第1話 救出者と救出屋と
「お願いしますユウキさん!娘を、娘をどうか助けてください!」
そう言って90度にも及ぶほど頭を下げたのは、見るからに高級なブランドスーツを身に着けた40代の男だった。
どこかの企業と契約を結ぶためにそうしているならそれほどおかしくない。
だが、彼の言葉と、頭を下げている相手を考慮すればそれは不自然だった。
男の向かいにはソファーでゆったりと寛ぐユウキという女性。
年の頃は恐らくは20前後、まだ若干の子供っぽさを残し大人へと至る成長段階のようにも見える。
服装にしても、グレーのフリースパーカーに青のジーンズ、インナーは無地の白Tシャツといった具合だ。
どこにでも売っていそうな安物の服を着た、どこにでもいそうな顔立ちの女。
髪だって黒髪セミロングのストレート、そこらにいる高校生や大学生となんら変わりない。
なのに、ブランドスーツを着こなした大の大人が必死で頭を下げている。
その理由は
「こんなことを頼めるのは、もう救出屋の貴女しかいないんです!どうか、どうか娘をあのゲームから救ってください!」
ユウキが
「えーと、楠さん?」
「はい、何でしょう!」
ユウキの言葉に食い気味に返事する楠と呼ばれた男性が今回の依頼者。
「依頼を受けるのはいいんですけどね。ウチは高いですよ?」
「構いません!承知の上で、救出屋である貴女を頼ったんですから」
「……即答ですか。念のために言っておきますけど、ウチには補償なんてありませんけど、それでもいいんですね?」
「理解の上です」
楠の剣幕に、ユウキは一つ溜め息を吐く。
なぜならユウキは、救出者であると同時に救出屋でもあるからだ。
一般に「3 LIFE ONLINE」のクリア者で、クリア代行を請け負うものを
通常はゲームクリア者の中から政府が指名した者が
ユウキだけではないが、世界中には政府が未だに「3 LIFE ONLINE」のログインサイトを閉鎖できないのをいいことに、無許可で再ログインし救出屋となる者がある程度存在した。
面倒なのは彼らが、政府の指名などクソくらえ、ログインしたいときにログインする、自分のルールは自分で決める、とばかりに己の矜持に従う者が多いことだ。
当然ながら統制をとるのは不可能。
ゆえに政府は彼らを毛嫌いし、金で動く卑しい者、救出屋と呼んだ。
言い換えれば、モグリの
「楠さん、あなた政府の役人なんでしょ?なんでウチに頼るワケ?」
ユウキにはそれがどうしても疑問だった。
最初の挨拶の際に出された名刺には「衆議院議員 楠大吾」とあった。
政府が毛嫌いする救出屋である自分に頼るのはどうにも腑が落ちない。
そもそも救出屋は、政府の支援なしで再ログインする無法者だ。
誰しも自分の命が最優先、危なくなったら依頼など無視するかもしれない。
加えて、ログイン規制法を無視してまでログインする者に、政府は責任を負わないと明言している。
これは「3 LIFE ONLINE」の被害者救済のために莫大な社会保障費が嵩んでおり、未だ解決の糸口が見つからないことも関係している。
政府の警告や法律を無視する者にまで払う金はない、という意思表示だ。
なのにユウキへの依頼は、政府役人が法律違反を教唆している状況である。
ユウキが疑問を抱くのも当然だった。
政府の方針自体は、一部の団体からの反発はあるものの概ね受け入れられている。
事件発生から半年が経った現在、ゲーム内に閉じ込められている人数は減るどころか増加しているのだから。
先行きの見えない状況に多くが妥協するのも仕方ない。
尤も
「それは……政府に頼っていたら、いつまでも娘を助けられないからですっ!」
閉じ込められたのが血縁者なら、そう穏やかにはしていられない。
「私だって貴女に依頼するのが間違いなのは分かっている。だが、政府は救出対象に優先順位を付けた!平等を謳う政府が、平等であるはずの人間に!そして奴らが付けた娘の順位は……130万8067位だという」
そう語る楠の手からは血が滲み出ていた。
「ふざけるなっ!何が130万8067位だ!?一度のクリアで救われる者の数は精々100人が限度。なら、私の娘が救われるのはいつになる?徐々に攻略難易度が上がる世界で、娘はいつまで生きられるというのか!?」
現状クリア者は一日に一人出るか出ないか。
難易度が上がれば当然その数はもっと減る。
政府役人である楠は、その現実を誰よりも知っていた。
「…………だから、私は貴女に依頼することにしたんです。日本で唯一の
「はあ、よく調べてますね?政府に対して不満を持ちつつも、政府の権限は最大限に利用するってこと?」
「そうです」
臆面もなくそう宣う楠に呆れつつも、ユウキは決定した。
「いいよ。依頼は受ける」
「本当ですかっ!?」
「はい、本当本当。だから落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!これで娘は助かる!やった、やったぞ里香!」
「いや、失敗する可能性もあるんですけど」
「何を仰る。世界でも数人しかいない
「ナニコレ。期待が重いんですけど」
政治家のくせしてこんなに感情に流されてて大丈夫なのか不安になるユウキであった。
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