第22話 楽園議会 1
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
楽園議会から招集がかかったのは隊長になってから初めてのことだった。
緊張に身を固くする二十歳の田島省吾(たじましょうご)は、つい最近妻となった十八歳の杏子(あんず)に見送られて外に出た。
田島は楽園島守護隊隊長の任についている。
十五歳で島を守るために守護隊に立候補し、プレハブ小屋の士官学校を一年で卒業して入隊した。
それから大した功績を積んでいないにも関わらず、隊長に昇格したのだ。
楽園議会からの指示とはいえ、さすがに首を傾げた。元々の総数は少ないけれど、守護隊には自分の年齢を遥かに超えた先輩が多い。
経験も違えば、実績にも差がある。自分のような新兵を隊長にするのはどんな理由があるのか。
一方で、自分が優秀だからなのでは、という淡い期待もあった。士官学校では文句なしに首席だったし、狙撃の腕もトップだ。
楽園島しか知らない田島は、自分は選ばれた人間だという密かな想いを胸に、辞令一枚で隊長となったのだ。
「よお、隊長さん」
楽園議会の本拠地と言われる真っ黒なセンタービル前に到着したときだ。
一回り近く年上の男が、ビル壁に背をもたれかけて片手を上げる。
「口の聞き方がなっていないな。首になりたいのか? やり直し」
「おっと、これは失礼しました。隊長殿」
男がわざとらしい慌て顔で崩れた敬礼をとった。
田島は内心でため息をついた。
隊長になって最初に分かったことは、守護隊という組織がモラルが崩れかけたならず者の集団に近いということだ。
下手をすれば外民の自警団よりも団結力が無いかもしれない。
年下の田島をほとんどの隊員が甘く見ているし、命令違反のうえ酒を飲むなど日常茶飯事だ。中には外民から略奪行為を行う者もいると聞く。
「今日は、何の招集ですかね? できればさっさと帰りたいんですけどね」
隊長に向かってどうどうと任務を切り上げたいという意思表示をする部下などもってのほかだ。
選ばれた人間同士とはいえ、さすがに不愉快に過ぎた。
田島は腰のホルスターから小銃を抜いた。銃の常時携帯を認められているのは守護隊隊長と副隊長だけだ。銃の保有数そのものが少ないという裏事情はあるが。
「まじめにやれ。議会から全員招集がかかること自体が異例なんだぞ。何かが起こったんだ」
「ですかね? 俺はそんなに悲観してませんがね。なにせここは難攻不落の島だ」
小銃の銃口を向けられても男はへらへらと笑うだけだ。
田島は忸怩たる思いで舌打ちをする。実戦で撃ったことがないという話が広まっているせいで、この威嚇も甘くみられているらしい。
「まあいい、他の連中は?」
田島は集合場所をぐるりと見回した。
そして、ふと気づいた。
「二十七番はどうした? 命令があるといつも一番に飛んでくるのに」
「さあ、でも二十七以外のヒューマノイドはちゃんと来てますぜ?」
「そういうことを言ってるんじゃない。ん? 副隊長もいないな」
田島は首を傾げた。
男は二十五番から三十番が半ヒューマノイドだからという意味で言っているが、そうではないのだ。
二十七番のXE27は半ヒューマノイドには珍しく短気な方だが、任務には人一倍真面目なのだ。最初期から守護隊にいる一桁台の隊員などに比べてはるかに優秀だ。
その彼女がいないという事実が、田島の心を不安にさせた。
「田島省吾、こちらについてきなさい」
田島の背後で突然声が聞こえた。
滅多に開かないセンタービルの入り口がすうっとスライドして開いたのだ。
仮面をつけたスーツ姿の体の大きな男が手招きしている。
「僕だけ……ですか?」
男は無言で踵を返した。
集まった隊員たちの顔に驚きが浮かぶ。
――戦闘指示ではなく、ビル内に呼び入れる。
前例のない事態に、田島もわけがわからないまま慌ててスーツ姿の男に続いた。
「副隊長は呼ばないのですか?」
ひんやりとしたコンクリートの室内で、二人分の足音が響く。
田島は心細さで前を歩く男に問いかけた。しかし、返事はない。
湧き上がる不安を、「楽園議会が自分に直々に会いたいのだ」という期待で塗り固めてさらに歩いた。
そして――
無機質な黒いエレベーターにたどり着いた。まるで二人が来ることを予測していたように扉が開き、男が手で「中に入れ」と促す。
「一人で? ついたらどうすれば?」
男の言葉は何も聞こえなかった。扉が閉じた。
エレベーターが動き出した。漆黒の箱の中にいるような感覚だ。
わずかなモーター音以外は何も聞こえない。浮遊感も落下感もなく、上昇しているのか下降しているかもわからない。
数分とも数十分とも思えるほどの時間を終え、安っぽいチンという音が鳴った。
と同時に、扉が開いた。
目の前に、巨大な部屋が見えた。
中央に、コの字型のソファに腰かける老人が三人いる。その周囲には最初に出会った男に似た風貌の仮面の人間が四人。
「座れ」
誰かのしゃがれた声が田島の足をひとりでに進ませた。
ふらふらと頼りない足取りで、ソファに進む。ふと、何かの匂いに気づいた。誘われるように首を回し、壁際に視線を向け――小さく悲鳴をあげた。
一人の人間が、頭から血を流して倒れていた。あまり顔を合わせたことはないが、知っている人間――副隊長だった。
倒れ伏した状態で、開いた瞳孔が田島の足元を見ていた。
反射的に回れ右をしかけ、一歩先に、エレベーターの扉が閉まる音がした。その動揺をつくように声がかかる。
「落ち着き給え、田島隊長。そしてソファにかけなさい」
「は、はい」
田島は死体を避けるようにソファの逆から回り込んだ。
視界に死体が入らないように、視線を前に固定した。
「不幸な行き違いがあって、やむを得なかったのだ。田島隊長とはそうならないと願いたい」
「はい……」
田島は壊れた人形のように首を何度も縦に振った。
対面で、背筋をしゃんと伸ばした老人が満足そうにうなずいた。
「落ち着くまで何か飲むかね? 好きなものがあれば用意させるが」
「いえ……大丈夫です」
「そうか。では、まずは初めまして。私が楽園議会議長の金崎宗次郎(かなさきそうじろう)だ。君から見て左右にいる二人も同じ議員たちだが、紹介は省かせてもらう。話をするのは私だけなのでね」
「はあ……」
生返事をする田島の視線の先で、金崎は柔和な笑みを浮かべる。
「今日呼んだ理由だが、一言で言えば士官学校始まって以来の秀才の君に力を貸してほしいからだ」
「僕の……力を?」
田島が目を見開いた。
「そうだ。私たちは君を高く評価している。士官学校の成績は見せてもらった。勉学、銃の腕は当然として、様々なテスト結果から私たちはこう見ている――」
金崎が一度目を閉じて、ゆっくり開いた。
「君は、悩むことができる人間だ」
「……悩む?」
「常に自分の判断が正しかったのか真剣に悩むことができるうえ、独自の考え方を持っている。まったく根拠のない有象無象の意見に耳を貸すことがないということだ」
「そんな……僕は……」
「ここにいるのは君本人と……君を認めた楽園議会だけだ。謙遜は不要だよ。事実、君は今も思い悩んでいるはずだ。……そう、例えば……隊長になってどうだ? うまくやっていけているかね?」
「それは……」
田島の頭に次々と隊長になってからの苦労が思い浮かぶ。
影でガキだと言われ、度重なる命令違反を叱責する日々。他の隊員の手前、手荒な手段で解消することもできず、鬱憤を家に持ち帰らざるをえない。
金崎がぽつりと尋ねる。
「君を悩ませるのは誰だね?」
「そ、それは……」
センタービルの手前で、田島に崩れた敬礼をした男の姿が浮かぶ。
「田島隊長が望むなら、私の権限で今すぐ砂の世界に落としてあげよう」
「そこまではっ!」
田島が弾かれるように立ち上がりかけ、とすんと腰を落とす。そして、慌てた自分を悔やんで視線を落とした。
「私たちが評価しているのはそういうところだ。島を守る隊長はそうでなくてはならん。君から見て、今の守護隊はどうだね?」
金崎が憂うように目尻を下げた。
田島の口が自然と開く。
「あまり……規律が良くないと思います」
「私もそう思う。限られた島の人口の中で、島を守るために体を張れる人間はさらに少なくなる。事情があって半ヒューマノイドにならざるを得なかった者もいるが、大半は立候補による隊員たちだ。その意気込みだけで選ばれた民の中で称えられるべきなのだ。しかし――」
金崎が言葉を切って微苦笑を浮かべた。
「田島隊長が考えている通り、長くその地位に甘んじるとだんだんと規律が緩んでくる。この現象を、君ならどう解決する?」
「それは……厳しい罰を与えるとか、士官学校でもっと厳しく教えるとかでしょうか?」
「締め付け、という点では最良だと思う。常に今が最善なのかと悩み、自分を律することができる君のような人間は別にして、一般人には有効だと思う。だが締め付けには限界があるし、士気の減少に繋がるかもしれない――だから、楽園議会はその一歩先を見据えている」
「一歩先……」
「それが、自律稼働できる完全なヒューマノイドの作成だ」
田島が驚愕する。
「頭は優秀な人間がやり、ヒューマノイドがその手足となれば、この問題は解決する」
「し、しかし――」
そんなことは不可能だ、と言いかけた田島の前で、金崎が指を伸ばして机の上を滑らせた。机上に何かの文字が表示された瞬間、一枚板だと思っていた中央がへこむ。
何かがせりだした。
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