短編集・未確認生物

鮎風遊

第1話 パンダ猫

浩二こうじ、卒業してからどうしてたんだ。それで……、発見できたのか?」

 駅構内にある喫茶店で、学生時代の友人、稲瀬いなせ浩二に向かい合い、私はズバリ尋ねました。

 なぜならあの頃の浩二は未確認生物探検同好会のリーダーをやっていて、よくリュックをかつぎ山や無人島へと出掛けていたのを憶えていたからです。


 そう言えば、当時はツチノコブームでした。

 探検から帰ってきた浩二はその存在の可能性を喜々として語っていました。

 そんな浩二がやっぱりあの頃と同じように大きなリュックを背負い、改札口からふらっと出てきました。そして私の目の前をヨタヨタと通り過ぎようとしたのですよ。

「おーい、浩二じゃないか、久し振りじゃないか!」

「おっ、直樹なおき、直樹だよな! おまえ、元気でやってたか?」

 思わずこんな言葉を掛け合ったわけですが、懐かしくもあり、すぐに近くの喫茶店へと入りました。


 そしていきなり「発見できたのか?」と質問を飛ばしたものですから、浩二はブルブルッと身震いし、こう答えたのです。

「ああ、ツチノコのことだろ、あれはちょっとね。その後はカッパを追いかけて、発見まではなかなか至らなかったんだよなあ」

 浩二の歯切れは悪かったです。

 しかし、その割には目がどぎつく輝いていたのです。


 私は浩二のことはよく知ってます。

 だいたいこいつは新たな未確認生物、その標的をセットし直すと、目をキラキラと、いやギラギラとさせるヤツだと。

「それで、今は何を追っかけてんだよ?」

 私は気を利かして訊いてやりました。

 絶対浩二は喋りたかったのでしょうね。

 それから堰を切ったように、奇々怪々なことを、というか、ちょっと滑稽な話しを始めたのです。


「直樹、よーく聞いてくれよ。まだ確認されてないんだけど、確かにいるんだよなあ、……、猫が」

「猫? 猫ってニャオを鳴く猫だろ。そんなのそこら中にいるじゃん。それともイリオモテヤマネコでも?」

 私がわけがわからず聞き返すと、浩二はもったい付けて小声で囁くのです。

「そんなのじゃないよ。それは――パンダ猫――だよ」


「パンダ猫?」

 私は意外で、大声を発してしまいました。

 すると浩二がシーッと人差し指を口にあて、「色は匂へど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて 浅き夢みじ酔ひもせず」と、なぜなのかわかりませんが、とにかく諸行無常をひとくさり風流っぽく唱えて、それからですよ、浩二の講釈が始まったのは。

「パンダはネコもくにあり、猫や虎と親戚なんだぜ。世の中にトラ猫っているだろ、だからパンダ猫が生存していても別に不思議ではないだろ、そう思わないか?」

 確かにそれも理屈だけど、トラ猫がいるからパンダ猫もいるって、ちょっと思考が飛躍し過ぎてる感じもしました。


 しかし、ここは学生時代の友人、少し気を遣ってやり、「そのパンダ猫って、どんなヤツなんだよ?」と訊いてやりました。すると浩二はあの頃と同じ満面の笑みを浮かべるんですよね。

「あのなあ、パンダ猫は体長75センチ、孤独を好み、喉をゴロゴロ鳴らし、その辺を徘徊する。だが小判には興味を示さない」

 私はこれを聞いて、「おいおいおい浩二、それって普通の野良猫じゃないか」と文句を付けてやりました。

 すると浩二はムッとなり、さらに勝手な主張を続けます。

「毛色は白黒のツートーン、目の周りは黒く、尻尾は丸く、雑食。ゴロンと上を向いて遊ぶ。そんなヤツだよ」


「ちょっと待った! 浩二、今度はそれって、まったくのパンダだよ」

 私はめっちゃブーイングです。

 しかし、浩二は涼しい顔で言ってのけたのです。

「だから、その組み合わさったのが――、パンダ猫だよ」

 その上に、「パンダ猫はどうも鍾乳洞をねぐらにしていて、奥地の山で遊んで暮らしてるらしいぜ」と、まあいい加減なことを吐き続けます。私はもうウンザリでした。


 しかし、浩二の次の能書きで、私はコロッと気が変わりました。

「直樹、よ~く聞けよ。福を招いてくれる招き猫っているだろ。一方で、客を呼び込む客寄せパンダっているよなあ。パンダ猫はこいつらが合体してんだぜ。つまり福と客の相乗効果、パンダ猫はお金を呼び込んでくれるのだよ。捕まえて飼ってみたいと思わないか? 大金持ちになれるぜ」

 貧乏サラリーマンの私は目から鱗が落ちる思いでした。

 そして私は決意したのです。未確認生物のパンダ猫を絶対に探し出してやろうと。


 次の週末です。駅構内で、大きなリュックを背負って目をギラつかせてるヤツがいましたら……、それは私、そう猫友ねことも直樹です。

 ところで、みな様の中でパンダ猫にご興味のある方、もしよろしければ、ご一緒しませんか?


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