月が綺麗ですね

 月が綺麗ですね、は愛しているという意味らしい。

 どうしてそうなったのかはよく知らない。

「人間って、なんでそんな回りくどいのでしょうか? 好きなら好きって言えばいいのでは?」

「これを考えたのはきっとシャイな人間だったのよ。あんたと正反対のね」

 と、雇い主に軽く溜息を吐かれた。

 当たり前の事を当たり前のように言っただけなのに、何故。

「シャイっていうか、私は面倒臭い人だと思います。伝えたい言葉はそのままの意味で言った方が通じますし」

「あーたがそれをいうと説得力ありまくりね……」

 と、雇い主が額を軽く押さえました。

「そうでしょうか? そうかもしれませんね。……私がさっさとあの人を拒絶していれば……あの人達も生きていたのかもしれませんし……」

 まあ私は殺されてたかもしてませんけど、と思わず苦笑いすると、雇い主は小さな声で「違うそうじゃない」と。

 あとこれだからこの鈍チンは……とかブツブツ呟いていた。

 しかし雇い主はすぐに、何か面白い事を思いついたとでも言いたげな顔でニヤリと笑いました。

「……あんた、今は伝えたい事はそのまま伝えればいい、ってそう思ってるのよね?」

「ええ、それで散々痛い目見たので……」

 思わず喉に手を当てる。

 かつては常に包帯を巻いていた、巻かざるを得なかったその部位を。

「じゃあ、今夜あーたの旦那に伝えなさい――愛している、ってね」

「え?」

 雇い主はとてもいい顔で笑っていた。

 いやなんでそんな話になったのだろうか、と困惑しているうちに雇い主は畳み掛けてきました。

「愛してるんでしょう? 大好きなんでしょう? ならちゃんと伝えなさいよー?」

 確かにその通りではあるのだけど、だからと言って……

 ……そういえば、あんまり言ったことがなかった気がする。

 今ではあまりにも当たり前すぎるのもあるし、昔の私と彼の関係はただの契約関係だったし。

 ……そう考えると、確かにいい機会ではあるのかもしれない。

「わかりました。そうですよね、言わなきゃ伝わらない事だってありますもんね」

 そう言って笑うと、雇い主は何故か変な顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る