第4話 ワイルド・バイシクル
今年は大雪でした。
しかし世の常、時は巡り行き、早くもあちらこちらから桜の開花宣言が聞こえてきます。
きっとそのせいでしょうか、ビンサラ、いわゆる貧乏サラリーマンの小生の心もそこはかとなくウキウキと、……、なりにけりです。
そんな時にですよ、唐突窮まりない電話、「直樹、花見に行かないか?」と浩二から掛かってきました。
まことに、びっくり三年柿八年。
というのも学生時代、未確認生物発見同好会のリーダーだったヤツは卒業後も私を強引に引き摺り込み、パンダ猫の捜索や富士樹海にある風穴の竜宮姫に会いに行ったりと、まことに珍奇な活動を継続。
さらに昨年は沖縄のヤンバルクイナの森で妖怪キムジナーと親しくなり、とどのつまりはずっと一緒に暮らしていると思っていました。
そんな浩二に「なんで沖縄から戻ってきたんだよ?」と問うと、「キムジナーの娘に結婚迫まられてな、参ったよ」と電話口の向こうでどうも薄毛の頭を掻いている模様。
それに私がクスッと笑ってやると、浩二は「理由は他にもあって、何だと思う?」ともったい付けやがり……やんした。私はまったく興味な~し。
ですが、まっ一応友達なもんで、「お前の好物は鯛焼き、それが恋しくなったんだろ」と暖かく茶化してやりました。
これに浩二は「それは3番目の理由かな」と否定はせず、そして暫しの沈黙後弾む声で答えたのです。
「自転車だよ」と。
「なぬ、自転車?」
私は浩二の話しの筋が読めません。
だって沖縄に自転車はありますし、それになぜ自転車からいきなり花見への誘いなのでしょうか?
それでも想像を膨らませ、「鯛焼きを頬張りながら自転車で花見。意外にお前は花より団子の余裕ある平和愛好者だったんだな」と貧乏サラリーマン、ビンサラ特有の屈折が抜け切れてない言い回しで返してしまいました。
浩二はこれに「ちゃう!」ときつく否定し、「今度の日曜の午前2時に、桜
私は一人ムカムカ。
しかし冷静に考えると、今でも未確認生物を追っ掛けてる浩二、何かがありそう。そこで私は出掛けることにしました。
それは満月の夜でした。
二つの大河が合流する地点へと桜並木が伸びる背割り堤。
未だ未熟なままの薄紅花が月光にむしろ青白く浮かび上がり、そのトンネルはまさに地の果てへと貫いていました。
「ヨッ、直樹、やっぱり来てくれたか」
レンズバズーカを重々しく装着したカメラを抱え、寂々たる空気を破り、浩二が現れました。
そして間髪入れずに「さっ、仕留めるぞ」と吠え、土手の斜面へと下りて行きました。
私は追い掛けるしかありません。
浩二は私を尻目に、適当な場所見付けたのでしょう、手際よく三脚を立てカメラをセットしました。
「何を撮るんだよ。こんな夜に呼び出したんだから、説明しろよ」
私はここまで取り付く島もなかった浩二に文句を付けてやりました。すると浩二は未確認生物ハンターの目をぎらつかせ、秘めた思いを吐いたのです。
「獲物は自転車だよ、いや、ワイルド・バイシクルと呼ばれる野生動物だよ。三分咲きの月夜に、群れがまるで狼のように桜背割り堤を駆け抜けて行くんだぞ。その一瞬を撮りたくってね。これこそが沖縄から戻って来た理由で、いつだって機嫌良く付き合ってくれるお前にお礼がしたい、そう、千載一遇のチャンスのお裾分けだよ」
「おいおい浩二、俺は機嫌良く付き合ってるわけじゃないぞ。それにしても野生の自転車って……、お前一度病院へ行った方が良いんじゃないか」
友人としてこんなサジェスチョンをしてやった時です。遠くからシャアーという音が聞こえてきました。
その方向に目を遣ると、桜背割り堤に無人の自転車が10台ほど、いやどこまでも流線型の10頭でしょうか。
ヘッドライトに当たる目から黄金ビームを発し、車輪のような輪っぱを高回転させながら、アッ、アッ、アッ、まるで疾風の如く――、駆け抜けて行きました。
もちろん浩二はこの一瞬を逃すまいとシャカシャカシャカと連射連射のてんこ盛りでした。
フー。
浩二はちょっと臭めの息を吐き、「超A級未確認生物、ワイルド・バイシクルをついにゲットしたぞ」と満足度100%越えでした。
しかし、私はもう一つ飲み込めません。
「長年駅前に放置されてきた自転車が、何かの切っ掛けで動物に進化したってことなのか?」
私はこんな無垢な疑問をぶつけてみました。
すると達人は素人の私に講釈したのです。
「現代の自転車が生物に進化したのではない。野生の自転車は古代から生存していて、それを目撃したドイツのドライスさんが真似て、今の自転車の原型を作ったんだよ」
私は思わず眉に唾を付け夜空を見上げました。
するとお月さんがニッコリされてるようでして、貧乏サラリーマンの私でも思わず叫んでしまいました。
「野生自転車を見たぞ、ラッキー!」
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