第2話 ログイン
「いやぁ、最悪の場合の話なんかしなきゃ良かったかなぁ」
楠からの依頼を受けるにあたって、詳細を詰めていた時のことを思い返す。
手付金や成功報酬に加えて失敗した場合の話も出たのだが、その時の楠の反応にユウキはほとほと困り果てていた。
「こっちだってミスる気はないけど、一応話ぐらいはしとかないとと思ったのがマズかったか。うーん、でも私としてもそこは譲れないしなぁ。にしても、アレはない」
救出対象を見つけられなかったり、既に死亡しているケースを取り上げただけで号泣し、ユウキのパーカーを伸びるほど引っ張りながら追い縋られたのだ。
……鼻水も流しながら。
「お気に入りのパーカーが台無しだよ。大体、自分の娘とそう年の変わらない女子に簡単に触っちゃダメでしょ!写真でも撮られたら、政治家生命終わりだからね」
携帯端末を片手に、ブツブツ文句を言いながら目的地に向かうユウキ。
「まぁ今回は私にとっても利のある話だし?受けるっちゃ受けるけど、今後の付き合い方は考えないとね」
『そうだね』
携帯端末の向こうから返された相槌は、まだ若い男性のものだった。
彼こそが、救出屋として働くユウキのパートナー。
『で、首尾はどう?』
「うん。大体いつもどおりかな。
『なるほど。確かにいつもどおりだね』
依頼を受けるにあたってユウキが決めているルールがある。
その一つが
「あんまり長く潜ると、
最大ログイン日数だ。
言うまでもなく、ログイン中は肉体を自由に動かすことなどできない。
例え
救出屋として何度も繰り返しログインするからには、制限を設けるのは仕方のないことだった。
『まぁログイン中のことは僕に任せておいてよ。ユウキのケアはバッチリするからね』
「うん、頼りにしてる。じゃあそろそろ着くから、詳しいことはその時に」
『了解』
通話を終えたユウキが辿り着いたのは、見るからにセキュリティが厳しそうなコンシェルジュ付きの高級タワーマンション。
それなのにフリースパーカーにジーパン姿のユウキを見ても、コンシェルジュが静止することはなかった。
訪れたのはタワーマンションの28階。
表札には一ノ瀬とある。
そこはユウキのパートナーである一ノ瀬アキラが購入した、事務所兼自宅スペースだった。
到着早々相棒と打ち合わせを終わらせると
「じゃあ、チャッチャと行って来ますかぁ!」
早速ユウキはVRシステムを身に付け、専用の寝台に横たわる。
「くれぐれも気を付けてね」
「分かってるって。そんじゃ、後は任せたよアキラ」
「はいはい。こっちは任せて、ユウキは「3LO」に集中してくれればいいよ」
「私がログイン中に変なことしたら絶対殺すからね」
「しないしない。いつも姉さんが見張ってるのにする訳ないでしょ」
「ならば良し」
ユウキの懸念は尤もだが、何度も繰り返されたやり取りにお互い笑顔を返す。
というのも、ユウキとアキラ、そしてアキラの姉である恭子の3人で一つのチームだからだ。
VR世界の担当はユウキ、現実世界の担当はアキラ、ユウキの肉体的サポート及びアキラの補助が恭子、と各自の役割はハッキリしている。
「じゃ、いってくる。恭子さんによろしく」
「はいよ。そんじゃ、いってらっしゃい」
そしてユウキは24 回目になるログインを果たした。
再び「3 LIFE ONLINE」の世界に入ったユウキの前に現れるのはいつものピエロ。
そう、半年前に現れたあのピエロだ。
『ようこそ「3 LIFE ONLINE」の世界へ!』
「ふん。何がようこそよ」
『プレイヤーのデータを取得中です。……取得完了。あなたはクリア経験者と判定されました。間違いありませんか?』
「そうよ」
苦々しく感じつつも正直に答える。
このピエロは本当に質が悪い。
知っていて聞いているからだ。
実際、先ほどの問いを否定したこともあったが、その時のことは今でも後悔している。
そんなユウキの心情を気にかけるはずもなくピエロは続ける。
『クリア経験者には次の選択肢からお好きなものを選べます』
ユウキの前に浮かんだのは
・強くてニューゲーム
・弱くてニューゲーム
・ヘルモード
の三択。
悩むまでもなくユウキが選んだのは
「弱くてニューゲームよ!」
だった。
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