布マスク
ご時世柄、マスクをつけないと睨まれるんで困った。でもどこでも買えなかった。そんなとき、布で作られたマスクをみつけた。少々割高にも思えたが、仕方がないので買った。
面倒だが、つけてみた。これで文句は言われない。しかも、気付くとどんどん仲間が増えている。それもそうだろう。それに、これなら何も問題はない。
年金生活の暇潰しに、パチンコ屋に行く。マスクをつけていない客を許せない自分に気付いた。そんな奴等に限って、平気で咳をしている。なんなんだ、こいつらは。でも私はマスクをつけているから平気だ。そんな日々が続いた。
いきつけの飲み屋が、自粛するとか言い出した。マスクがあれば大丈夫なのに、なんということだろう。私は困った。試しに、退職してからめっきり乗らなくなった電車で、適当なところまで行くことにした。切符を買うのも久しぶりだった。ややこしい自動券売機は、老人の都合を考えていない。おかげで、無駄な時間を食った。けしからんことだ。電車は空いていた。通勤するときもこのくらいだったらよかったのに。なぜ私があんな目に遭っていたのかと、怒りを新たにした。
なんとかいう駅前に出てみた。飲み屋っぽい店が開いている。私は常連のように堂々と入った。店員はのたまう。「ただいまお持ち帰りのみの営業です」と。私は客だ。客などはいらないと言うのか。とんでもない店である。私の方から願い下げだと言っておこう。少し歩くと、今度は開いていそうな店があり、難なく入って席に着けた。だが店員が言い出したのだ、「本日はもうラストオーダーですがよろしいか」と。自粛で早仕舞いだそうだ。落ち着いて飲むこともできないのか。仕方ないので、いつものように二級酒を一杯だけ呑んだ。
そうこうするうちに、近所のパチンコ屋が休むようになった。開いている店があるとは聞くが、どこだかよくわからない。しかしありがたいことに、そういう店をテレビで宣伝していた。あそこまで行けば打てる。なら行こう。そう決めた。乗り換えや乗り継ぎがよくわからないが、最寄り駅の名前だけはメモしておいた。そこまで行けばなんとかなるだろう。
なんとか着いた駅は、店からは遠かった。こんなことになるなら車を売らなければよかったが、後の祭りだ。しかも、駅員はつかまらない。仕方がないので交番に行って道順を聞くことにした。どうやら、まっすぐ歩いて行けばよいようだった。そして店に着いたらもう昼過ぎだった。店内は、混雑していて、空いている台がなかった。小一時間いても空かないので、諦めて帰ることにした。
帰り道では、迷った。なんとか線路をみつけたので、沿って歩いたら隣の駅に出たようだった。駅前でマスクを外して一息ついてみたら、すっきりした。買い物帰りの婆さんたちがひそひそ話をするのが聞こえたが、気にしてもいられなかった。ただ、歩く前に、マスクを付けた。
そんな日がしばらく続いて、ある朝、具合が違った。なんだか熱があるようだ。身体がきつい。起き上がれない。私は救急車を呼んだ。
「布マスクを洗っていなかったんじゃないですかね。」
そんなことを医者が言ったような気がする。確かにその通りだ。髭もよくないと言われて憤った記憶もある。無礼な医者である。その他、細かいことは覚えていない。
例のウィルスの仕業かどうかはわからないが、私は高熱で病院に入れられた。
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