第3話 悪役令嬢は美しい魔族の男に出会う

「出ろ」


 馬車のドアが開いて、外にいる兵士に冷たい声で言われたので、あたくしはゆっくりと降りた。

 熱は下がったが、長く馬車に乗っていたので身体が痛い。


 晴れた空の下には、大きなとりでと、たくさんの兵士。


 兵士達は、「ヒャッホウ! 女だ! スゲェ美女!」「ほんとだっ! スゲェ!」と騒ぎ、「静まれ、罪人だ」とえらそうな男に注意されて静かになった。


 そんな彼らを見ていたら、「行きますよ」と神官に言われて、彼と共に歩く。馬に乗ったままの兵士達がついてくるのが音で分かった。


 今は進むしかない。ここで暴れて逃げたとしても、行く当てなどないのだから。

 殿下にも家族にも会いたいとは思わないし、ここで逃げたら、何処かに隠れるか、一生逃げ続けるしかなくなるだろう。


 捕まれば殺されるかもしれないし、誰かと仲良くなれば、相手に迷惑をかけることになる。

 だからあたくしは素直に従う。


 知らない場所に行くのは怖い。不安しかない。だけど、生きるためには進むしかない。

 この王国にいたって、しあわせにはなれないのは分かってる。


 ある場所で、身体がピリッとしたため、あたくしは立ち止まった。隣を見れば、神官も足を止めていた。


 神官が金色の双眸そうぼうでちらりとあたくしの顔を見たあと、ポケットから紺色のハンカチを取り出した。あたくしの髪を挟んだやつだろう。


「結界の外へ」


 神官に言われて、あたくしは小さく頷き、進む。しばらく身体がピリピリしていたら、ふっと、何も感じなくなったため、ふり返る。


 すると、神官が何かしていた。あたくしが戻れなくするための魔法でも使っているのだろう。よく分からないけど。


 あたくしはしばらくの間、神官や兵士達がいる場所を眺めていたが、別の場所に視線を向けた。


 森だ。


 森の向こうに魔獣や魔族と呼ばれる存在がいると伝わっているけれど、この森にもいるのだろうか。

 鳥のような声は聴こえるけど、恐ろしい存在がいるような感じはしない。


 水は魔法で出せるけど、生きるには食べる物が必要だ。知っている果物でもないだろうか。キョロキョロしながら歩く。


 森は木漏れ日で輝いていた。空気が美味しい。身体中の細胞が喜んでいるのを感じる。

 夜になる前に寝る場所を見つけないといけない。


 炎属性があれば火を出せるのに、なんて言ってもしょうがない。できるだけ安全そうな場所を探しながら歩いていると、空気が変わり、ビクッとしたあたくしは、足を止めた。


 空間から姿を現したのは、漆黒の髪と紅い瞳の男だった。整った顔立ち。耳がとがっているので魔族だろう。服は紫紺しこん色だ。

 あたくしも背が高い方だけど、彼はもっと背が高い。


 紅い双眸でじっとあたくしを見つめてくる魔族の男。


 ああ、なんて美しいのかしら。美形、イケメンね。こんなに美しい男は初めて見たわ。

 顔が熱いし、胸がすごいドキドキする。


 って、ぼうっと見惚れてる場合じゃなかった。


 相手は魔族だ。戦うか逃げるかしないと。そう思うのに、何故か身体が動かない。

 どうしようどうしようと思っていると、ゆったりとした足取りで男が近づいてきて、あたくしのあごをクイっとしたあと、濃厚なキスをしてきた。

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