第6話 白から黒猫
「直樹、悩みは女性問題か?」
目の前にいる浩二は生中を一気飲みし、目ん玉をギョロッと剥いて興味津々に訊いてきました。
私はビンサラ、つまり貧乏サラリーマン。
されどもバチェラー、浮いた話の一つや二つあるんじゃないかと友人に勘ぐられても可笑しくありません。
だがここは「当たらずとも遠からずだよ」と曖昧模糊に返してやりました。
「おいおい、お前が相談したいことがあるって言ってきたんだぜ、さっさと話せよ」
浩二が少し顔を赤らめましたので、「まあまあ、だから今日の支払いは俺がするよ」と宥めますと、浩二は私のグラスに自分のグラスをカチンと当て、あとはニッコリと。
私はこの笑顔に、「おかわり頼みます!」と追加注文しました。
そして冷え切った二杯目に浩二が口を付けたのを確認し、徐に話し始めました。
「実は……、女性は女性でも俺の上司の
「おいおい、現状で充分太っちょじゃね~か。春夏秋冬ダイエットが必要だろ」と浩二はまことに正論を吐きました。
「その通り、だけどどうしても秋はピークで、10キロ増えるんだって。それにこの現状維持は椿子課長から俺への特命事項なんだよ、とどのつまり結果が出なければ、ボーナス減額されるんだよな、そこで雑学王の浩二様にお伺いで、どうか妙案を俺に授けてくれ」
私は必死のパッチで手を合わせました。
すると友は「少々のパワハラは受けて立たないとお前の出世も閉ざされるからな。お前とは未確認生物発見同好会からの付き合い、だから特別に教えてやろう、食欲の秋に打ち勝つためには――白から黒猫――だよ」と澄まし顔で宣いました。
私はグラスを持ったままポカーン。
その15秒後、枝豆を3粒口に放り込み、「リーダー、その白から黒猫って、新種ですか?」と学生時代にワープしたような反応をしてしまいました。
すると浩二は「ああ最近わかったんだよ、
私はこの奇想天外の展開に返す言葉が見つからず、なるほどと相づちを打つしかありませんでした。
しかし考えてみれば、ちょっと変。
「白猫と黒猫って、二匹は結構手間じゃないか?」と疑問を投げかけると浩二は言い放ちました。
「白から黒猫ってのは一匹だよ。最初は白猫だけど、人間の食欲を喰うことにより黒猫へと変身していくんだよ。どうだ、衝撃だろ」
私は思わず眉に唾を付けました。
この振る舞いを目にした浩二、「今度の日曜日、白から黒猫、一緒に捕まえに行くぞ。これは直樹のためにだ」とえらい剣幕で吠えました。
私は友の善意を断れず、「ヨロチクね」と返すしかありませんでした。
白から黒猫の餌は人間の食欲そのもの。
もし椿子課長がこの猫を飼えば、女史の食欲は食べられ、たとえ食欲の秋であっても体重68キロはキープできるはず。
私はこう信じ、浩二の案内で若尾若尾山に足を踏み入れました。
されどもどうやって捕まえるか?
ここは浩二の発案で、私は三日三晩――絶食――を強いられました。
ああ、何でも良いから口に入れたい、そんな食欲爆発状態でヤツを誘き出し、そこに網を投げて捕まえる。
要は私は囮ってとこかな。
「浩二、頼む、お握り一つで良いから食わせてくれよ」
私は腹ぺこでぶっ倒れそう。
だが「冬ボー満額獲得のため、頑張れ!」と冷たく浩二に励まされ、半死状態で山の中腹にある滝へと行き着きました。
あ~あ、もう一歩も動けません。
私は苔むす岩にもたれかけ、「浩二、もうボーナス諦めるよ」と弱々しく吐いた時です、ニヤ~オ。
近くの洞穴から出てきたのか、一匹の白猫が私の足下にすり寄ってきたのです。
私がよしよしとなでてやると、喉をゴロゴロさせて私の胃袋辺りをなめてきました。
これを見ていた浩二、有無を言わせず網を投げ、囮の私もろとも捕獲、しやがった。
こんな力尽くの作業の後、よろめきながらも無事下山。
そして椿子課長に白から黒猫を推奨し、課長宅に猫ちゃんは移住。
その結果見事に課長の体重は増えず、68キロは維持されました。
ワ~イ、ワ~イ、ボーナス満額獲得だ!
と喜んだのも束の間、課長の身に不幸が。
食欲は猫に食い尽くされ、初冬にはカトンボ状態になりはりました。もうかっての愛すべき迫力はありません。
そんなある日、課長が私のアパートを訪ねてきました。
「直樹君、かっての食、その幸福感を取り戻したいの、だからお返しするわ」と語り、バスケットから丸まると激太った黒猫を引っ張り上げられたのでした。
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