国外追放される途中の馬車の中で前世を思い出したんですけど
桜庭ミオ
第1話 悪役令嬢は馬車の中
ガタゴト揺れる狭い馬車の中。あたくしは美味しくない食事と、慣れない悪路と、小さな馬車のせいで熱を出した。
身体がだるいし熱いけど、そんなことを言っても無駄だった。向かいに座る神官は、あたくしの心配などしない。
彼は、あたくしを結界の外に出したあと、二度と王国に戻ってこないようにするためにいるらしい。馬車に乗った時に髪の毛を1本抜かれた。
馬車の外は雨だ。どんよりとした雲が身体と心を重たくさせる。逃げたくても逃げられない。転移封じの首輪があるし、神官だけではなくて、馬車の周りに兵士達がいるのだから。
濡れた窓に映るのは、細い首に黒い首輪をはめた銀色縦ロールの女。アイスブルーの瞳には輝きがない。卒業パーティーで着た青いドレスのまま、ここにいる。
お風呂にはしばらく入ってないが、この馬車には清浄魔法の魔道具があるため、身体は綺麗だ。
あたくしは公爵家の長女として生まれた。蝶よ花よと育てられ、ほしいものはなんとしても手に入れようとした。命令なんて当たり前だし、周りがそれを叶えるのも当然だと思ってた。
屋敷で働く者たちや、平民を人とは思わず、ひどい言葉をぶつけていた。
7歳の時、魔力検査で氷属性と水属性を持ち、魔力が高いのが分かったあと、あたくしは王家主催のパーティーに初めて参加した。
初めての王都は素晴らしく、自分が生まれ育った田舎とは違っていた。パーティーで殿下と出会い、恋をして、お父様に彼のお嫁さんになりたいって何度もお願いをした。
いつでもお茶会やパーティーに行けるように、王都の屋敷でずっと暮らしたいと言い、その願いは簡単に叶った。
そして9歳の時に、殿下の婚約者になることができた。
10歳になり、魔法学院に通うようになり、殿下と毎日会えると楽しみにしていたのに、殿下は、平民にも優しくした。
魔法学院は、魔力の高い者が通う場所だ。貴族であることが多いが、平民も少しいる。
元は平民の子で、魔力が高いという理由で貴族の養子や養女になった子どももいるが、そんなの、平民の血じゃないかとあたくしは思った。
だからバカにした。ひどい言葉をたくさん言った。あたくしの友人達も、喜んでそういう者たちをバカにし、いじめていたと記憶している。
そんなあたくしにも、殿下は優しかった。彼はどんな時も笑顔だ。王子様というのは、民を平等に愛さないといけないようだ。昔、家庭教師が言っていた。
だが、あたくしとしては、あたくしが婚約者なのだから、あたくしだけに優しくしてほしかった。
彼が他の女に微笑みかけるのを見るだけでイライラしたし、殿下に近づく女達には、彼がいないところで文句を言った。
魔法学院に入学して2年が経った時だ。伯爵家の令嬢が入学してきた。
彼女は伯爵が治める領地の子で、孤児院にいたらしい。光属性と炎属性と水属性を持ち、特に光属性の力がすごいので、伯爵家に引き取られたのだそうだ。
属性が3つあるのもめずらしいし、光属性を持つ女性もめずらしい。魔力が強い女性は、魔力が強い子を産むことが多いし、伯爵家の養女になってもおかしくはない。もっと爵位が上の養女になることだって可能だっただろう。
彼女はララという名前で、ピンク色の髪と金色の瞳を持っていた。ウルウルとした瞳で殿下や、殿下のご友人を見上げたり、『できないの』ってよく甘えていた。そんな彼女は令嬢方には嫌われていたが、子息方には人気があった。
殿下や、彼のご友人方が特に気に入っていたようで、よく学院で一緒にいるのを見かけた。楽しそうだった。
あたくしはララが嫌いだった。嫌で嫌でたまらなかった。あの子は貴族として、ちゃんとしている子じゃなかったし、殿下や、自分よりも爵位が上の貴族に対しても失礼な子だったので、たくさん注意をしたのだけれど、全く届かなかった。
殿下や、彼のご友人方の前ではあたくしを見ると怯えた目をするのに、彼らがいないところでは、ニヤニヤと笑ったりもした。
あたくしと初めて会った時、『うわー! 悪役令嬢っ!』とか意味の分からないことを言っていたし、『好感度』とか『逆ハー』とか、1人でブツブツ言ってるのをあたくしや他の令嬢が見たこともあった。
ララ嬢は頭がおかしいと殿下に伝えたら、彼が初めて激怒した。
誰にも怒られたことなんかなかったから、ものすごくショックだった。
16歳になり、あたくしと殿下は卒業することになった。そのあとは王妃になるための教育が始まるはずだった。
それなのに、卒業パーティーに何故か下級生のララがいた。そして、卒業する生徒達やその保護者らの前で、殿下が堂々と話し出した。
あたくしがララをいじめていたと。
厳しいことを言ったのは覚えてる。怒りでひどい言葉を投げた記憶もある。
だが、あたくしはララを叩いてはいないし、彼女の持ち物を捨てたりもしていないし、魔法で攻撃したこともない。それなのに、あたくしがひどいことをたくさんしたということになっていた。
暗殺者を雇い、ララを殺そうとしたとも言っていた。ララはケガをしたが、自分で治したらしい。
あたくしは強い。暗殺者を雇うぐらいなら自分が動く。それなのに殿下はララの言葉を信じているようだった。
殿下が黒と言えば黒になる。誰もあたくしの味方をしないまま、あたくしは婚約破棄され、国外追放となった。会場にはお父様もお母様もいらっしゃったのに、話すこともできなかった。一度も屋敷に帰れぬまま、粗末な馬車に乗せられたのだ。横暴とはこのことだ。
ひどいと思う。そう思っても、あたくしにはどうすることもできなかった。
人間が乗るとは思えないような小さな馬車の中には、あたくしと神官だけ。
神官がいる理由は最初に教えてもらったが、何処に向かうのかは教えてもらえなかった。国外なのは確かだけど。
王国の周りには、2つの国がある。小さな国で、仲はいいはずだ。
罪人をその国に置くとは考えられないので、北にある森を目指すのだろう。
王国の北には森があって、その森の向こうに魔獣や魔族と呼ばれる存在がいると伝わっている。
恐ろしい存在として、絵本に出てくるし、大人向けの本や、教科書にも絵があったので、知らないわけではない。
この王国は聖なる結界に守られているので、魔獣も魔族も入ってこないと教わった。
王国から出たら、魔獣や魔族に会うことになるのだろう。そんなこと、今まで考えたこともなかった。
攻撃魔法は使えるが、あたくしに勝てる相手だろうか。そして、食事を作ったこともないあたくしが、生きていけるのだろうか。
感じたことのないような不安が押し寄せてきて、あたくしは熱を出した。
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