第2話 竜宮風穴の姫たち

『親からもらった命、粗末にするな!』

 ここは青木ヶ原樹海、その登山道の分岐点にこんな看板が掛かってました。

「自殺しに来たんじゃないよな」

 浩二に確認すると、「直樹、お前はバカか」と否定され、私はホッとしました。

 それにしても重なり合う樹木のせいで鬱蒼とし、とんでもなく蒸し暑いです。

 その上に、磁鉄鉱の溶岩だらけで磁石は使い物にならず、方向を見失います。

 こんな危険な所に踏み入ってしまった浩二と私、果たして無事に帰還することができるのでしょうか、不安です。

 それでも赤い紐を枝に括り付け、樹海の奥深くへと入って行きました。


 こんな行動になってしまった切っ掛け、それは久し振りに浩二と旧交を温めている最中に、浩二が唐突に発した「美しい未確認生物、いや、女性がいる、一緒に発見しに行かないか」の誘いでした。

 学生時代、浩二はツチノコなどの未確認生物同好会のリーダーをやっていました。そして卒業後はパンダ猫。

 それが今は、こいつもちょっと成長したかなと嬉しくもありました。

 そして我が身は彼女いない歴3年、そろそろ新たな恋でもと願ってましたので、OKと答えてしまいました。


 それからです、が始ったのは――。

 あれは5月の連休明けだったかな、俺は公園のベンチでのんびりとコンビニ弁当を食べてたんだ。

 そんな時に中年のご婦人がふらりと俺の所へやってきて、「稲瀬浩二さんですよね。お母さんからの言付けがあります」と仰るのだよ。

 驚いたぜ、だって母親は3年前に他界したんだぜ。

 だけど俺は気を落ち着かせ、「母からの遺言だったら、話してもらえませんか」と頭を下げると、その女性が実に奇妙な話しをしたんだよなあ。


 最近話題になってるだろ、500光年先に地球によく似た惑星ケプラー186fがあると。

 そこの星人は風の民と呼ばれていて、1千年の昔に宇宙の風にひょいと乗って地球にやってきたとか。

 で、俺は……、その末裔だって。


 どうも母はいまわの際にご婦人に伝言したらしい。

 つまり俺は何にでもひょいと乗ってしまう風の民の血筋で、おっちょこちょい。

 だから、何か予感がする時は行動を慎みなさいと。

 だけど、そんなこと突然訓話されても、どうして良いのかわからないだろ。それで頭を抱えてると、ご婦人が言うんだよ――、竜宮城に行きなさいってね。


「竜宮城? そんなの海の中で、行けるわけないよ」

 私はバカバカしくなりました。しかし、浩二は私の反撃に怯みませんでした。


 竜宮城は樹海という海にもあるんだって。

 俺、ちょっとズッコケたよ。

 それでも美しい姫たちが舞う竜宮城だぜ、どうもそこへ行くと新たな人生が開けるらしい。

 だけど、その時思ったんだよ、こんな素晴らしいこと独り占めしちゃダメだと。

 それで誰かにお裾分けしようと、結婚願望の強い友人を誘ってもよろしいかと尋ねてみたんだ。

 するとご婦人はVサインでね。


「おいおい、その結婚願望の強い友人って、俺のことか?」

 私が問い詰めると、浩二はニッコリ。

 この意味深な笑いに煽られて、「どこにあるんだよ、竜宮城は?」とついつい訊いてしまいました。


 富士の樹海に大室おおむろ洞穴、本栖もとす風穴、富士風穴の3つの洞穴があるらしいぜ。

 その三角形の真ん中に、誰も知らない竜宮風穴というのがあるんだって。

 その穴の奥に煌びやかな竜宮城があって、華やかな姫たちが毎日舞い踊って暮らしてるらしいぜ。

 さらに驚くことに、そこには大きな氷室があって、鎮座した氷の龍がドラゴンボールを握ってるんだって。


「えっ、それってどんな願いでも叶う如意宝珠にょいほうじゅのことか?」

 私が目をぎらつかせると、浩二はすかさず「お姫さまもドラゴンボールも、お持ち帰りできるんだぜ。だから直樹……、一緒に行ってくれるよな」とにじり寄ってきました。

 私もかなりミーハーで、「ヨッシャ!」とハズミで答えてしまったのです。


 こんな経緯で、私たちは汗びっしょりで、白骨が転がる樹海の中を2時間彷徨いました。そして、やっと開けた場所へと。

 よく見ると、奥の茂みに1メートルくらいな穴が開いてます。

 私たちは直感しました、こここそが美しい姫たちが住む、さらにドラゴンボールが眠る竜宮城への入り口だと。

 さあ、いよいよです。私は身震いしました。


 ところが浩二はカチンと固まったままです。

 そして「何か予感しないか?」と。

 そう言われれば、私も悪い予感がします。

 そんな時、大地がグラグラと。

 木々の合間から富士山を見ると仰天です。

 噴火したのです、三百年ぶりに。


「あ~あ、これで竜宮の姫たちは永遠に未確認のままとなるか」

 こう嘆く浩二に、「親からもらった命、粗末にするなってこと。予感は富士山の噴火だったようだが、なにか不吉を感じれば、行動を慎めってことだよ」と声を掛けました。

 そして私たちは竜宮風穴からくるりと踵を返し、元来た道を急いだのでした。


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