第3話 沖縄に鯛焼き、イーヤーサーサー、イーヤーサーサー!
那覇空港のターミナルビルの外へと出ると、本土は冬だというのに、いきなりムッとした熱気が襲ってきました。見上げると、紺碧の空に白い雲がモコモコと立ち上がってます。
ああ、ここは夏だ、と再認識した時です、「直樹、こっちだよ!」と、駐留米軍からの払い下げなのでしょうか、ブルブルと車体を震わす旧型4WD車、その運転席から浩二が手を振ってきました。
私は駆け寄り、キャリーバッグを後部座席へと放り投げ、思い切りシートが破れた助手席に乗り込みました。
それから恩着せがましく、「鯛焼き、たくさん買って来てやったぞ」と言ってやりました。
だが友人はこの嫌みを無視し、ガタゴトと発進させました。
学生時代は未確認生物発見同好会のリーダー、そして今も活動継続中、そんな浩二がここ1年行方不明でした。
またパンダ猫でも探しに放浪してんだろうと放っておいたわけですが、それがつい2週間前のことです。
最北端の辺戸岬の絵はがきを突然送り付けてきたのです。
おっ、生きてたか、と一応安堵したわけですが、あとは「なんじゃ、これ?」と。
というのも、文面が――、鯛焼き、どーんと買って来てくれ、ですよ。
ふざけんなとハガキを破り掛けましたが、青い海か、たまには旅にでもと出掛けてきた次第です。
それにしても沖縄に鯛焼きって……、うーん、不可解!
この謎は解かれぬままオンボロ車で北へとドライブ。そして連れて行かれた地がヤンバルクイナの森でした。
鬱蒼とした亜熱帯ジャングル、細い道、いや、獣道が薄暗い奥へと続います。だけど浩二は慣れたもの、とっとと前進につぐ前進。
私は頭に来て、背中に不満を投げ付けてやりました。
「こんな地道じゃ、コロコロが役に立たんぜ。快適リゾートに案内しろよ」と。
だけど彼は振り返らず、
私は旅行前の下調べで、樹木の精霊のキジムナーについて、いいヤツだが怒らせたら恐い。
赤髪で枝のような手を持つ妖怪でもあり、最近あちこちで出没しているとか。
また海に潜って魚を獲るのが上手で、魚をよく食べる。特に左の目玉が大好きのようだと情報を得てました。
そう言えば、来た道に左の面玉がくり抜かれた魚が落ちてました。
あれはヤツが食べあとかな? と想像を巡らせながら、仕方なくヨロヨロと。
そして我慢して30分は歩いたでしょうか、浩二が「村に着いたぞ」と指差しました。
その方角に目を遣ると、森にポッカリと穴が開いたような広場に、ヤンバルクイナが鶏のように遊んでます。
さらに背後には10戸ばかりの草葺き小屋が並んでいました。
浩二はまるで住人かのように、「ケーティチャビタン」(ただいま)と発しました。
すると「ケータンナー」(おかえり)と背丈が子供ほどの10匹、いや、10人ばかりの赤毛の連中が小屋から現れたのです。
「メンソーレー、ワッター ヤ キムジナー ヤイビーン」
これは彼らの自己紹介かな?
そこで私は「ワンネー、直樹ヤイビーン、ユタシク」と憶え立ての挨拶で。
だけどその隙に、浩二は私のバッグから鯛焼きを取り出し、「ウサガミソーレー」(召し上がれ)と手渡しました。
ここで私は初めて気付きました、鯛焼きは魚好きのキムジナーへの土産だったのだと。
それにしてもちょっと変、鯛焼きって魚類?
こんな奇妙奇天烈をよそに、ヤツらは鯛焼きの左目から食べ、あとは頬張って「イッペーマサン」(美味い)と目を丸くして喜んでくれました。
こうして私は受け入れられ、浩二と共ににしばらくの宿泊が許されたのです。
そして翌朝のことです。元々ウミンチュ(漁師)のキムジナー、私たちを漁に誘ってくれました。
深い森に朝陽が射し込む前に洞窟から地下へと下り、東へと進むと断崖絶壁が迫る海へと出ました。
そこで様々な魚介を獲るのですが、いやはや仰天。キムジナーの嗜好にあやかったのか、私の左の目玉が飛び出ました。
女足魚、ニャンニャン蟹、パン鮹などですよ。
要は未確認生物の宝庫でした。
そして陽が沈むと、大漁の宴を持ってくれました。
こんな愉快な時はあっと言う間に流れるもの。すぐに3日が経ち、「お前は俗界のサラリーマン、留守はほどほどにして、仕事に戻った方が良いぜ」と浩二が注意してくれました。
これで私はハッと我に返ったわけです。
「マタヤーサイ」(またね)、キムジナーたちからの声を背に、私は一人ヤンバルクイナの森を後にしました。
しかし、後ろ髪を引かれる思いでした。
なぜなら「キムジナーとの友情をもっと育みたい」と言って居残った浩二の自由奔放な生き方が羨ましかったからです。
それでも私は「俺は俺なりに、頑張る日常に戻ろう」と気を取り直し、友とキムジナーの絆がもっと深まりますようにと後方のジャングルに声を張り上げたのでした。
沖縄に鯛焼き、イーヤーサーサー、イーヤーサーサー!
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