第24話 楽園議会 3

「さて、話が終わったところで田島隊長の評価を聞きましょうか。南田さん、海東さんのご意見は?」


 金崎が左右の老人たちに水を向けた。


「問題ないな」


 左に座る南田からしゃがれた声が返る。


「同じく。どこまでいっても楽園島の脅威にはあたらないという認識です」


 右にかけた海東が小さく安堵の息を吐いて続ける。


「まあ、話を最後まで終えた時点でどなたの意見も同じでしょう。素直で良い隊長ですよ。操り人形としてはこれ以上いないのでは? 金崎さんが例のアイドルとくっつけた理由が分かりますよ。本当にすばらしい。途中でこちらの狙いに気づいて銃を抜いた副隊長はやはり鋭かったということですね」

「海東さんに褒めていただけるとは」

「しかし、コールドリーディングで会話を始めると言った割にはおだですぎでは?」

「いえ、彼の顔には『自分はもっとやれる』という自信が透けて見えていたので、方針を転換したのです。結果はあのとおり、私たちに信頼されたことを誇りに思っているはずです」

「なるほど……」


 腕組みをした海東の対面で、南田が皮肉に口端を上げた。


「大事な知識を抜いた士官学校出身の子供など、我々の仲間三人が病気で死んだなどと真顔で言える大人に勝てんということだ」


 金崎が苦笑する。


「意見のすれ違いで殺した、と正直に言うよりは綺麗でしょう? けれど、彼も順応性は高いようですね。なにせ死体の真横で甘露を楽しむなど、部屋に怯えて入ってきた姿から想像もしなかった」

「途中から、同じ人種だと感じなくなっただけでしょう。自分よりひどく劣った生き物だと認識すれば、誰でもああなります。隣で虫が死んでいるのと同然なのだから。受け入れるだけの度量を備えているとも言えますが、金崎さんの手の中に落ちたことには違いない」

「どちらでも構わん。我々の手足にさえなってくれれば良いのだ。で、彼はいつ始末するつもりだ? アイドル人気が残っている方がいいのだろ?」

「南田さんがおっしゃるとおりなのですが、少し遅らそうかと思っています。侵入者の問題を片づけてからの方が、島民の注目を集める準備がしやすいので。せっかく夫を外民に殺された悲劇の元アイドルと銘打つのですから、失敗はしたくない」


 金崎が目を細めて考え込む。


「いや……侵入者がいた場合は、むしろ島民の前で戦って死んでもらった方が宣伝効果は高いとも言えますね」

「少ない操り人形だけで、うまく一対一まで追い込めるか? ショーにするとこっちが火傷を負うかもしれん。欲張るのはどうかと思うぞ。数年前とはいえ、最悪、那須平が本当に爆弾を持っているケースもある」

「そうですね……彼の狙いは我々でしょうから、どこに現れようとそこまで問題視することもないでしょう……那須平の経歴を見ると、さすがに島の価値を無視して浮遊石を破壊するような愚図の中の愚図とは思えない」


 海東がわずかに心配げに眉を寄せた。


「まあ、仮に那須平が何をしようと、従順な田島隊長が率先して我々の盾になってくれるでしょう。理想に燃える隊長の下で、隊員にもがんばってもらいましょう。そうそう、そういえば田島くんが深入りしなかった、下に流す食糧の件ですが、弱い幻覚を見たという噂を耳にしました。南田さんの方でも把握していますか?」

「一応な」


 南田が不愉快そうに鼻を鳴らした。


「少数の話なら無視すればいい」

「そうもいかないでしょう。あれは、北と南の島を巻き込んだ疑似経済圏の成立と、外民たちの首輪に必要不可欠だ。武器と資源と金と知識。そのすべてに関わります。ここで銀行役を担う島のリーダーたちに疑念を持たせるのは良くない。常習性を下げてでも、もう一度、薬の配合を見直すべきです」

「しかし、一定量は用意してしまった。主原料の粉末の在庫は少ない」


 南田の言葉に、海東がむっつりと押し黙った。

 それを横目で見た金崎が、「では」と口を開いた。


「現守護隊の最後の仕事として、大掃除をしましょうか」

「大掃除だと?」

「現在管理中の外民の生活圏を一キロ程度縮めます。知識を持つ旧世界の大人から優先的に処分しましょう。知識を持つのは私たちだけで良い。海東さんが言うように、あの食糧は未来に必ず必要となる。飛行性能を持つ乗り物が現れて、地理的優位が脅かされる前に、外民の『食』は完全に押さえたい」


 海東が目を細めて尋ねた。


「一キロ縮めてどの程度の人間を確保できるかは不透明では?」

「あとで試算しますが、まずは仕組みを動かすことが先決です。交流が少なそうな端の島から一つずつ回れば、大した問題にもならないでしょう。南田さんは反対ですか?」

「まさか。外民の管理は金崎さんに任せとる」


 南田はそう言って軽く肩をすくめた。


「では、決定で。近々、北と南のリーダーを呼んで表向きの話をしますが、その時にはもちろん大掃除の件は内緒でお願いします。海東さんもご注意ください」

「了解しました。それにしても、この十年ほどの間に、我々もだいぶん余裕がなくなってきましたね」


 海東は皮肉気に笑い、自分の頬をさすった。

 皺の入った皮膚を伸ばすように引っ張ってため息をつく。


「写し終えたときに劣化する記憶が、些細なものであれば良いのですが」


 南田が「そうだな」と賛同する。


「体については十分研究済みだから心配いらんだろうが、頭の方には怖さがある。金崎さん、そっちの方は?」

「疑似記憶維持装置と思考を同調させる試みは、完全には成功していません。それさえクリアすれば、死という概念を脱し、神になれるのですが……」

「我々の技術でも思考ミラーニューロンの仕組みは難しいか。だが、時間は刻一刻と迫っている。何か手伝えることがあれば言ってくれ。訪れた千載一遇のチャンスは逃せん。我らは何十億の人間の中から選ばれたのだからな」

「分かっています。もう一度今あるデータを総ざらいしてヒントを探しますので、それが終わったら何かお願いするかもしれません」


 そう言った金崎は、ソファに深く背を預け、殺風景な天井を眺めた。

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