第1話 星屑組参上! 2

 「えっ?」


 メディコはびくっと体をふるわせた。

 どこからか、小さいが、確かに誰かの、自分以外が発した声が聞こえてきたのだ。驚きのあまり止まりそうになった心臓のあたりを押さえ、メディコは声のした方向を見た。窓の外に見えるはずの星空を、誰かがさえぎって隠している。滅多にないきれいな星空なのに。一瞬そう考えたメディコだったが、すぐにそこに、知らない人間が存在していることに気づいた。


 「だ、誰ですか?」


 メディコは勢い込んで尋ねた。自分たちをさらった黒い男達の一人、とは考えられなかった。自分が目にした黒ずくめの人間達は全て男だったが、今聞こえた声は若い女性のそれに他ならなかったからだ。


 「しっ、静かにして。あたしは星屑組のマリリ。あなた達を助けにきたの。そこにいるのはあなただけ? 他の捕まった人たちはどこへ行ったの?」


 メディコの心臓は再び止まりそうになった。彼女は突然やってきた希望に息を詰まらせながら、窓のそばにいる人間、〈星屑組のマリリ〉と名乗った若い女性に必死で返事を返した。


 「お、お嬢様たちと、他のみんなは、三日くらい前にみんなどこかへ連れていかれました。どこに行ったかは、わかりません。あ、あの、助けてくれるんですか……?」


 「うん。助けてあげる。そこでじっとしててね。割と大きな屋敷だから、思ったより時間がかかりそうだけど、必ず助けてあげるからね」


 「は……はい!」


 メディコの返事を聞くか聞かないかのうちに、女性はさっと立ち上がり、窓のそばから離れてどこかへいってしまった。メディコは部屋の真ん中に座り込んで、胸の中の興奮を抑えながら、〈星屑組のマリリ〉と名乗った人物のことを考えはじめた。マリリという名前はまったく知らなかったが、〈星屑組〉という言葉は、どこかで聞いたような気がした。それがどことは、よく思い出せなかったのだが。


 それからすぐに、屋敷中があわただしくなってきたのが感じられた。メディコは扉の前に駆け寄り、背を伸ばして扉についている小さな窓から外の様子を探ろうとした。


 遠くの方から、といっても同じ屋敷内でのことなのだろうが、誰かの叫び声や、かん、きん、という鍛冶屋仕事のような、聞き慣れない不吉な金属音が聞こえてきた。それらの音はすぐに近くから聞こえるようになり、思いわずらう暇もそこそこしか与えずにメディコの前にその正体を現した。


 「なんだなんだあいつらの強さは!」


 「あれが〈女神〉の強さか! おいおまえたち、バラバラになるな! ここにかたまってあいつらを迎え撃つんだ!」


 「ぎゃっ!」


 男のうちの一人が言った〈女神〉という言葉を聞いて、メディコには思い当たる節があった。すこし前に富豪の娘が話していたことがあった。自分達が住んでいる都では傭兵業が盛んだが、その中に〈黄昏の女神団〉と呼ばれている、女性だけで構成された傭兵団が存在しており、ときおりその活躍が都で話題になっている、ということを。

 そのとき富豪の娘は、女神団に対するあこがれと、自分も風来坊の身の上だったら、迷うことなく女神団の門をたたいていただろう、という少女らしい夢想をメディコに打ち明けていた。


 メディコの部屋に面した狭い廊下に、十数名の男たちがどっと押し寄せてきた。男たちはあの夜に着ていた黒づくめの装束を身につけておらず、めいめい勝手な格好をしていた。どうやら黒い服は彼らのいざという時の仕事着だったらしい。


 男たちのさらに向こうから、二人の女性の声が聞こえた。


 「おらおら、観念しやがれ! アタイらに目を付けられたのが、運の尽きってやつだ! さあさあ、お次はどいつだ?」


 「抵抗しなければこちらも手は出しません。殺さないでおいてあげます。痛くしません。男らしく道をあけて、しかる後に正しい法の道を歩んでくださいませ」


 マリリに比べると、やや年長の印象を与える声だった。そして、どちらもやや訛りを感じさせた。メディコは扉の小窓に顔を押しつけて声のした方をみたが、二人の女性の顔は見えなかった。そのうちに男たちが部屋の前まで押し寄せ、そのうちの何人かがメディコの顔をにらみつけたのでメディコは思わず何歩か後ずさりした。


 「やかましい、このあばずれどもが! たったの六人で、俺たち〈黒ひげ王国〉のアジトに乗り込んで、生きて帰れると思ってるのか?」


 「それも女六人でだ! 正気の沙汰じゃねえぜ!」


 次に男たちは、メディコにはわからない破廉恥な言葉を口にして、大声で笑いあった。その大笑いには、実は男達の悲壮な覚悟を感じさせる色もやや混じっていたのだが、幼い彼女にはわからなかった。

 メディコは首を傾げるだけだったが、男たちの無遠慮な言葉は、二人の女性のうち一人の逆鱗に触れたらしかった。


 「なにを言うか、この夜盗くずれが! こちらが下手に出ておればつけあがりおって! その不埒な言葉を辞世の句として、黄泉王カルネンの版図で己が迂闊さを悔やみ続けるがいい! 貴様らことごとく誰も彼も我が愛刃〈清剣水の如し〉の錆の肥やしにしてくれるわ!」


 メディコもびっくりするほどの怒りの啖呵を切ったその女性は、男たちに猛然と襲いかかったようだった。ようだった、というのはメディコのいる位置からはどうしてもその女性の姿が見えなかったからだが、声の主は次々に男たちを打ち倒し、すぐにメディコの目の前に現れた。


 「ひっ!」


 ちょうど扉の目の前で、背の高い女性の手によって、一人の男の体が瞬く間に立ったまま五つくらいに分解されていくのを目の当たりにして、思わずメディコは後ずさった。


 「わああ! ありゃ化けもんだぁ!」


 男たちの何人かが扉を蹴破ってメディコのいる部屋の中に逃げ込んできた。だが、部屋の中で体勢を立て直す間もなく、


 「逃げようったってそうはいかねえ! おりゃおりゃおりゃあ!」


 その後を追ってきたもう一人の女性に、巨大な棒のようなものでさんざんに叩きつぶされた。目の前で男の顔が水風船のように破裂する様をみて、メディコは半分失神したようになり、その場に倒れ込んだ。


 「大丈夫? どこも怪我してない?」


 どのくらいの時間がたったのだろうか。

 そう大きくはない、優しい腕に抱き起こされながら、メディコは今の声が先ほど〈マリリ〉と名乗った女の人の声と同じだということに気づいた。最初に聞いた印象よりも、だいぶ若い、少女と言ってもよいくらいの人だったのだ。そんなことを思いながら、メディコはすぐに本当に気を失ってしまった。

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