリ達が再び馬車に乗りこみ、大通りをゆっくりと去っていく姿を、メディコはいつまでも富豪の屋敷の門の前で見つめ続けていた。


 「まだ見てるよ、あの子」


 幌布の間から後方をのぞき見て、アーナがつぶやいた。思わずマリリもつられて顔を出す。


 「心配したってしょうがねーだろ。それより、給料の使い道でも考えとけよ。ウィスミン、おめーはどうすんだ? また里帰りか?」


 「冗談はよしてほしいね。早速新しい服と香水買って、<バラ獅子>亭で新天地、開拓するよ。今度はアーナもどうか? 一緒に行くか?」


 メディコ達の身を案ずるマリリとアーナに、ヴァイドールとウィスミンが無神経な言葉をかけた。マリリとアーナはため息をついて、馬車の中に視線を戻した。アーナはしばらく迷っていたが、首を振ってウィスミンに返事を返した。


 「ううん、やめときます」


 「ハッ、そうか。アーナとマリリはまだお子様だからな。アタイらの遊びはまだはええ」


 途端に、ヴァイドールが二人を馬鹿にしたような言葉を口にした。二人をからかってその反応を確かめているようで、やや意地悪な表情を浮かべている。

 マリリは困ったような顔になり、アーナは少しむっとしたようだったが、結局なにも言い返さなかった。アーナの反応が希薄だったためにヴァイドールは少し拍子抜けした顔をしたが、すぐに気を取り直してルナコの方に顔を向けた。


 「ルナコはどうする? 今回もやめとくかい?」


 「……いえ、今回はご一緒しましょう。もうすぐ忙しい時期に入りますからね。今のうちに楽しんでおくのも、また一興かもしれません」


 「そうこなくっちゃ! さて、組長はどうするんだ? ご一緒しますう? ま、一応聞いただけだけど」


 ルナコの返事を聞いて気分をよくしたヴァイドールは馬車の片側にごろりと横たわり、両手を頭の後ろに組みながら、手綱を持って御者席で馬車を操っているセブリカにも声をかけた。幌の外から、ふん、とかすかな笑い声が聞こえた。

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