第2話 ログイン

「いやぁ、最悪の場合の話なんかしなきゃ良かったかなぁ」


楠からの依頼を受けるにあたって、詳細を詰めていた時のことを思い返す。

手付金や成功報酬に加えて失敗した場合の話も出たのだが、その時の楠の反応にユウキはほとほと困り果てていた。


「こっちだってミスる気はないけど、一応話ぐらいはしとかないとと思ったのがマズかったか。うーん、でも私としてもそこは譲れないしなぁ。にしても、アレはない」


救出対象を見つけられなかったり、既に死亡しているケースを取り上げただけで号泣し、ユウキのパーカーを伸びるほど引っ張りながら追い縋られたのだ。

……鼻水も流しながら。


「お気に入りのパーカーが台無しだよ。大体、自分の娘とそう年の変わらない女子に簡単に触っちゃダメでしょ!写真でも撮られたら、政治家生命終わりだからね」


携帯端末を片手に、ブツブツ文句を言いながら目的地に向かうユウキ。


「まぁ今回は私にとっても利のある話だし?受けるっちゃ受けるけど、今後の付き合い方は考えないとね」


『そうだね』


携帯端末の向こうから返された相槌は、まだ若い男性のものだった。

彼こそが、救出屋として働くユウキのパートナー。


『で、首尾はどう?』


「うん。大体いつもどおりかな。救出板サルばんに依頼を載せて、3日以内に返事が無ければそのまま適当にクリア。救助者シンカーが見つかれば、最長で14 日以内にクリアって感じ。できるだけ助けてあげたいけど、やっぱそれが限度かな」


『なるほど。確かにいつもどおりだね』


依頼を受けるにあたってユウキが決めているルールがある。

その一つが


「あんまり長く潜ると、現実こっちが厳しくなるからね」


最大ログイン日数だ。

言うまでもなく、ログイン中は肉体を自由に動かすことなどできない。

例え救出サルベージが成功したとしても、ログイン日数が多ければ多いほどその後の生活に影響を及ぼす。

救出屋として何度も繰り返しログインするからには、制限を設けるのは仕方のないことだった。


『まぁログイン中のことは僕に任せておいてよ。ユウキのケアはバッチリするからね』


「うん、頼りにしてる。じゃあそろそろ着くから、詳しいことはその時に」


『了解』


通話を終えたユウキが辿り着いたのは、見るからにセキュリティが厳しそうなコンシェルジュ付きの高級タワーマンション。

それなのにフリースパーカーにジーパン姿のユウキを見ても、コンシェルジュが静止することはなかった。






訪れたのはタワーマンションの28階。

表札には一ノ瀬とある。

そこはユウキのパートナーである一ノ瀬アキラが購入した、事務所兼自宅スペースだった。

到着早々相棒と打ち合わせを終わらせると


「じゃあ、チャッチャと行って来ますかぁ!」


早速ユウキはVRシステムを身に付け、専用の寝台に横たわる。


「くれぐれも気を付けてね」


「分かってるって。そんじゃ、後は任せたよアキラ」


「はいはい。こっちは任せて、ユウキは「3LO」に集中してくれればいいよ」


「私がログイン中に変なことしたら絶対殺すからね」


「しないしない。いつも姉さんが見張ってるのにする訳ないでしょ」


「ならば良し」


救出者サルベージャーはログイン中無防備になる。

ユウキの懸念は尤もだが、何度も繰り返されたやり取りにお互い笑顔を返す。

というのも、ユウキとアキラ、そしてアキラの姉である恭子の3人で一つのチームだからだ。

VR世界の担当はユウキ、現実世界の担当はアキラ、ユウキの肉体的サポート及びアキラの補助が恭子、と各自の役割はハッキリしている。


「じゃ、いってくる。恭子さんによろしく」


「はいよ。そんじゃ、いってらっしゃい」


そしてユウキは24 回目になるログインを果たした。






再び「3 LIFE ONLINE」の世界に入ったユウキの前に現れるのはいつものピエロ。

そう、半年前に現れたあのピエロだ。


『ようこそ「3 LIFE ONLINE」の世界へ!』


「ふん。何がようこそよ」


『プレイヤーのデータを取得中です。……取得完了。あなたはクリア経験者と判定されました。間違いありませんか?』


「そうよ」


苦々しく感じつつも正直に答える。

このピエロは本当に質が悪い。

聞いているからだ。

実際、先ほどの問いを否定したこともあったが、その時のことは今でも後悔している。

そんなユウキの心情を気にかけるはずもなくピエロは続ける。


『クリア経験者には次の選択肢からお好きなものを選べます』


ユウキの前に浮かんだのは


・強くてニューゲーム

・弱くてニューゲーム

・ヘルモード


の三択。

悩むまでもなくユウキが選んだのは


「弱くてニューゲームよ!」


だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る