第4話 なっさん 4

 闇市とは正規と認められている「市」以外のものをいう。

 ゴミ島の住人の間には「市」の許認可という制度はないが、島対島の力関係は明確に存在し、それは流れ着いたゴミで決まる。


 運よく漁業に使用していた投網や銛、刃物や鍋類を拾えた島は、ほかの島に比べて大幅なアドバンテージを得ることになる。

 限られた砂の海の資源をうまく手に入れることは、生死に直結するからだ。


 現在、「市」を開く場所として周囲に暗黙のうちに認められている島は二つ。

 南の島と北の島だ。

 流砂に浮かぶゴミ島のなかでも極めて広く、高低差もあるその場所には、百人単位の住人が住んでいる。

 ちなみに那須平のいるゴミ島は、その二つから等距離に離れている。どちらに向かっても非常に時間をくうことになる。


 そして、南と北の島は、自分たち以外の島で「市」が開かれることを特に嫌う。もちろん、利権が脅かされるからだ。


 しかし、希少な廃材や砂クジラの売買は、自分たちの懐を潤わせるものだ。彼らの目をかいくぐっても商売をしようと考える島も当然現れる。

 それが、闇に開かれる「市」というわけだ。


 この手の輩は、目をつけられると南と北の島に実力で報復されることがあるために、少数ながらも何らかの武器を拾って武装しているケースが多い。

 未久はそれを知って心配したのだ。



「本気……なの?」


 那須平は自分に向けられている不安に揺れる瞳から、視線を外して言う。


「北の島のおやっさんに話せば少しは融通してくれるだろうが、あまり無理を押し通して見返りを求められるとつらい。四人分を確実に手に入れるためには仕方ないと思う。だから……みんな交換に出せそうなゴミがあったら出してくれ。金属があればベストだ。こっちもできれば何度も接触するのは避けたいから、一度で終わらせられるように。……じっさん、ボートの用意を頼めるか?」

「すぐに用意する。けど、燃料も心もとなかったはずだぞ。大丈夫か?」

「往復くらいはもつはずだ」

「わかった……メンバーは? いつも通り、俺となっさんで行くのか?」


 二郎の視線が未久の上を通り過ぎ、那須平に向いた。

 もちろん、いつも通りだ。

 と答えようとした時、未久が弾かれたように手を上げた。


「私も一緒に行く!」


 ***


「朱里だけを置いていくのは……」


 真っ先に難色を示したのは二郎だった。意外な人物が声をあげたことに、那須平は驚いた。

 しかし、当の朱里は「大丈夫です」と首を振った。拳を胸の前で握りしめ、不自然なほど笑みを浮かべる。三人に対しての引け目を押し隠しているのだろう。


「留守番くらい一人でできます」

「だが……」

「時間がないんですから、岩峰さんも行ってください。お願いします」


 朱里は細い腕で二郎の背中をぐいぐいと砂浜に向けて押す。

 後ろ髪をひかれる様子の二郎が小さくため息をつき「わかった」と漏らした。


「ごめんね、朱里」

「全然。未久さんも気にしないでください」

「小屋から動かないようにな」

「那須平さんも心配しないでください。私だってこの島の一員なんです。任せてください」


 微笑む朱里は、握った拳で小さくそらした胸をとんと叩いた。


 このゴミ島の四方は砂の海に囲まれている。

 大まかには、西に那須平と未久と朱里が住む小屋があり、そこからぐるりと砂岸を回りながら南へ下ったところに「狭いから」という理由で二郎が一人で住む廃車がある。

 そして、それらとは真逆の東砂岸に、移動用のゴムボートが隠されている。流砂の上を移動できる乗り物は限られており、時に奪い合いになるボートは、砂上を往来する人々の目に触れないよう隠しているのだ。


 二郎は見送りに立つ朱里を一瞥し、ボートに設置した小型エンジンのチョークを引き、エンジンスターターを一気に引っぱった。

 小気味よい振動音。無事ボートが動いたことに、那須平がほっと安堵の息を吐く。


「燃料も無駄にはできない。さっさと行くか」

「ああ、頼む。早く帰ってこないとな」


 二郎の言葉に那須平が首を縦に振った。

 

 ***


 ボートは舵を固定したまま、ひたすらまっすぐ進んでいた。

 未久が果てしなく続く砂の水平線に瞳を向ける。


「すごい、すごい!」

「そういや未久って流砂のうえ初めてだったっけ?」

「ううん。でも久しぶり」


 未久が流れる風に髪をなびかせながら声をあげる。横顔にはまるで子供のような弾けんばかりの笑顔が踊る。


「あんまり身を乗り出すなよ。雨のあとだ。表層に砂サメがうようよいやがるからな。死ぬぞ」


 那須平は大して咎める様子もなく、ふちに頭を載せて寝そべって言った。

 雲一つない上空には激減した野鳥が舞っている。知らないだけで、住処となる林くらいはどこかにあるのかもしれない。


「ねえ、なっさん、このエンジンってどうなってるの? 砂を吐き出す仕組み?」


 一通り景色を楽しんだ未久が那須平のそばに寄り、上からのぞき込んだ。栗色の髪が流れ、小さく影が落ちる。


「ん……知らね。機械のことはじっさんに聞いてくれ。結構詳しいぞ」


 穏やかな表情を浮かべる那須平がぼんやりと目を開ける。


「じっさんが降りちゃったから聞いてるのに」


 未久が頬を膨らます。


「突然、北の浜で降ろしてくれ、なんて驚いたよね」

「そう言ってやるなって。じっさんはなにかと朱里を気にかけてるからな。心配でしょうがないんだろ」

「どうしてだろ?」

「さあな。気になるなら今度聞いてみたらどうだ」

「答えてくれなさそう。じっさんって、いつも大事なことを、はぐらかしてばっかりだもん」

「確かに」


 那須平は脳裏に浮かぶ不愛想な二郎の姿に苦笑する。

 プライベートなことを話さないだけで、大事な話はするけどな――と心中で付け加え、ゆっくりと体を起こして辺りを見回す。

 そして、すばやく北に視線を送る。ちょうど、真っ赤に染まった見覚えのある特徴的な建物が目に入った。


 目印の無い流砂のうえで、灯台代わりになればいい、と自分の建物を目立つ色に塗った変わり者が住む島だ。


 間違いない。エンジンに手をかけ舵をきった。 

 

「未久、そんなことよりそろそろ闇市だ。この辺はでかい障害物も多い、スピードを落として慎重に行くぞ」


 那須平は声に緊張を滲ませながら言った。


 目的の島に着くのにそう時間はかからなかった。

 ほかの島より高低差があり、手作りとは思えない立派な小屋が、まるで睥睨するように頂上に座っている。

 面積は那須平の島の四倍以上はあるだろうか。記憶よりも随分広がっているように思えた。今も新しいゴミが次々と流れ着き、複雑に絡み合っては足場となっているのだろう。


 那須平はエンジンの出力を落として、停泊中の他のボートに並べて泊めた。比べ物にならない大きな二艘を見ると、ため息しか出ない。

 島の力は気づかないうちに格差が広がっているに違いない。

 流砂に突き出た桟橋のような足場に、ボートから伸びるロープをくくりつけて陸に上がる。

 重みを失ったボートが砂に抱かれてふわふわと揺れた。


「なんでこの橋流されないんだろ」


 桟橋にしゃがみ込み、身を乗り出して裏側をのぞき込もうとした未久を、那須平は慌てて止めて、体を起こさせた。

 この島では目立つ動きはタブーだ。距離はあるが、高い位置で目を光らせている若者がいた。

 表向きはただの島だが、あちこちで鉄パイプのようなものを片手にうろつく人間が多い。中には、原始的な鈍器ではなく、刃物を腰に差す者もいる。

 那須平は落ち着いた態度に見えるよう、砂岸で島全体をゆっくりと見回すと「行くぞ」と未久に告げた。


「なっさん、じっさんのリュックとハンマーは置いてくの?」


 闇市に行くと聞いて、二郎が用意したものだ。当然リュックの中身は知っている。

 中身を検められると面倒なことになる。

 那須平はかぶりを振った。


「置いていく。それより未久、ここからは何があってもしゃべるな。未久の声はよく響くからな」

「う、うん」


 那須平の人の変わったような重い声に、未久が身を固くした。


「それと、俺から絶対に離れるな。もし、どこかではぐれたら、この港で集合しよう」


 振り返って告げた那須平に、未久は無言でうなずいた。

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