第2話 悪役令嬢は前世のことを思い出す

 これは夢だ。

 あたくしがレイージアになる前の前世の記憶。

 何故かすぐに理解した。


 夢の中のあたくしは、黒い髪と黒い瞳の日本人女性だった。


 魔法のない世界だが、とても便利な道具がたくさんあって、大学生で1人暮らしだったあたくしは、とても楽しんでいた。勉強よりも、乙女ゲームや、乙女ゲーム系の小説や漫画を。


 中学生の頃から乙女ゲームが好きだった。だって、絵が綺麗だし、優雅な世界にあこがれた。地味で目立たない自分とは違う人たち。学校も、家も違う。


 うらやましかった。乙女ゲームの世界に入りたいって夢見てた。枕のそばに置けば、夢で見られるかなって思ったりもしたけど、無理だった。


 キャラが友達。っていうか、とても大切な存在だった。

 乙女ゲームがない生活なんて考えられないほどで、ネットでいつも、乙女ゲームとか悪役令嬢って検索をしてた。


 特別、悪役令嬢だけが好きってわけじゃなかったけど、そうやって調べた方が出てくるからだ。


 そんな乙女ゲーム大好きなあたくしは、大学のあと、お金を稼ぐために本屋さんにバイトに行った。


 アパートに戻ったら昨日買って、寝るまで遊んだ乙女ゲームの続きをやろうと思って、楽しみにしてた。


 クリスマス前。夜の街はたくさんの光であふれていた。魔法ではない。電気の力だ。

 寒かったけど、あたくしは浮かれてた。帰ったらゲームの続きをやろうって、ワクワクしながら歩いてた時だった。


『ニャーオ』


 猫の声がして、ドキッとした。ふり向けば、黄色い瞳の黒猫がいた。クロだ。

 最近よく会うその猫は、あたくしにとてもなついてた。アパートでは飼えないけど、クロのことが大好きだった。


 あたくしは『クロ』と呼びながら近づき、しゃがんでクロの頭を撫でた。


『寒いねぇ』

『ニャア』


 返事をするクロが可愛くて、あたくしがクスクス笑った。


『可愛いなぁ。部屋に連れて帰りたい。無理だけど』

『ニャ』


 その声が、大丈夫と言っているようで、あたくしは笑顔でクロの背中を撫でた。


 その時、クロの耳が動き、次に身体が動いた。

 驚くあたくし。


 眩しい光。ブレーキのような音と、女性の悲鳴が聞こえたあと、あたくしは目を覚ます。


 心臓が、バクバクした。汗が流れて気持ち悪い。

 清浄魔法の魔道具があるから、汗臭くなることはないだろうけど、身体が痛い。身体中が燃えているように熱かった。


 胸が苦しい。涙が流れていることに気づき、うつむいたまま、涙を拭う。


 ここは、乙女ゲームの世界だ。1日しかしてないけど、楽しみにしてたあのゲームの世界だというのは分かる。


 あたくしは悪役令嬢に転生してしまったのだ。

 もっと早くに気づいていれば国外追放には……いや、分からない。


 だって、ヒロインのララも転生者だからだ。あたくしのことを悪役令嬢と呼んでいたし、好感度とか、逆ハーと言ってたんだから、好感度を上げて、逆ハーを目指していたのだろう。


 今思えば、攻略対象者はみんな、彼女にメロメロだった。そしてあたくしには味方がいなかった。

 早く前世のことを思い出していたとしても、あのヒロインに勝てたとは思えない。あの子、男の前ではぶりっ子だったし。


 前世にもいたな。男の前だけ性格が変わる女。名前は忘れたけど、幼稚園から一緒で、何故か大学まで同じだったのは覚えてる。


 確かアパートも一緒だった。女子専用のアパートで、学生用だったから、おかしくはないんだけど、なぎさなぎさってうるさかった。


 あれ貸してこれ貸してとか、ほしいからちょうだいとか、ご飯作ってとか。


 あの子も乙女ゲームが好きだった。

 彼女の性格が嫌いだったから、あたくしから近づいたことはなかったけど……。


 ああ、嫌なことを思い出した。

 あんな女よりもクロだ。


 眩しい光は車、いや、トラックかもしれない。

 あたくしのそばにいたあの子は、無事だっただろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る