第1話 星屑組参上! 3

 規則正しいが荒っぽい振動に揺られて、メディコは目を覚ました。革張りの屋根が揺れているのが見え、次に自分の顔をのぞき込んでいる、心配そうな顔が目に入った。


 「気がついた? もう大丈夫よ、今逃げてるところだから」


 その声を聞いて、今自分の顔をのぞき込んでいる人間が、〈マリリ〉であることがメディコには分かった。ぼうっとしている頭に、膝をあてがってくれている。


 「あなたは……?」


 「あたしは星屑組のマリリ。約束通り、助け出してあげたよ」


 その言葉で、メディコは自分の置かれていた立場を思い出した。あわてて半身を起こして、周りをきょろきょろと見回した。体にかけられていた毛布が床にずり落ちそうになる。


 そこはどうやら大型の馬車の内部のようだった。半円柱形の屋根には皮布が張り巡らされ、前後の布の隙間からはいまだ星空がのぞいている。馬車の前部からは二頭ほどの馬の蹄の音が早足の間隔で聞こえていた。

 馬車内部の両側は長椅子が固定されていて、メディコの他に四人の人間が座っていた。そのうち三人は知らない顔の人間、もう一人は同じ富豪の一人娘の世話係の仲間の若い娘だった。馬車の外にも何人か人間の気配を感じたが、メディコはとりあえず馬車の中に注意を注いだ。


 「あ、あのっ。お嬢様はどうなされたんでしょうか……」


 問いの最後の言葉は消え入るようなつぶやきになって口の中に消えた。何となく不吉な予感が胸をよぎったからだ。


 「……」


 マリリが目をつぶって首を左右に振った。背中まで伸びた彼女の黒髪が左右に揺れて、頼りない輝きの月あかりをきらめかせた。メディコはマリリが何を言いたいのかわからなかったが、マリリはすぐにその意味するところを口にした。


 「あなたを助け出したときには、もう遅かったの。あなたとそっちの人を残して、娘さんたちは全員殺されていたの。もう少し遅かったら、あなたもどうなっていたか……」


 それを聞いたメディコは目を大きく見開いてしばらく身震いしていたが、やがて顔を膝に埋めて静かに泣き始めた。マリリは何も言わず、メディコの頭を優しくなでた。その動作にメディコは何の感情も抱かなかったが、何となくマリリのなで方にぎこちなさを感じた。


 それから二時間ほど、馬車は山間の道を進み続けた。しばらくは泣き通しだったメディコの涙も枯れて、周りの状況に注意を移しつつあった。


 驚いたことにメディコらを助けにきた人間はすべて女性で、さらに驚いたことに、何度数えても女性の数はたったの六人だった。彼女らの会話から戦死者はいないと分かったので、来たときも六人だったのだろう。


 最初にメディコに話しかけたマリリは、彼女らの中でも最年少の人間で、まだ少女といってもよいほどの印象だった。六人の中では一番背も低く、長い黒髪を背中まで垂らしていた。鎖を編み上げた、料理用の前掛けのような形のかたびらを身につけ、小さな細身の剣を一本、腰にぶら下げていた。マリリは常ににこやかな表情をたもっており、何くれとなくメディコの世話を焼いてくれた。


 「あたしたちは〈黄昏の女神団〉の傭兵なの。あなたのご主人に雇われて、あなた達を助けに来たのよ」


 「私たちを……?」


 やっぱり傭兵団の方たちだったのだ、とメディコは思った。あこがれていた女神団の姿を目にすることなく死んでしまった自分の主人のことを思い、再び彼女の眼に涙が盛り上がった。


 「正確には、自分の一人娘をだね。自分の娘が無事なら、他の人間はどうでもいいって感じだったよ」


 きらきらと光る短剣をいじりながら、軽蔑するような表情でそういったのは、六人の中では二番目に若い、アーナ・ハワードという名の少女だった。少女というよりも、少年のような印象を与える顔立ちをしている少女は、赤毛とも金髪ともとれる微妙な色の髪の毛を、三つ編みに2つに編み込んで背中に垂らしていた。アーナは革製の軽い鎧を身につけており、王都では(メディコの知らないことだが)もっとも一般的なまっすぐな長剣を腰に下げていた。

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