11

少しずつ、エリスは衰弱し始めた

食欲が衰え、睡眠をとらなくなったことが原因だった

アダムはとうに神がエリスを救うという考えは捨てており、次第に少なくなる指示からエリスはかつて死んだ者たちと同じ道をたどるのだろうと推測を立てていた


エリスは虚空に向かってぶつぶつと助けを求めており、それにこたえる存在はいない

二人きりしかいない世界で、アダムもじわりじわりと精神がすり減っていくのをただ感じていた


「エリス」


アダムは守るべき存在と認識していた、娘の名前を口にする


「アダム、アダム。ねぇ、あの先には何があるの?

何故ここは閉ざされているの? なぜ、神は答えて下さらないの?」


アダムの声に反応して、エリスは空を見ながらつぶやいた


「エリス」


アダムは穏やかに名前を呼ぶ


「明日、あの先を見に行こう」


「ほんとう?」


「あぁ。だから、今日は、これを食べてもう眠れ」


瑞々しい果実を、アダムはそっと差し出した

それは、小鳥が口にした後、地に堕ちて砂に還った果実

何故、そのような果実があるのかはわからない

だが、疲れたものを休ませるためにあるのだろうと、アダムはそう考えていた


目の前の疲れた娘を休ませるため、アダムは食すことを禁じられていた果実を手にしていた


エリスはそれをしらない

見ていないのだ


だが、アダムが差し出すものは、特に警戒することなく口にできる

自分に危険なものではないと理解していたからだ

初めて目にする果実は赤く、とてもおいしそうだと思った


久しぶりに喉の渇きと空腹を感じ、エリスはその実を口にする

甘く、酸味が強い歯ごたえのある果実は、柔らかい物より食べにくかったが、空腹をいやすにはやわらかいものよりいい


もくもくと食し、差し出された二つ目を口にする

二つ目の途中で、エリスは眠気を感じ、眠る前にと慌てて果実を食べ進めていく

眠気を感じたのはいつぶりだろうか?

既に分からなくなってきているところだが、妙な安らぎに包まれ、エリスはその場に横たわる

その様子を見ていたアダムは、これで自分も少しは眠れるだろう。と、張り詰めていた肩の力を抜き、隣に横たわる


「明日には……」


「あぁ」


アダムは壁の先に行く事は出来ないと理解している

砂の下にもどうように壁はあるのだ。どうしたってここから出る事は出来ないのだ

嘘をついた。自身で自覚することなく、アダムは自らの意志で誤った情報をエリスに伝えていた


これを、正しく理解していたならば、モニター越しにアダムの成長を喜びながらも修正を掛ける事が出来ただろう

エリスが口にしたものをきちんと見ていたら、エリスを起こすために必要なものを教える事も出来た

だが、すでに、そこには誰もいなかった

電源が入ったまま放置されたAIだけが存在していた

学習能力よりもプログラムに沿った言葉を掛ける事に重きを置くそれは、マニュアル通り二人の様子を記録し、ただ、そのようにしただけだった


アイン達は、実験が失敗に終わるであろうことを理解してからは、すでに新しい実験の構想を練り上げる事に費やし、緩やかに箱庭が朽ちるに任せる事にしてしまっていた

そこに残されたもののことなど、顧みる事はなかった


果実を口にし、眠りについたエリスは、次の日も、その次の日も目を覚ます事はなく、ゆるやかに呼吸を弱め、数日後そのまま呼吸と心臓を止めた

残されたアダムは、エリスの死を理解し他の二人と同様に埋めたが、孤独に耐えるほど強靭な精神を持ち合わせていたわけではなく、やがて世界を呪う言葉を吐き、エリスと同じ実を口にした



Case№001

閉ざされた空間と制限された情報による知性の成長と文明発達の経緯の検証

対象者4名死亡につき、強制的に終了

うち、2名は発狂の傾向が認められ、1名は自死を選択

精神的な成長の度合いは不明

自死を選択した1名は、発狂した1名の真上にて毒の実を摂取

いかにして毒を認識したかは不明

1名の行動は記録からも不可解なものが多く、この1名の脳を摘出

成長度合いの解析を開始


最後に神に助けを求めたことから、当実験は旧世界の救難信号に基づき

Mayday と名付ける

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